甘美な倦怠感に、いつまでも横になっていたアラゴルンは、
頬に冷たいものを感じて目を開けた。

 冷えた液体の注がれたグラスを、
レゴラスがアラゴルンの頬に押し当てている。

「眠ってた?」

 さっきまでの激しい情交が嘘のように、
いつもの微笑を見せている。

「どうかな」

 グラスを受取り、その手を引いてレゴラスの胸に顔を埋める。

 森の匂い。

 安らぎの香り。

 ずっと昔から知っている。

 

 幼い頃から。

 初めて会った頃から。

 

 結局、自分はいつも、いつまでもこの香に包まれていたいのだ。

 ただ、それだけ。

 暖かな家族の安らぎに憧れる、子供のように。

 

 いつまでも、子供のままでいられるはずもないのに。

 

 諦めよう、大人になろうと、

 もがけばもがくほど、酷く心を囚われる。

 

 レゴラスはアラゴルンの髪をそっと撫で、キスをする。
昔からそうしてきたように。

 子供をあやすように。

 

 アラゴルンは、やっと身体を離した。
自分でも驚くほど、すんなりと身体を起すことができた。

 大人になった証拠か・・・。そう思うと、おかしい。

「レゴラス・・・このままお前を抱き上げて王の前に跪こうか。
そして・・・俺は殺されてもいい。
そうすれは、お前は開放される。
いや、ここで、己の剣で胸を貫いてもいい。
お前を束縛したくない」

 また・・・、とレゴラスは困った顔をする。

 またわがままを言うんだね?

「エステル」

「お前は俺のものにはならない。
俺はお前のものにはなれない」

「いいかげんにしないと、怒るよ?」

 レゴラスは跪き、アラゴルンの手を握って
じっと瞳の奥を見つめた。

「いい? 僕は何だってできる。貴方より強い自信もある。
だから、たとえどんな窮地に立たされようと、
僕は貴方を守ってあげることができる。
父を説き伏せることも、エルロンド卿に懇願することも。
何だってできるし、何だってする。アラゴルン、貴方のために。
でも・・・ひとつだけできないことがある。
どうしてもできないことがある。
それは、死ぬこと。
たとえ貴方のためにでも、死んであげることはできない。
わかるね? 貴方が死んでしまったら、
僕はどうやって生きればいいの? 
心が悲しみの闇に犯されて、魔物になってしまうかもしれない。
それを望むというの?」

「・・・いつかは・・・俺は死ぬ」

「神の運命した命の限りを生抜くのと、
途中で諦めるのとでは、まったく違う」

「レゴラス」

「僕を愛しているって言ったね?」

「ああ、愛している」

「なら二度と、死ぬなんて言わないで」

 アラゴルンは、レゴラスの手を握り返した。

「・・・俺は、何を望んだらいい」

「あるべき姿を。真の平和と幸福を。
人間としての幸福を。
たとえ茨の道に挫折しても、貴方は僕を失うことはない。
諦めないかぎり、死ぬまで、僕は貴方のものだ」



 







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 たくさんの方にご心配をかけてしまったお詫びに
(お詫びになるのか?!)
ちょっとだけ契約の続きを書いたのでUPします。
まだまだ続きます。これからもよろしく・・・。