「エレイニオン」 豊かな銀色の髪と、エルフにしては珍しい髭。 キアダンに名を呼ばれ、ギル=ガラドはわずかに微笑んだ。 (やっと、自分に還れる) ギル=ガラドとしての役割を終え。 次は、 エルロンドの時代だ。 きみに重荷を背負わせてしまった事、 あの時、 彼にきみを預けていたら、 きみは、 笑うようになっていただろうか……… 「もう、いい、エレイニオン。おやすみ」 そうだな、キアダン、眠ろう。 もう一度、 会いたかったよ… 好き、だった 「わかっている。ちゃんと………彼も」 そうだな。 あの日、 たしかに、 つながりあえたのだから ******************************** 「エレイニオン、きみは、黙っていなさい」 シリオンの港町。ここに落ち着いて、どれくらいになるだろう。 キアダンは、養父だった。 名目は、父フィンゴンの使者だが、実際は避難、だ。 その目論見は正しく、父は亡くなり、上級王の名はトゥアゴンに移った。 そして自分は、キアダンの元で守られ、教育され、 ある意味、気楽に生活をしている。 「ぼくは行かない方がいいんじゃないですかね? おとなしくしていますよ、バラール島で」 肩をすくめて見せる。 キアダンと一緒にバラール島に住んでいるが、シリオンはキアダンの領地だ。 そのシリオンに、来訪者が来た。 正確には、保護を求めてきたエルフの一団。 シリオンは避難所として作られた街なので、それ自体は問題がない。 が、今回は気を張る必要がある。 なぜなら、彼らが保護を求めてきた理由、 本来敵はモルゴスであり、共有すべき怒りをもつ。 だが、彼らの敵は違っていた。 「いや、きみを隠しておくわけにもいかんよ。 嘘は不信感を生む。わしが紹介するので、きみは黙っていればいい」 保護を求めてきたのは、シンダール。ドリアスの生き残り。 そして、ドリアスを滅ぼしたのは、他でもない、ノルドール、 呪われたフェアノール一族であり、エレイニオンの遠縁であるのだ。 憂鬱な話だ。 ドリアスでの惨劇は、ケレボルンによってキアダンに知らされていた。 生き残った数少ない王族のケレボルンは、王位継承を放棄しており、 ガラドリエルと行動を共にする事を選んでいた。 実際、生き残ったドリアスの民を率いてここまで来たのは、 シンゴルの側近の一人であったオロフェアという男だった。 凛とした、美しい男だ。と、エレイニオンは思った。 独特のオーラを持っている。 オロフェアは、キアダンの背後に隠れるように立っているエレイニオンを見ると、 わずかに眉を寄せた。 不快感を、隠そうとしている表情だ。 仕方がない、とエレイニオンは思う。自分もノルドールなのだ。 テルリの多く住むこの港町でも、(まったくないわけではないが)この黒髪は目を引く方だ。 キアダンも見事な銀髪であるし。 キアダンは、エレイニオンを丁寧に、誤解のないように紹介した。 エレイニオンも、慎み深く、控えめに挨拶をする。 (あなたたちの家族を殺したのは、ぼくの一族ではないし、ましてや、ぼくではない) その思いを悟られないように、口は閉じておく。 オロフェアは愚かな男ではない。 「ですが、一行の中には、ノルドールの黒髪を見るだけで恐怖し、 怒りを感じるものもあります。 その事は、どうかご容赦願いたい」 「勿論です、オロフェア殿」 その事を、誰も非難はできない。 「丘の上一帯を自由にお使いください。必要なものがあれば、何なりと」 「キアダン殿、ご好意感謝いたします」 オロフェアは背後の集団に振り向き、目で合図をする。 すると、生き残った戦士たちに守られて、一人の少女が姿を現した。 可憐で、美しい少女だ。まだ、本当に幼い。 少女はおどおどと視線を泳がせ、両手を胸の前で組んで、震えている。 少女の怯えた様子を見て、エレイニオンはノルドの罪を実感した。 「ディオル様の娘、エルウィング様です」 「………」 キアダンの表情が硬くなる。 「…失礼ですが、ご子息は…」 オロフェアは静かに首を横に振った。 そんな控えめな会話でさえ、少女は卒倒しそうなくらい真っ青になる。 「姫」 一団から抜け出てきた少年が、エルウィングの傍らに跪き、その手を握る。 少年がオロフェアを見上げる。オロフェアは頷いた。 少年は少女を抱えるように、下がっていった。 「エルウィング姫のショックは大きく、休養が必要です」 「もちろん、丘の上の屋敷をお使いください。いますぐにでも」 オロフェアは一団に指示を出し、 自分はキアダンと更に打ち合わせをするために残った。 エレイニオンはキアダンの指示を待つ。 すると、先ほどの少年がエレイニオンのところに戻ってきた。 「お願いがございます」 シンダールにしては、見事な美しい黄金の髪をもっている。 瞳の色は真っ青で、少しばかり粗野な雰囲気がある。 「なんなりと」 エレイニオンは、失礼のない程度に微笑み、敵意のないことを表す。 「姫のために、食料を分けていただけませんか。 果物を、少し。 暖かな毛布と、あれば、新しい着替えを」 「すぐに用意いたしましょう。港の者に届けさせましょうか。それとも…」 「私が取りに伺います。皆、警戒しておりますので」 きみは警戒していないのかい? そう思うが、口には出さない。 この少年は、若すぎて、姫の事しか頭にないのだ。 いや、見た目よりずっと、思慮深いのかもしれない。 「名前を伺ってもよろしいですか?」 「オロフェアの息子、スランドゥイルです」