「フロドはまだ目覚めないの?」

 椅子にもたれて問うエルフに、アラゴルンは苦笑した。

「ああ、まだだ。でも、ガンダルフがついてる。大丈夫だ」

 そう、と短く答えて、レゴラスは本を広げるアラゴルンの手元に見入った。

 王の戴冠式は、フロドの目覚めを待ってからだ。

 退屈そうなエルフに、アラゴルンは片眉を上げてみせる。
レゴラスは、こんな王宮にいつまでも閉じこもっている性格ではない。
しかし、今は他のみんなと同じように、大人しくフロドの目覚めを待っている。
本当は、ファンゴルンの森を探検したりイシリアンを散策したりしたくて、
うずうずしているのだろう。

 アラゴルンは、ぱたり、と本を閉じた。

「・・・・・終わったな」

 独り言のように呟く。

「何を言っているんだい? これから始まるんじゃないか」

 レゴラスはにっと笑った。

「約束どおり、領地の一部を貰うからね」

「強欲だな」

 レゴラスは悪びれずにニコニコと笑った。

 

 終わったんだな、本当に。

 レゴラスが、本来の森のエルフのように陽気に笑っている。

 

 アラゴルンは本をわきに置き、レゴラスの身体を引き寄せた。

「なに?」

 無邪気に問うてくる。

「ゆっくり楽しもう」

「昨夜もそんなこと言っていなかった?」

「ああ、そして、君はギムリと話があるからと逃げて行ったな。レゴラス・・・」

 触れるほどに唇を寄せると、レゴラスは困ったように首をかしげた。

「王様がそんなことじゃ、困るね」

 そう言って、そっとアラゴルンの身体を押しやる。

 アラゴルンは、哀しげに瞳を細める。

 

 結局、自分は何を手に入れたのだろう?

 エルロンドは、アルウェンを船に乗せただろう。

 自分も、それを望んでいたはずだ。

 

「俺は、孤独な王だかなら」

「友人に囲まれていても、不満なわけ?」

 曖昧に笑んだまま、アラゴルンは視線を外した。レゴラスが、ふとため息をつく。

「わがままな王様だね」

 アラゴルンの顔を両手で包んで、レゴラスはそっと口づけた。

「そして僕は、君のわがままを許してしまう」

 アラゴルンはレゴラスに深く口づけ、銀色のシャツに指を滑り込ませる。

「本当に・・・・」

 首筋に、胸に、アラゴルンの唇を感じながら、レゴラスは天井を見上げた。

「これが最後だからね」

 

 

 

 その日の午後、フロドは目覚め、戴冠式の日時も決まった。

 

 

 

 式のすべてが済んだ数日後。

「なあ、レゴラス。本当はアラゴルンの旦那のこと、好きだったんじゃないか?」

 王宮を振り返って、ギムリが言った。

 レゴラスは、ギムリと二人でミナス・ティリスを出た。

「好きだよ」

 答えてレゴラスは笑う。

「いいのかい?」

「僕には僕の役割があるからね」

 レゴラスは、青く澄んだ空を見上げた。

「ねえ、ギムリ」

 ギムリは、背の高いエルフを見上げる。

「君が隣にいてくれて、よかったよ」

 ふう、と肩を落とし、ギムリもにやりと笑った。