本当は・・・・

 

 冬の近付く、冷たい月を見上げながらレゴラスは思う。

 

 本当は・・・、と。

 

 エルフは嘘をつかない・・・なんていうのは、嘘だ。
エルフの歴史は、欺瞞に満ちている。

 嘘はつく。

 でも、素直だ。

 胸が痛む。

 旅立ちを迎え、自分の嘘と向き合う。

 

 本当はね、

 

 

 

 ボクハキミガスキ

 

 

 

 おかしな呪文みたいだ。

 きみを拒否し続けて

 きみを受け入れ続けて

 自分は、いったいどれだけの嘘をついてきたのだろう。

 

 キミノタメニ シネタライイノニ

 

 

 

 手のひらを見つめる。

 そこに、やわらかく、力強い光。

 この光を受けたとき、レゴラスは、この光の守りの念を受け取った。

(きみを守る)

 あなたは、自分の肉体を失っても、あなたの愛した彼を守りたかった。
それが、彼にとって不幸であろうと。それは、共に死ねない運命。

 私は生きなければならない。

 生きて守らなければならない。

 それが、自分にとって不幸であろうと。

 

 嘘をつくのは、難しいね。

 

 でも、すごく簡単だ。

 

 

 

 アラゴルンは、廊下の手すりに寄りかかり、ボロミアと話をしていた。

 そう、いい傾向だ。

 あなたは、もっとボロミアと話をしなければいけない。
あなたが継ぐべきものを、守り続けてきたボロミアを、もっと理解しなければならない。

 それでもあなたは、ボロミアを理解することはないだろう。

 二人の話が途切れ、挨拶を交わして背を向け合ったとき、レゴラスはボロミアを呼び止めた。

「・・・・レゴラス殿?」

 アラゴルンの存在を無視し、ボロミアに微笑みかける。

「時間があるのでしたら、ワインでも?」

 ボロミアが背後のアラゴルンに気遣わしげに視線を送る。
アラゴルンの緊張した背中は、振り向くことさえしない。

「よかったら、国の話でも」

 

 私は、卑怯だ。

 

 純粋なボロミアを利用している。

 

 いつから、こんなに穢れてしまったのだろう・・・・・。

 

「ええ、よろこんで」

 ボロミアの口元は、何か言いた気だった。

 

 

 

「本当は」

 ボロミアの腕の下で、レゴラスは小さく喘いだ。

「あなたは、彼に抱かれたいのではありませんか」

 ボロミアの言葉に、レゴラスは失笑する。

 思ってたより、大人なんだね。

「そんな一時の感情より、大切なものがある。ボロミア・・・わかっているはず。
あなたも私も、国のためには自分をも捨てる」

「私は恋など、したことがありませぬゆえ」

 レゴラスは、ボロミアの頬を両手で包んで引き寄せた。

「私を犯した男たちは、あなたのように優しくはなかった。
ボロミア、もっと激しくしてもいいんだよ」

 ボロミアの瞳に、戸惑いの表情。

 あなたは、優しいのだ。

 でも、優しさはあなたのためにはならない。

「レゴラス殿、私は・・・あなたの奥に入り込むことが怖いのです」

「何故?」

「昔を・・・・幼かった弟や、まだ優しかった父、断片だけの母
・・・光り輝く都・・・愛していた・・・愛しているすべてを、
思い起こされるからです」

 知ってる。

 見える。

 あなたの、記憶としての都が。

「なぜそれが、怖い?」

 ボロミアの表情が、歪む。何故恐れるのか、自分でもわからない。

「あなたは、まだ何も失ってはいない。だから、何も恐れることはない。
むしろきっと、愛しているものを胸に刻み込む、そんな行為なのかもしれないよ」

 唇を重ね、舌を絡めながら、レゴラスはボロミアの記憶の奥に入っていく。

 

 私は、卑怯だ。

 ボロミアの中に、逃げている。

 

「あなたは・・・レゴラス殿、本当は・・・誰を愛しておられるのですか?」

「私の森。私の王」

 偽りではない。

 別の存在を、肉体が求めているとしても・・・・。

 

 何を選んでも、自分は報われないのだから。

 

 エルロンドは、海を渡る。

 彼の、愛する妻の待つ、約束の地へ。

 エステルは、愛する女性と結ばれる。

 肉体の滅亡を超えた、精神の永遠の愛。

 

「ボロミア、指輪を捨てる旅が成功したら・・・すべてが終わったら、
僕はあなたのものになってもいい。あなたに忠誠を誓おう」

 

 すべてが終わったら。

 

「だから、お互い、生き抜こう」