「はぅ・・・ん」

 堪えきれずに漏れると息に、首筋をくすぐられる。

 こんなに素直に、反応してくれる。

 他の事は何も考えず、愛し合うことだけに集中できるのは、
初めてだ。

 そして、素直に応えてくれるのも。

 心と体が欲するままに、白いうなじに歯を立てる。

「あ」

 小さくうめいて、レゴラスはアラゴルンの頬に触れた。

「だめ・・・痕がつく」

「つけたいんだ」

「一族の前で、僕をさらし者にする気?」

「俺のものだと宣言してやる」

 困った人だと、無骨な唇に細い指を這わせる。
アラゴルンはその指を吸った。
それだけで、レゴラスは官能に打ち震えた。

 まるで髪の一本までもが性感帯のように、
ほんの少し触れるだけで耐えがたい嗚咽を漏らす。

 以前抱いた彼とは、別人のように。

 

 心を閉じた情交に、本当の快楽はない。

 

 奪うのではなく、与えるのではなく、分ちあうもの。

 

 野獣のように喰らい尽したい激情と、
やわらかな羽に包んでそっと手の中に収めたい欲。

 

 その狭間で、やわらかな肌に唇を寄せる。

 

 紅く染まった唇に唇を重ね、舌を絡めて唾液を吸う。
淫らなキス。息を吸うように、彼の唇を吸い続ける。
その間も、手のひらで肌の感触を味わい、敏感に反応する部分を探す。

「・・・入りたい。レゴラス、お前の体内に・・・」

 耳元で囁く。

「怖いよ」

 唇が抗う。

「何が、怖い?」

 レゴラスはうっすらと目を開けて、アラゴルンの瞳の奥を見つめた。

 

 死という闇を持つ人間と、心を重ねることが怖い。
それは、エルフには無縁のものだから。

 こんなに心を開いたままで、肉体までも受けいれてしまったら・・・

 

 きっと、戻れなくなる

 

 もう、遅い。最初に彼を拒まなかったときに、
もう自分の一部は(彼の一部が)お互いの精神に
植付けられてしまったのだから。

「愛してる・・・レゴラス、お前だけを」

 そんな嘘さえ、信じてしまう。
・・・嘘でなければいけない告白に、真実の意味を与えてしまう。

「僕は、貴方だけを愛せない」

 抗いの言葉。アラゴルンは微笑んだ。

「エルフは嘘をつけない。レゴラス、お前は俺を愛してる」

 強引に引きだされる真実に、涙が溢れて零れ落ちる。

「傷つけずに愛することができないのはわかっている。
言っただろう? 俺を引裂けと。でも、俺はやめない」

 レゴラスは、開いた唇から擦れた悲鳴をあげた。

 心の痛みがあげる悲鳴。

 知ることのない肉体の快楽に、心が溺れていく。

 

 堕ちていく。

 

 なぜ、こんな抱き方をするのだろう?

 レゴラスは切なく思った。

 昔のように、ただ肉体の快楽を求められるなら
・・・与えることは容易い。

 心を重ねることは、肉体に与えられる暴力よりも辛い。

 いつ、こんな抱き方を覚えたのだろう?

 

 彼が、入ってくる。

 閉じておきたい心の中に。

 

 そして、心を揺すぶられる。

 

 堪えきれずにあげてしまう声に、また感情が高ぶってくる。

 

 何も見えなくなる。

 

 閉じた目の闇の中で、肉体の感覚が鋭くなる。

 

「だめ・・・入ってこないで・・・」

 無意識に懇願する。

 得体の知れないものに対する、恐怖。

 肉体から入り込む精神の融合を許したのは・・・

 美しい谷の主だけ。

 

 

 レゴラスは、夢を見る。

 記憶の底を探られる。

 闇の中に光が射しこみ、そこに記憶のかけらを見つける。

 あれは、自分だ。

(お父様・・・この鳥は、何故動かないのですか?)

(死んでしまったからだよ)

(死ぬって、どういうこと?)

 エルフとは無縁の世界。

 あれから、長い探求の旅は始った。

(レゴラス、何をしている?)

 美しい谷で、狂おしいほどに憧れる星に出会った。

(歌を・・・)

 レゴラスは、両手のひらに愛らしい毛玉を包み込んでいた。

(それは・・・?)

(リスです)

(・・・死んでいるのだな?)

(まるで・・・眠っているようだったので)

 エルロンドは、優しくレゴラスの手から動かないリスを取り上げ、
地に戻した。

(やめなさい)

(何故です?)

(死に心を奪われてはいけない)

(死を知らない種族だからですか?)

(限りある命を持つものに、引きずられてしまうからだ。
それは、心の闇につながる)

でも・・・と思う。

(限りある命だからこそ、美しいのではないのですか?

 限られた時間の中で必死に歌う鳥だから、その声は美しい。

 やがて枯れてしまう花だから、その花弁は輝く)

 エルロンドは、レゴラスを抱き寄せ、腕の中に包み込む。

(確かにそのとおりかも知れぬ。
だからそれらは命をつなごうと必死になるのだ。
泣くことはない、レゴラス。限りある命しか持たぬものは、
そうやって命をつないでいく。永遠の時間の中で。
だから、死を悼んで泣いてはいけない。
限りある命に、心を奪われてはいけない)

 泣いていたのか・・・? エルロンドの腕の中で気付く。
失ってしまった、あの小さな獣の命に、自分は泣いていたのか・・・。

 悲しみという闇を、谷の主は包み込んで浄化してくれる。

 

 

(エルロンド様・・・)

 無意識に助けを呼ぶ。

「奴の名を呼ぶな!」

 アラゴルンに言われて、レゴラスははっとして目を開けた。

 夢を・・・見ていた?

 目の前のアラゴルンの表情は険しく、瞳は嫉妬の色に燃えている。

「あ・・・」

「俺の腕の中で、奴のことを考えるな!」

 違う。

 レゴラスは思う。

 アラゴルンとの情交で、魂を引きずられたのだ。心の奥底に。

 それに・・・

「誰の名前も呼んでいない。エステル、貴方が僕の心に入り込んだんだ」

「同じ事だ。奴のことを考えている」

 見えたんだね?

 おかしささえ感じる。

 それが、身体を通じて心を交えるということ。

 わかってる? 誰にでもできることじゃないんだよ。

「僕の心を見たくないなら、心を交えたくないなら、
激しく身体だけを求めればいい。簡単でしょう?」

 でも僕は・・・そんな行為は「愛」と呼ばない。

「レゴラス・・・俺は・・・」

「僕は貴方に心を閉じない。心を通わせるのが、エルフの愛し方だから」

 嘘をつかない。真実から目をそむけない。

「アルウェンを愛してる貴方を、僕は愛している」

 エルロンドの腕に快楽を知った僕を、貴方は愛せない?

「レゴラス」

「貴方の自由だ」

 アラゴルンは、強くレゴラスを抱しめた。

「・・・今だけでいい。俺だけを見てくれ。俺のものになると・・・」

「僕は、貴方のものだよ」

 そう、たとえ全てを裏切っても。あの谷の主に背いても。

「愛してる」

 レゴラスは瞳を閉じて、呟いた。   
         












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 小難しい理屈を並べるのをやめて、
ひたすら煩悩に走りました。
だから、裏版Hなんですってば!