王族とそれに追随する力ある者を、貴族と呼んだ。
彼らは王が最も信頼する者たちで、戦場においては王を守る近衛となり、
会議の場ではよき助言者となった。

 円卓を囲んでの会議。レゴラスは王の隣に座した。

「王の許しを得ず、裂け谷へ赴いたというのはいかがなものか」

 案の定、レゴラスがエルロンドと会った事は、
貴族たちの不満を招いていた。彼らは年若いレゴラスと違い、
長い年月を王と共に生きている。王国を守る者達だ。
殆どが、魔王サウロンとの死闘を経験している。

「深追いして傷を負ったのは、私の責任です」

 レゴラスはまっすぐ威厳ある貴族達を見据えている。
言訳はしない。

「過ぎたことはもう良い。むしろ、エルロンドの治療のおかげで
レゴラスが国へ帰り着いたのだと肯定的に捉えたい。
問題にしたいのは、これからのことだ」

 王は議題の矛先を変えた。

「オークがドゥネダインを襲うことは珍しくはない。
だが、レゴラスの言っていた子供というのが気にかかる」

「子供が何者か、確認はしなかったのか?」

 質問に、

「しませんでした」

 と短くレゴラスは答えた。

「理由を聞こう」

「私が王の正式な使者ではなかったからです」

「つまり」

 王は鋭い視線をレゴラスに向けた。

「王の使者でなければ正体を明かすことができぬ者、
というわけだな?」

「そうです」

 張詰めた空気が、一同の頭上に立ち込める。

「それで?」

「私はスランドゥイル王に、裂け谷へ正式な使者を送ることを進言します」

 ため息とざわめき。

「レゴラス殿は、裂け谷と協定を結ぶことを勧めると言うのか?」

 貴族の言葉に、レゴラスは黙ったままじっと正面を見据えた。

「エルロンドに対して、懐柔策をとれと」

「レゴラス殿はまだ若い。我らの傷を知らぬ」

「オロフェア前王を失った痛みを忘れたか? いや、知らぬのか」

 オロフェアはスランドゥイルの父で、先の大戦で討死にしている。

「我らは奴らと同盟を組むつもりはない。昔も、そしてこれからもだ」

 吐き捨てるような意見が出終ったあと、
レゴラスはゆっくりと口を開いた。

「私は確かに、オロフェア前王を失った悲しみを知りません。
スランドゥイル王の傷も、失った我一族の無念も。
しかし、私には目もあり耳もある。スランドゥイル王の理念は
理解しているつもりです。それを否定するつもりは毛頭ありません。
・・・私は逆に貴族であるあなた方に問いたい。
この先、何を望んでいるのかを。魔王サウロンを倒さねば、
我らに真の平穏は戻らぬと、そう判断されたのは何者でもない
オロフェア前王ではなかったか? 南から忍び寄る悪しき空気を、
知らぬわけではありますまい。裂け谷が何かを知っているのなら、
それを知る権利は我らにもあるはず」

「レゴラス」

 スランドゥイルは静かに息子を制した。

「言葉が過ぎる」

 レゴラスは口を閉じ、一旦顔を伏せた。

「ご無礼をお許しください」

 円卓を囲む貴族達は、静かに耳打をしあう。
王は思い悩むように深呼吸をし、低い声で申し渡した。

「レゴラスの言葉にも一理ある。それでも我と我一族は
エルロンドに頭を下げる気は、針の先ほどもない。
我の意図を理解して、なおエルロンドを説得し、
必要な情報だけを引き出せると、そう思うか? レゴラス」

「彼の宮廷顧問達は頑なな部分があります。
我らの訪問を快くは思わないでしょう。
ですが、不可能ではありません。言いたくはありませんが、
私はオークの毒矢をこの身に受けて子供を助けました。
その恩をないがしろにはできないはずです」

「策士だな」

 誰からともなく出た言葉に、レゴラスは無表情で応えた。

「者どもの不満もあるだろうが、我はレゴラスの言うとおり
未来を憂いでおる。奴らと手を組むつもりはないが、
戦いの心つもりはいずれ必要となるであろう。
この件はレゴラスに一任する。行って裂け谷の連中を説得してみるがよい」

「王よ!」

 貴族達が不満の声をあげる。

「ただし、お前一人で行くのだ。説得できぬとしても、
それを一つの情報として持ち帰るがよい。決して非難はせぬ。
もし逆にお前が奴らの意見に取込まれることがあれば、
二度と我森に足を踏み入れることは許さん。よいな?」

「御意」

 王の命令のもと、一同は解散した。

 レゴラスが退室した後、貴族の何人かが王に詰寄った。

「本気ですか? レゴラスを一人で行かせるなど。
子息を人質に差出すようなものですぞ」

「わしは息子を信じている。それにだ、わしらは長い間この森に住まい、
この闇に慣れてしまったのかもしれぬ。あれは、光射す森を知らぬ分、
わしらよりずっとそれを切望しておるのやもしれん」

 王の笑みは、深い悲しみに彩られていた。

「わしらと違い、古い確執がない分、あれはうまくやるかもしれん」

 

 その日のうちに、スランドゥイルは自室にレゴラスを呼んだ。

「ひとつ、忠告がある」

 レゴラスが眉根を寄せる。

「今後、エルロンドに一切触れてはならぬ」

 父の言葉に、何のことかと数回瞬いた後、レゴラスは息を飲んだ。

「何を・・・」

「言葉どおりの意味だ」

 激しく動機がして、レゴラスは唇を噛んだ。
まざまざとあの感覚が蘇ってきて、めまいさえする。

「・・・それは・・・王のご命令でしょうか?」

「父の頼みなど聞かぬのなら、王として命令しよう」

 知っている。何もかも。
心の奥底を隠しとおせるはずもないことくらい、わかっていたのに。

「父上・・・」

 言いかけたとき、レゴラスは父の平手をその頬に受けた。

 歯を食いしばり、じっと床を見つめる。

 ひどく痛むのは、打たれた頬ではなく、心。

「言訳は聞かぬし、謝罪も受けぬ」

 込上げてくる涙を何度も飲みこむ。

 この心は、父に、敬愛する王に対する裏切りか。

「不満があるなら、使者は別の者を送る」

 レゴラスは顔を上げ、王を見据えた。

「・・・言訳はしませんし、謝罪もしません。
私は、私に与えられた任務を遂行するだけです」

「よろしい。下がりなさい」

 レゴラスは、一礼して背を向けた。

「レゴラス」

 父の声に振り向く。

「だがわしは、咎めはせぬ」

 それが、父親としての愛だ。

 レゴラスは、もう一度頭を下げた。

 

 たとえ胸が張裂けようと、決して王を、父を、裏切りはしない・・・と。