森の闇。

 月はなく

 かすかな星だけが瞬いている。

 

 アラゴルンは、彼を探すまでもなかった。

 スランドゥイルのかけたエルフの護りの魔法の中、
彼はまるでおのずと光ることを忘れてしまった小さな星のように、
そこにたたずんでいた。

 スランドゥイルの嘘は、今やっとアラゴルンに理解できた。

 この王宮周辺には、悪しきものを近付けさせない魔法がかけてあり

 レゴラスは、そこから出ることはなかったのだ。

 なぜなら

 魔法陣の外は鬱蒼と茂った森であり、そこから星を眺めることはできないからだ。

 

 二人きりになれる時間を、

 どれだけ切望していただろう?

 

 それが、こんな形で叶うなんて。

 

 闇に犯されない樹の梢で、星が瞬いている。

 夜空を見上げて、ふと気付く。

 

 なんて美しい星々。

 

 暗い樹の梢に、いっぱいの宝石をちりばめたようだ。

 

 レゴラスはその梢を、静かに見上げていた。

「アマンは、きっと美しい所だろう。苦しみもなく、悲しみもなく、
・・・・冥王の影に、怯えることもない」

「・・・・・・」

「ずっと、竪琴を奏で、歌っていられる」

 近づいてくるアラゴルンに、レゴラスは振向きもしない。

「・・・・・僕は・・・・間違っていない?」

 背中が、不安を訴えている。

「イムラドリスになど、行く必要はない。和解など、必要ない。
人間の国になど、行かなくていい。ただ歌っていれば・・・・・」

「レゴラス・・・」

「僕は、間違っているだろうか。大切なものを失う苦しみを、知らなかった。
父の傷を、理解してあげられなかった。
・・・なんのために、僕らは存在しているのだろう」

 アラゴルンは思う。

 自分は、レゴラスを理解していなかったのだろう、と。

 知合ったときから、彼は大きくて、物知りで、凛としていて
・・・・・憧れる存在だった。

(だから、欲しかった)

 その彼が、今はこんなに小さく、壊れそうに見える。

 自分は、レゴラスに、何を期待していたのだろう。

 何を求めていたのだろう?

 

 ただ、彼の親切さ、優しさを、独り占めしたかっただけ?

 

 辛い自分の、支えとして。

 

 俺は、レゴラスに何をしてやれるだろう?

 

「彼らに、王は必要だ。偉大なる導き手として。
どれだけ王が信頼されているか、自分がどれだけ愛されているか・・・
レゴラス、お前が一番わかっているだろう」

「でも・・・・」

 でも、とレゴラスは俯く。自分は、その愛に応えているのだろうか、と。

「レゴラス・・・・」

「世界から、光が消えてしまったようだよ、アラゴルン。僕は、自分が見えない」

 そんな喪失感を、初めて味わったというのか。

 アラゴルンは、口元をゆがめた。

 自分はいつだって、道に迷い、闇に彷徨う。

 そんな時、さしてくる一条の光・・・それが、お前だった。

 微笑、歌い、自信を持って、白い道を指示してくれる。

 

 俺は、レゴラスになにをしてやれるだろう?

 

「俺にとって・・・・お前が、光だ」

 アラゴルンの言葉に、レゴラスが振向く。悲しみの表情に、・・・・涙の痕。

「アラゴルン・・・エステル、君が来てくれて・・・嬉しかった。
ねえ、知ってた? いつだって、君に会いたいと願っていたのは、僕の方なんだよ。
あの時・・・戦場で、君の姿を見たとき、それがはっきりとわかった。
僕が、どれだけ君を求めていたか。君が来てくれなければ、僕は負けていた。
目の前でサイロスを失う悲しみに、打ち勝つことはできなかった。
エステル・・・・僕は、薄情だろうか?」

 足元から全身に震えが走り、アラゴルンは目を瞬かせた。

 

 レゴラス・・・・

 

 自然と口元が緩み、どうしようもない衝動に、めまいがする。

 

 愛しているよ

 

「先日・・・俺はロリアンに入り、アルウェンに正式に結婚を申し込んだ。
ガラドリエルの承諾を得て。・・・・薄情なのは、俺の方だ。
アルウェンを愛している。だが・・・・それでも俺は、お前をあきらめられない。
レゴラス、俺のものになれ」

 アラゴルンをじっと見つめていたレゴラスは、俯いて瞳を閉じた。

「レゴラス、・・・・愛している。俺のものになれ。薄情でもかまわない。
世界を裏切っても、かまわない。お前が欲しい」

 ゆっくりと顔を上げたレゴラスは、かすかに微笑んでいた。

 その表情に、また惑わされる。

「違う。エステル、違うよ」

 何が違うというのだ? アラゴルンは歩み寄り、レゴラスの額に鼻先を近付けた。

「君が、僕のものになるんだ。・・・僕のものにおなり、エステル」

 悲しみを映し出す瞳が、アラゴルンを捕える。

「・・・一粒の宝石のように、僕のものにおなり。
僕は、君を愛してあげる。君の愛する者も、君が歩む道も、僕は愛してあげる。
君がいつか光を失っても、たとえ打砕かれても、僕は、君を愛する。
君の存在がなくなるまで。僕は、悲しみを恐れない。
君という宝石を、手に入れられるのなら。・・・エステル」

 アラゴルンは、大きく息を吸いこみ、一度目を閉じて吐きだした。

 何十年もの片想い。

 遠回りして、遠回りして・・・・

 

 やっと、結論を導き出した。

 

「エルフというのは、なんて悠長な種族なんだ」

 目をあけて、レゴラスを見つめ、アラゴルンはほくそえんだ。

「どれだけ、待たせれば気がすむ? 答なんか、とっくにわかっているのに」

 レゴラスは、そっとアラゴルンの頬に触れ、指先で撫でた。

 

 わかっていたよ。

 最初から。

 

「俺は、お前のものだ。出会ったときから」

 アラゴルンの言葉に、銀色の雫が零れ落ちる。

 わかっていたのに。

 ただ、勇気がもてなかっただけ。

 レゴラスは、かすかに微笑み、そっと口づけた。

「僕は・・・・強くなれる」

 悲しみという闇に、光り輝く小さな存在。それを両手で抱き、己の道を照らす。

 いつかは失ってしまうとわかっていても、求める心は止められない。

 

 

(サイロス、僕のお母様はどこにいるの?)

(遠い海の向こう、約束の地だよ)

(どうして?)

(スランドゥイル様を、深く愛しているから)

(愛しているのなら、どうしてそばにいてあげないの?)

(そういう・・・愛もあるんだよ)

 

(心のままに、生きなさい、レゴラス)

 

 

 愛することの喜びを、知りなさい。

 失うことを、恐れずに。

 愛されることの喜びを、知りなさい。

 それに勝る、宝などないのだから。

 

 小さな星たちが、梢を飾る。

 それを見上げて、レゴラスは目を閉じる。

 愛すべきたくさんの同胞の魂が、約束された楽園に旅立った夜。

 聖なる夜。

 

 僕は、アラゴルンと情を重ねた。