ここの空気は好きだ。

 レゴラスは深呼吸した。

 なんて澄んで心地よい。

 

 貴族達のいい分ももっともだが、釈然としないものもある。

 

 自分は、ただ光と風を欲しているだけなのに。

 

 もし、魔の者を完全に亡ぼすことで森に光を取り戻せるなら・・・

 なんだってしよう。

 あの子供は

 「希望」だ。

 人間のみならず、我らエルフにとっても。

 

 

 

 レゴラスは、歌いもしなかったし、笑むこともしなかった。
やがて、警備のエルフ達に取り囲まれる。

「闇の森スランドゥイル王の息子、レゴラス。
裂け谷の主に書状を持ってまいりました」

 

 

 

 彼を出迎えたのは、宮廷顧問のグロールフィンデルであった。

「遠きところをよくおいでくださった。
まずは旅の疲れを癒されるがよい」

「お心使い、ありがとうございます」

 レゴラスは深々と頭を下げた。

「ですが、私は長居をするつもりはありません。
我らシンダアルの一族とこちらノルドオルの方々との確執は、
いまだ色濃く残っておりますが故」

 グロールフィンデルは、闇の森の王子をじっと見据えた。

 なるほど、前回の来訪とは別人のようだ。

「では、外套の泥を落してくださるがよい。
すぐに顧問達を集めましょう。その席に主も参ります」

「お手数をおかけします」

 レゴラスが部屋に案内され、外套と荷物を置く間、
裂け谷では会議の用意が緊急になされた。

 

 用意された来賓の席で、レゴラスは館の主に少しだけ目を細めた。
エルロンドはレゴラスを見やり、型どおりの挨拶を口にする。
その後、自己紹介と顧問達の紹介がなされた。

 とても友好的な雰囲気とは言えない。
スランドゥイルの王国の者が裂け谷を訪れることは皆無に等しく、
三千年もの長き間、友好関係はとっていない。

「それは、ずいぶん都合のよい話ではありますまいか? 
スランドゥイル王は己の国を動かぬまま、
我らの知っていることを聞きだそうという。その意図は?」 

 顧問の一人が冷笑する。
レゴラスは、そのエルフを覚めた視線で見返した。

「時が動いている今、我らにも知る権利はあるだろうというのが、
王のお心です」

「して、知ったところで闇の森は何をしてくださるのか? 
我らに全面的に協力してくださるとでも?」

「ノルドオルの策には協力いたしかねます」

「ではこれ以上話すことはない」

 同じだ。レゴラスは思った。闇の森の貴族達も、ここの顧問達も。
結局保身に走りたがる。

「答えを焦ることはない」

 エルロンドは静かに口を開いた。

「スランドゥイル王は賢明な男だ。時代の流れを読んでいる。
だから、それまでの信念を妥協して使者を送ってよこしたのだろう」

「エルロンド卿!」

 言いかける顧問を片手で制す。

「もちろん、」

 エルロンドは続けた。

「こちらとてそう簡単に懐柔策を取るつもりはない。
これはとても重大な問題なのだ。察しのとおり、
スランドゥイル王の知りたがっていることは、
時代を揺るがす極秘事項であるが故、
信用せぬものに秘密を漏らすわけにはいかぬ。
レゴラス殿よ、それはどのようにお考えか」

「もちろん、エルロンド卿のおっしゃるとおりです」

 レゴラスは感情を押し殺した瞳を、エルロンドに向けた。

「そのための使者が私なのです。私は王の一人子、
唯一の世継です。もし私を信用してもらえぬのなら、
私を自由にしてくださってけっこう。
古のエルフが同族間の争いで命を賭けたように」

「またずいぶんと乱暴な話だ」

 顧問が眉を寄せる。

「私とて戯れや酔狂で使わされたわけではありません」

 レゴラスは言い放った。

「我らが知りたいのは、時代がどのように動くのかであって、
ノルドオルの策略ではありません。この先の動向によっては、
共に戦うことはなくとも、お互いの現状は知らしめておくべき
ではないでしょうか? 先の戦いの過ちを繰り返さぬためにも」

「知ったような口をきく。我ら連合軍は勝利し、
シンダアルは大敗した。王子の若さでは知る由もありませんが」

「真に連合軍が勝利したのであれば、
今また闇に悩まされることはなかったでしょう。
しかし今はそのような口論をするつもりはありません。
確かに私はまだ若輩者です。ですが、
王に信頼されて使わされました。
これ以上申すことはありません。ご判断はお任せします」

 エルロンドの命令で、会議は一旦解散された。

 宮廷顧問達との話合いがもたれる間、
レゴラスは自室で待機するよう命ぜられた。