「エレイニオン」
 豊かな銀色の髪と、エルフにしては珍しい髭。
キアダンに名を呼ばれ、ギル=ガラドはわずかに微笑んだ。
(やっと、自分に還れる)
 ギル=ガラドとしての役割を終え。

 次は、
 エルロンドの時代だ。

 きみに重荷を背負わせてしまった事、
 あの時、
 彼にきみを預けていたら、
 きみは、
 笑うようになっていただろうか………

「もう、いい、エレイニオン。おやすみ」
 そうだな、キアダン、眠ろう。

 もう一度、
 会いたかったよ…
 好き、だった

「わかっている。ちゃんと………彼も」

 そうだな。

 あの日、

 たしかに、

 つながりあえたのだから





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「エレイニオン、きみは、黙っていなさい」
 シリオンの港町。ここに落ち着いて、どれくらいになるだろう。
 キアダンは、養父だった。
名目は、父フィンゴンの使者だが、実際は避難、だ。
その目論見は正しく、父は亡くなり、上級王の名はトゥアゴンに移った。
 そして自分は、キアダンの元で守られ、教育され、
ある意味、気楽に生活をしている。
「ぼくは行かない方がいいんじゃないですかね? 
おとなしくしていますよ、バラール島で」
 肩をすくめて見せる。
キアダンと一緒にバラール島に住んでいるが、シリオンはキアダンの領地だ。
 そのシリオンに、来訪者が来た。
 正確には、保護を求めてきたエルフの一団。
 シリオンは避難所として作られた街なので、それ自体は問題がない。
 が、今回は気を張る必要がある。
 なぜなら、彼らが保護を求めてきた理由、
本来敵はモルゴスであり、共有すべき怒りをもつ。
 だが、彼らの敵は違っていた。
「いや、きみを隠しておくわけにもいかんよ。
嘘は不信感を生む。わしが紹介するので、きみは黙っていればいい」
 保護を求めてきたのは、シンダール。ドリアスの生き残り。
そして、ドリアスを滅ぼしたのは、他でもない、ノルドール、
呪われたフェアノール一族であり、エレイニオンの遠縁であるのだ。
 憂鬱な話だ。

 ドリアスでの惨劇は、ケレボルンによってキアダンに知らされていた。
 生き残った数少ない王族のケレボルンは、王位継承を放棄しており、
ガラドリエルと行動を共にする事を選んでいた。
 実際、生き残ったドリアスの民を率いてここまで来たのは、
シンゴルの側近の一人であったオロフェアという男だった。
 凛とした、美しい男だ。と、エレイニオンは思った。
独特のオーラを持っている。
 オロフェアは、キアダンの背後に隠れるように立っているエレイニオンを見ると、
わずかに眉を寄せた。
 不快感を、隠そうとしている表情だ。
 仕方がない、とエレイニオンは思う。自分もノルドールなのだ。
テルリの多く住むこの港町でも、(まったくないわけではないが)この黒髪は目を引く方だ。
キアダンも見事な銀髪であるし。
 キアダンは、エレイニオンを丁寧に、誤解のないように紹介した。
エレイニオンも、慎み深く、控えめに挨拶をする。
(あなたたちの家族を殺したのは、ぼくの一族ではないし、ましてや、ぼくではない)
 その思いを悟られないように、口は閉じておく。
 オロフェアは愚かな男ではない。
「ですが、一行の中には、ノルドールの黒髪を見るだけで恐怖し、
怒りを感じるものもあります。
その事は、どうかご容赦願いたい」
「勿論です、オロフェア殿」
 その事を、誰も非難はできない。
「丘の上一帯を自由にお使いください。必要なものがあれば、何なりと」
「キアダン殿、ご好意感謝いたします」
 オロフェアは背後の集団に振り向き、目で合図をする。
すると、生き残った戦士たちに守られて、一人の少女が姿を現した。
 可憐で、美しい少女だ。まだ、本当に幼い。
 少女はおどおどと視線を泳がせ、両手を胸の前で組んで、震えている。
 少女の怯えた様子を見て、エレイニオンはノルドの罪を実感した。
「ディオル様の娘、エルウィング様です」
「………」
 キアダンの表情が硬くなる。
「…失礼ですが、ご子息は…」
 オロフェアは静かに首を横に振った。
 そんな控えめな会話でさえ、少女は卒倒しそうなくらい真っ青になる。
「姫」
 一団から抜け出てきた少年が、エルウィングの傍らに跪き、その手を握る。
少年がオロフェアを見上げる。オロフェアは頷いた。
少年は少女を抱えるように、下がっていった。
「エルウィング姫のショックは大きく、休養が必要です」
「もちろん、丘の上の屋敷をお使いください。いますぐにでも」
 オロフェアは一団に指示を出し、
自分はキアダンと更に打ち合わせをするために残った。
エレイニオンはキアダンの指示を待つ。
すると、先ほどの少年がエレイニオンのところに戻ってきた。
「お願いがございます」
 シンダールにしては、見事な美しい黄金の髪をもっている。
瞳の色は真っ青で、少しばかり粗野な雰囲気がある。
「なんなりと」
 エレイニオンは、失礼のない程度に微笑み、敵意のないことを表す。
「姫のために、食料を分けていただけませんか。
果物を、少し。
暖かな毛布と、あれば、新しい着替えを」
「すぐに用意いたしましょう。港の者に届けさせましょうか。それとも…」
「私が取りに伺います。皆、警戒しておりますので」
 きみは警戒していないのかい? そう思うが、口には出さない。
 この少年は、若すぎて、姫の事しか頭にないのだ。
いや、見た目よりずっと、思慮深いのかもしれない。
「名前を伺ってもよろしいですか?」
「オロフェアの息子、スランドゥイルです」