心惹かれる由縁











 そのエルフは、荒野を彷徨していた。

 霧ふり山脈を越えた際、馬は諦めた。

 手にはいつもの軽い武器と、携帯食料のみ。

 オークを追ってここまで来たが、あろうことか見失ってしまったのだ。

 立ち止り、神経を研ぎ澄まし、周囲を覗う。

 そんなことを繰り返しているうち、奴他の残した「匂い」に気がついた。

「近いな」

 ひとりごちて後を追う。

 そのうち、かすかな音が聞えてきた。

 間違いない。オークの一隊だ。

 丘陵を駆け上る。

 そこで彼は、探していたものを発見した。

 

 今まさに、かなりの数のオークが、ときの声をあげて
何ものかに襲い掛かるところだった。遠目でもオークの相手を見極める。

 馴染みはないが、間違いはないだろう。

 あれは、ドゥネダインだ。あまり数は多くない。

 しかも・・・女が混ざっている?

 

 そのエルフは、一気に丘陵を駆け下りた。

 東南の方向から、別の騎馬隊がものすごい速さで駆込んでくる。

 あれは、エルフだ。武装している。
ドゥネダインと合流するつもりらしい。

 瞬く間に合戦となる。

 そこに駆込みながら、ひとり彷徨っていたエルフは何度も弓を引いた。
そして、その一本一本は確実にオークを亡き者にした。

 どのエルフが首領であるかは、すぐに察しがついた。
オークを切込み、道を作りながら黒髪のエルフのそばによる。
その黒髪のエルフは、美しい金髪を持つ見知らぬエルフに驚きの目を向けた。

「私は闇の森スランドゥイル王の息子、レゴラス。オークを追ってきました」

 レゴラスはロングナイフを引きぬいて、
攻め入ってくるオークの喉を切り裂きながら言った。

「私は裂け谷エルロンドの息子、エルラダンだ。
ドゥネダインを助けたい。話はその後で」

 レゴラスは頷き、ナイフを口にくわえて武器を弓に持ち替えた。

 エルラダンは、たった一人の思わぬ援軍に目を見張った。
この若いエルフの弓の腕は、数々の勲をあげた古い英雄にも匹敵する。

 携帯していたのが小さな一対の弓矢だけであるのが、惜しい。

 エルラダンの隣で弓を放っていたレゴラスが、小さく舌打する。

「とどかないな・・・」

 遥か離れた丘陵の上に、オークの首領が見えていた。

 エルラダンは己が持ちこんだエルフの大弓を、若いエルフに投げやった。

「よく狙え。援護する」

 若いエルフはひとつ頷くと、受けとった大弓をいっぱいに引絞った。
狙いを定める若いエルフにできた隙を、エルラダンが剣で埋める。

 ひゅん、と音を立ててレゴラスは矢を放った。

 それは、オークの首領の眉間を貫いた。

「これで攻撃は手薄になるだろう」

 エルラダンは、ニヤリとレゴラスに笑いかけた。

「それはお前のものだ。女と子供がいるはずだ、探してくれないか」

「承知」

 レゴラスは大弓を器用にこなしながら、また走っていった。

 

 丘陵の上から女が見えた。そのあたりまで走り込む。
その時、前方にもう一人の黒髪のエルフを見た。

(?)

 同じ人物にしては、何か変だ。が、気にしている場合ではない。

「女と子供は?」

 走りながらその黒髪のエルフに問うと、
そのエルフは見知らぬ男に眉根を寄せたがすぐ前方を指示した。
レゴラスの持っているのが、自分の兄弟の大弓であることを認めたのだ。

「さっきの矢は、お前が?」

 レゴラスはにっこりと頷いた。

「子供を守れ!」

 その黒髪のエルフは、レゴラスに叫び、
レゴラスは頷くだけで飛ぶように走っていった。

 

 女と子供は、オークが両脇に抱えて逃げ去るところだった。

 レゴラスの弓が、またうなる。
女と子供を抱えたオークはあっけなく地に伏した。

 オークの腕を抜けた女は、必死に子供を引っ張り出して、両腕に抱え込む。
レゴラスは更に数本の矢を放って女の周囲を確保する。
それから女の背後に飛び込んだ。

 女の腕の中から、小さな男の子が顔を出していた。

 泣きもせず、大きな目を見開いてレゴラスを見ている。
女に声をかけようとした瞬間、子供の目がレゴラスの上を見た。
レゴラスは大弓を振り上げ、上から襲い掛かって来たオークの三日月刀を防いだ。

 さすが立派な作りだ。寸前のところで刀を食いとめてくれる。

 振り向いた次の瞬間、レゴラスには弓を構えるオークの姿が見えた。
矢の先がどこを向いているのかも。

(間に合わない)

