空が、暗い。 否、そこにはもう空と呼べるものは存在せず、 あるのは、闇だけ。 暗い、闇。 あまりに暗くて、 痛みさえ感じない。 「父上―――――!!!」 本当に自分は叫んだのだろうか。 声は怒号と血飛沫に掻き消され、 そして、亡骸は踏みにじられる。 そこに時間はなく、 永遠という闇に閉ざされている。 何も見えないのは、目が潰されたのか、心が潰されたのか。 「引け! シンダール! 道を開けよ! 同盟軍が進攻する!」 その声は、スランドゥルの目を開かせる。 目の前を走り抜けた馬上の伝令を、紅く染まった視界に捕らえる。 「王はいずこ?!」 馬が向きを変えて戻ってくる。 「王は討死された!」 剣を支えに立ち上がる。 「撤退せよ! 貴殿らの戦いに感謝する!」 「感謝される覚えなどない!」 立ち上がったスランドゥイルは、すっと背を伸ばし、その伝令を見据えた。若き伝令が眉を寄せる。 「これは我らの戦いである。ノルドールに感謝される覚えはない!」 「………貴殿は…?」 「我はオロフェア王の息子、スランドゥイル。指揮官である!」 「私はギル=ガラド王率いる同盟軍の伝令、エルロンド。道を開けよ、スランドゥイル殿!」 一瞬、スランドゥイルはその伝令を見据えた。そして、すぐに背を向ける。 「後退する!」 スランドゥイルは叫んだ。 「死者を葬る時間はない! 後退する! 我が勇敢なる森の民よ! 我らが家族、我らが友、親愛なる同胞達に別れを告げよ! 我に続け!」 伝令の若者は、すぐに走り去って行った。 スランドゥイルは、それを見送る事もしない。 死屍累々の荒野で、すすり泣く声がする。誰かが、手をあげてスランドゥイルを呼ぶ。 その足元には、 王の体。 スランドゥイルは、そこに跪いた。 涙はなく、無言で、王のロングナイフを己のベルトに挿し、己の剣を捨てて王の剣を握る。 止まりそうな息を吐き出して立ち上がり、もう一度スランドゥイルは跪いた。 そっと、王のサークレットを外し、それを己の額に戴く。 「聞け! 我が同胞、我が森の兄弟!」 泣き濡れた兵士達が、スランドゥイルの元に集まる。 「我らは一旦後退し、最終防衛ラインを作る。 これは、最初からオロフェア王の組まれた作戦である! ノルドールの同盟軍とは手を組む事はない! 繰り返す、ノルドールの傘下には入らぬ! 我らは我らの防衛ラインを作り、そこを死守する! サウロンが打ち倒されるまで、10年でも100年でも! 我らは我らの力で、オロフェア王が導き、我らが築き上げた我らの故郷、我らの森を守るのだ!」 打ちひしがれた士気が、蘇る。 「行くぞ!」 気丈に進むスランドゥイルに導かれ、シンダールとシルヴァンの兵士達はダゴルラドを後退した。 森の軍を率いるスランドゥイルは、背中に馬のいななきを聞いた。 後退する森の軍を横目に、ギル=ガラドの同盟軍が進む。 スランドゥイルは振り向かない。 ギル=ガラドもまた、振り向く事はない。 そして、サウロンの包囲は7年続いた。