決意

 

 

 

 

 エステルと呼ばれる少年は、もう子供時代を過ぎようとしていた。
毎日のように剣の訓練を受け、膨大な資料を勉強していた。

 もう子供ではないと背伸びをしたがる年齢。彼の自信どおり、エル
フにしてみれば驚くほどの速さで力をつけ、大人へと近づきつつあっ
た。エルロンドの息子たちと森へ出かけることもちょくちょくあった
し、エルロンドが信頼を寄せる王族のグロールフィンデルに直々に戦
い方を教わることもあった。

 そんな折、彼に思いがけない来客が訪れた。

「レゴラス!」

 窓から姿が見えるや、城門まで走出てゆく。何年ぶりだろう? 三
年か、五年か? 人間にとっては長い年月でも、エルフには非常に短
い間だ。遠い北の森からこうちょくちょくエルフが訪ねてくるのは珍
しい。

「おや、珍しい人間がいると思ったらエステルか? それともアラゴ
ルン殿とお呼びしようか」

 馬を降り、門番に預ける。

「俺はもう子供じゃない」

「では殿、館主エルロンドの所に案内いただけるかな?」

 本当は、すぐに抱きつきキスをしたかった。でももう、そんなこと
をする年齢ではない。衝動をぐっと押え、気取った身振りでレゴラス
をエルロンドのもとに導いた。

 

 

 広間には要人が集められ、レゴラスの持ってきた情報を皆で話し合
った。その最中、アラゴルンは広間の外のポーチで暇をつぶしていた。

 まだ会議には入れてもらえぬのだ。

 レゴラスはただ遊びに来るのではない。闇の森との連絡役を果して
いる。それで何日か滞在した後、また北に戻ってゆく。

 その数日間を、アラゴルン少年は何年もの間楽しみに待っているのだ。

 幼少の頃は、レゴラスが来ればぴったりと張りついて離れなかった
ものだが、分別がついてからはそうもいかない。「我慢」という言葉を
ひたすら学ぶ。

 やっと会議が終り、一同は食堂に場を移した。そこではアラゴルン
は同席を許された。

 周囲の気遣いでレゴラスの隣に座る。最早身長が追いつきそうなア
ラゴルンを、レゴラスは横目で見て微笑む。その姿から、彼のもって
きた悪い知らせの影は見えない。

「エルラダンとエルロヒアはどうなされました?」

「遠征に出ている。レゴラス、お前と同じで国に腰を落着けたりはしな
いのだよ。用を見つけては遠出したがる」

 珍しく父親らしいエルロンドの態度に、一同の誰もが微笑する。

「スランドゥイル殿の気持を察するよ」

「父上はエルロンド殿ほど心配性ではありませんから」

 珍しく照れているのか、エルロンドは黙って杯を傾けた。それから
思い出したように、

「近々ロリアンに住む娘を呼び寄せるつもりだ」

 その言葉に、口々に驚きの声があがる。

「その時はぜひお呼びください。私もロリアンの話は聞きたいので」

 レゴラスはにっこりと微笑んだ。それでもうその話は終りになった。
話題がかわったので、ふっとアラゴルンは肩の力を抜く。両親を知ら
ない彼に、家族の話題は酷だ。レゴラスがアラゴルンの頭をぐしゃぐ
しゃと撫でる。

「エルロンド殿の心配は尽きぬ」

 にやりと笑って、レゴラスはアラゴルンに耳打をした。

「心配をかける息子がここにも一人いるからね」

「・・・俺は・・・」

 否定しようとして口を開きかけ、レゴラスにまた頭をぐしゃぐしゃ
にされて口ごもる。決して甘くはないが、確かにエルロンドは本当の
息子のように扱ってくれる。なんとなくうれしくて、緩む口元を食事
で一杯にして誤魔化した。

 

 

 その知らせは、突然もたらされた。

 オークの一隊だ。谷の向うの森を進んでいる。奴らの行先は・・・!

 レゴラスの運んできた知らせは、まさにこれだった。正確な情報と
いうわけではなかったが、暗黒の地の悪い噂が広まっている。奴が復
活するまでにはまだ何十年かかかるであろうが、そんなものエルフに
とっても奴にとっても、ほんの瞬きの間だ。

 すぐにグロールフィンデルの率いる一隊が召集され、敵のもとに向う。

「俺も行く!」

 城門でアラゴルンは叫んだ。

「俺も戦える!」

 レゴラスが腕を掴み引き寄せる。

「ダメだ! エルロンドの許可を得てからにしろ! それにまだお前
の腕では・・・」

 アラゴルンはレゴラスを睨んだ。その大人びた表情に一瞬ひるんで
しまう。アラゴルンは腕を振り解いた。

「子ども扱いするな!」

 兵士たちの剣を掴み、一目散にかけて行く。人間としてどんなに俊
足を誇っても、エルフにはかなわない。特に身軽さを武器にするレゴ
ラスには。

 一瞬のためらいもなかった。身を翻して館に己の武器を取りに行く
。使い慣れた弓矢とロングナイフ。それを引っつかんで風のようにア
ラゴルンを追う。すれ違った門番に早口に叫ぶ。

「エステルが戦場に出た! 私が追う! エルロンドに伝えてくれ!」