 そう思ったとたん、体が自然に動いた。

 オークの矢が、左の肩を貫通した。

 レゴラスの身体で受けとめられた毒矢は、女の背には届かなかった。

 左の残った力で、三日月刀を持ったオークを弓で張倒し、
右で握っていた矢の先でその喉を刺す。もう一度子供に振りかえると、
子供は女に腕の中で、声も上げずに見開いた目から涙をぼろぼろと落していた。

 レゴラスは優しげに微笑んで見せた。

「大丈夫だよ」

 共通語でそう声をかけ、矢羽を折って矢を引きぬいた。

「でも触っちゃだめ。毒だから」

 自分は子供に触れないように一歩引き、ロングナイフを取りだした。
自分はここで盾になるつもりだった。

 その必要がないと知ったのは、数秒後である。

 二人の黒髪のエルフが、残ったオークを仕留めながら駆込んできた。

(双子?)

 そんなことをのんびりと考えてしまう。左腕の感覚は、すでになかった。

「ギルライン、怪我は?」 

「レゴラス、負傷したのか!」

 二人が同時に叫び、レゴラスは自分の名前を知っている方が
エルラダンという名前であると認識した。

 二つのことが、同時に起っている、とレゴラスは思った。
まるで幻影のようだ。同じ顔をした二人の黒髪のエルフ。
一人は女と子供の無事を確め、もう一人はレゴラスの傷の毒を吸い出し、
できうる限りの応急処置を施した。 

「できれば、我裂け谷まで来てもらいたい。
私にできるのはここまでだが、父は治療の大家だ」 

 レゴラスは考えた。たぶん・・・自分の森の帰るまで、
体がもたないだろうと。毒は完全に出せていない。
この傷で霧ふり山脈は越えられまい。

「・・・ご一緒しましょう」

 見知らぬエルフに怪我をさせてしまった責任感からか、
エルラダンは大きくため息をついた。

 

 帰路は女と子供をつれての旅となった。 

 残った馬は少なく、レゴラスは自ら進んで歩む方を選んだ。
エルラダンはどうしてもレゴラスを馬に乗せたがったが、
レゴラスは微笑んできっぱりと断った。

 道すがら、やっと自己紹介が実現した。黒髪のもう一人の名前はエルロヒア。
案の定双子との事だった。

 

 まるでけが人には見えないほど、レゴラスの歩調は軽い。
安全を確認できるところでは、小さく歌も口ずさんでいた。
レゴラスは、好んで女と子供の乗る馬の隣を歩いた。
子供は、レゴラスの歌を子守唄に、女の腕の中でよく眠った。

 何日かたった頃、珍しく子供はぐずっていた。馬上に飽きたのか、
おなかがすいたのか。女がなだめようとしててこずっている。
その時、レゴラスは不意に姿を消した。
馬の前を歩いていたエルラダンが不思議がって周囲を見回すが、姿がない。
しばらくして、レゴラスは一房の花を持って現れた。

「スイカズラの花です。蜜を子供に吸わせるといいでしょう」

 にっこりと笑って、甘い芳香の花を差出す。
戸惑いながらも女がそれを受取り、子供に蜜を与えると、子供は落着いて、
また女の腕の中でうつらうつらはじめた。

 

 空気が変ったことに、レゴラスは気がついた。

「もうすぐです」

 双子の片割が、女と子供と、レゴラスに語りかけた。

 

 突然、その館は現れた。

 少なくとも、レゴラスはそう感じた。

 美しい森。美しい館。

 先に知らせに走っていたエルロヒアの報告を受け、
幾人ものエルフが出迎えた。その中に、ひときわ背が高く、
ひときわ威厳のある黒髪のエルフがいた。

 エルラダンがその男に何か告げ、その男はまず女と子供を馬から下し、
他の者の手に渡して休ませるよう告げていた。

 レゴラスはぼんやりとそれを眺めていた。
ぼんやり、というのは、その時すでに視界さえもかすみ始めていたからだ。

「裂け谷へようこそ。私は主のエルロンドだ」

「お言葉に甘えて参上いたしました。私はスランドゥイルの息子、レゴラスです」

 ちゃんと挨拶ができただろうか? それさえ危い。
エルロンドがレゴラスの肩に触れたとたん、レゴラスは力尽きて崩れ落ちた。

 エルロンドの腕の中に。

 

 遠い森の向うで、誰かが擦れ声でしゃべっているみたいだ。
レゴラスは、薄れゆく意識の中で思った。

「この傷で、よくここまで歩けたものだ。すぐに治療の用意を!」

 エルロンドの心地よい声が、いつまでも耳に残った












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 先日慌ててUPしたので、読み返してちょっとだけ手直ししました。
エルレゴ? 双子萌えっぽいけど・・・? 
どうなるか、書いてる本人にもわかりません。
書き始めると、作者の意向を無視してキャラが勝手に動くもので。
それだけいいかげんな書き方をしているという噂も・・・。
 遅くなりましたが、キリ番リクエストです。
アラゴルン脇役。目指せレゴハッピーエンド!