「く・・・・ふぅ・・・・」

 輝く金色の髪を揺らし、瞳を閉じてレゴラスは甘い吐息を吐く。

 そうすることを、どれだけ望んでいたか。

 二度目のつながりに、怯えと困惑と、期待を込めて、森の色の瞳を潤ませていた。
深い口づけを交し、時間をかけてゆっくりと全身を愛撫し、エルロンドはその身体に挿入した。
きつく絞めつける秘所を、傷つけないようにゆっくりと動く。
そうしているうちに、レゴラスの苦痛の声は悦楽の喘ぎに変っていった。

 若い身体は、もう二度ほど果てている。
自分が絶頂を迎えたことさえ気づかぬように、
レゴラスはエルロンドが自分の体内から出て行くことを拒み、
こうして今は年上の恋人の上であられもなく喘いでいる。

 エルロンドとて、この瞬間をどれだけ待ち望んでいたか。

 いっそ無理矢理犯してしまおうかという衝動に駆られたことも、幾度もある。
それでも、理性を保ち続けた。

 そして、やっとこの時を迎えたのだ。

 レゴラスと同じように、
エルロンドもいつまでも年若いこのエルフから離れたくはなかった。
その体内のぬくもりを、永遠に感じていたかった。

「んん・・・・・ぁっ」

 小さく悲鳴をあげて、白い胸を仰け反らせる。
繋がった部分がぎゅっと絞まり、レゴラスは三度目の絶頂を迎えた。
その感覚、表情・・・こらえる事ができず、
エルロンドもレゴラスの体内に二度目の欲望を吐き出す。
どくんと脈打つその感覚がたまらないのか、レゴラスは更にかすれた悲鳴をあげた。

 

 罪悪感は残っている。

 彼が、肉体の快楽どころか恋愛感情さえ知らなかったこと。
うまく言いくるめれば、そんな関係に陥ることはなかったであろうこと。
自分は、彼の父親より長く生きているのだ。
年若く無謀なエルフを、あるべき正しい道に導く存在であるはずなのに
・・・・そうすることを望んでしまった。
経験の浅い純粋な森のエルフは、すんなりとエルロンドを受け入れ、
知ってしまった快楽を求めてくる。

 自分は、卑怯なのだ。

 関係を持ってしまったことで、彼に与えられることはない。
彼の国との国交は、そんな個人的な感情に左右されてはならぬものだし、
左右するつもりもない。
もし双方が違えても、レゴラスは単身エルロンドの元に来ることはないだろう。
友好関係が成り立った上での、秘密の関係なのだ。
それゆえ、二人の肉体関係はレゴラスを苦しめる。

 最初から、触れてはならぬものだったのだ。

 自分が、耐えなければならぬ誘惑だったのだ。

 

 エルロンドの胸に、ぐったりと身体を預けたレゴラスは、浅く荒い息をしていた。
そっと引きぬこうとすると、ぎゅっとエルロンドに抱きつき、首を横に振る。

「・・・・・お願い・・・・・このままでいさせて・・・・・」

 かすれた声が呟く。
その声色に、果てたはずのエルロンドの一部が、また熱を帯びてくる。
こんなにも強い性欲は、はじめてかもしれない。

 自分の中の熱を、どれだけ長い間閉じ込めてきたのだろう。

 心の声が、更に激しさを求めている。

 否、これ以上攻めれば、彼は壊れてしまうかもしれない。
今でも、こんなに儚げに見えるのに。

 いいや、レゴラスの強さは知っている。
シルヴァンとは、ノルドールとは違った意味で強い種族なのだ。
あえて表現するなら・・・・しなやかなのだ。
どんな強い風も、雨も、受け止め流すだけのしなやかさがある。

 ぶるっとレゴラスは小さく震えた。
ほんの少し休んだだけで、繋がった部分の絞めつけがまた強くなる。

 エルロンドは身体を起すと、うつ伏せにしたレゴラスの背後から抱しめた。
ぬるりとした体液の溢れるそこは、容易に侵入できる。

「・・・・ああ!」

 ずるりと入ってきた異物を、レゴラスは歓喜の声で迎えた。

 先程よりずっと動きやすい体位に変えたエルロンドは、
胸の奥が求めるがままに、レゴラスの体内を突上げた。

 

 絶え間ない喜びが、いつまでも二人を包んだ。

 

 

 

 やがて放心したレゴラスをひとりベッドに残し、エルロンドは部屋を出た。

 白み始めた冷えた空気に、自分の熱を冷ますためだ。
そうでもしなければ、意識を手放したレゴラスをなおも犯し続けただろう。
せめてもの自制心が、エルロンドをそうさせた。

 

 朝露を含んだ空気が、心地よい。

 レゴラスのぬくもりが奪われていくのは惜しかったが、心は満足感に包まれていた。
自分の全てを出し切ってしまった充足感。

 刹那の幸福。

「闇の森の王子をてごめにし、屈服させ、人質にとった。
そう囁かれても否定はできませんよ」

 その気配には気づいていたが、ふり向く気はない。

「あるいは、迷いこんできた森の純粋なエルフを弄んでいる、と。
己の欲望のはけ口にしている」

「口が悪いな」

「本当のことです」

 エルロンドより更に長い時間を生きている、
エルロンドのもっとも信頼するその男は、呆れたような口調で言った。

「グロールフィンデル」

「あなたはもっと理性的に行動なさるべきです」

 耳が痛い。

 そんなことはわかっている。

「私が、あの森のエルフを愛していると言ったら?」

「誰もそんな戯言は信じませんよ」

「お前もか?」

「私は、愛のなんたるかを理解しかねます」

 そう、そうだろうな。口元がゆがみ、苦笑をもらす。

「グロールフィンデル、私はお前とは違う。
生れながらの貴族で、主に従属することだけを使命とし、
そのためには平気で命をかけられる。冷酷になれる。そんなお前が羨ましい」

「そんな虚言も、私は信じません」

 いつだって冷静にエルロンドに助言を与え、その指示に忠実に従う。
グロールフィンデルに釘をさされ、エルロンドは遥か地平線を眺めた。

「私は・・・・母を、兄弟を愛していたのだよ。
平穏に暮せれば、それでよかった。
私はいったい、何を奪われ、何を手にしてきた? 
やっと得た愛情の対象である妻でさえ、私は奪われてしまったのだ」

「あなたには、知恵と地位があります」

「そんなものは、誰かにくれてやる」

 穏かに保ち続けていた心中に、波が立つ。

「エルロンド卿」

 肩に触れたグロールフィンデルの手が、エルロンドの波を静める。
そうだ、いつだって、この男がそばにいた。そして、乱れた心を静めてくれるのだ。

「エルロンド、私はあなたが誰と肉体関係になろうがかまわない。
もしそれで問題が起るのであれば、私が鎮静しよう。
そう、あなたのために、スランドゥイルの首でも取ってこよう。
しかし、深入りすることには賛成できない。
あなたが遊びや、一時の気の慰めのためにレゴラスを抱くのはかまわない。
しかし今のあなたは、本気で愛を語りかねない。
闇の森とは、微妙な関係にあるのですよ。
関係がもつれて、簡単に滅ぼしてよい国ではない。
わかっているのでしょうね」

 肩に置かれたグロールフィンデルの手に、力がこもる。

 わかっている。

 わかっているのだ。

 だから、レゴラス本人の許しを得るまで欲情をこらえてきた。

「心配することはない。グロールフィンデル、私とてそう若くはない。
終りのときは見据えている。
今回・・・・口惜しいがな、
レゴラスと深い関係になったことではっきりした事がある。
レゴラスはまだ気づいていないが」

 肩に乗るグロールフィンデルの手に己の手を重ね、エルロンドはふり向いた。

「あの子の運命は、私と共にはない。
レゴラスにとっても、今の私との関係は一時のものでしかないのだよ。
若さゆえの情熱・・・・羨ましい限りだ。
たぶん、やがてすぐに気づくであろう。自分が誰と運命を共にするのか」

 欲情の熱の冷めたエルロンドの瞳は、叡智の色を取り戻していた。
グロールフィンデルがわずかに眉根を寄せる。

「・・・・・・それは・・・・・」

「レゴラスは次の世代のエルフだ。次の世代の王に仕える。
私が、イシルドゥアと友情を交したように。
お前がトゥオルと友情を交したように」

 目を見開くグロールフィンデルに、エルロンドは悲しく笑って見せた。

「確かなのですか?」

「陽が高く昇ったら、自分の目で確めてみるがいい。
幼きエステルが森のエルフを翻弄させている姿をな。
その時が来たら、スランドゥイル王はまた眉間のしわが増えるだろう」

 それは、確かな予見だ。

「私はその通過点でしかない」

「それでもあなたは、レゴラスを愛している、と?」

「戯れととられてもかまわない。
だがな、グロールフィンデル、私にだって一瞬の慰めは必要なのだよ。
それくらいの心の癒しなら、妻も、かつての師も許してくれるだろう」

 エルロンドに流れるわずかに残った人間の血が、
そんな一瞬の情熱に安らぎを求めるのか。

「・・・・・わかりました。もう何も申しあげません」

「ありがとう」

 くるりと背を向けたグロールフィンデルは、朝の光の届かぬところへと消えていった。
主の影に身を隠すように。姿を消す直前、ふと立ち止る。

「私は・・・・あなたを助けたいと、ずっと思っているのですよ」

 かつての親友の血筋である、悲しい運命を持つ今の主を。

「お前の存在が私を支えている。
私が最後に運命を共にするのは、グロールフィンデル、お前だろう」

 わずかにふり向いたグロールフィンデルの唇が、切なげにつりあがる。

 エルロンドは再び地平線を見た。

 

 あと何回、レゴラスを抱けるだろう。

 否、次はないだろうか。

 

「エルロンド卿・・・・」

 足音を立てない気配に、エルロンドはふり向いた。

「目が覚めたのかね?」

 気恥ずかしげに、レゴラスが微笑む。

「気がつくと隣におられないので・・・・・昨夜のことは僕の幻想かと」

「不安に?」

 幼い表情で、こくりと頷く。

「すまなかった」

 歩み寄るレゴラスを片手で抱き寄せ、髪に唇を寄せる。

「・・・・エステルがお腹をすかせて目を覚ます頃だ。
レゴラスがいないと騒ぎ出す前に、食堂に行ってやってもらえないか」

「エステル!」

 ぱあっとレゴラスの瞳が輝く。

 エルロンドには向けられることのない表情だ。その表情には、嫉妬さえ覚える。

「あの・・・今夜、また・・・・・」

 おずおずと問われる質問に、小さく頷く。
レゴラスは頬を染めて軽く会釈をすると、着替えるために駆けて行った。

 

 それでもいい。

 刹那の愛情でも。

 

 裂け谷の主としての役目を果すため、エルロンドもまた、昇る朝日に背を向けた。