石

 

 

 

「違う、エステル。貴方が選んできた道だ」

 レゴラスはそっと身体を離したが、
アラゴルンはその腕から指を離さなかった。

 わかっている。

 本当は、わかっていた。

 全て自分が選んできたのだ。

 あの若すぎた時間の中で、
無謀な行動に出なかったら・・・
今、こんなに辛い思いをせずにすんだ。
それだけじゃない。わかっている。
何も強制はされていなかった。
望みをかけられているだけで、
それは肉体的な拘束を意味していなかった。

 本当に嫌なら、いつでもあの谷から逃げ出せたはず。
そして、それを止める権利は誰にもなかった。

 王の末裔としての権利を、拒むことはできた。

 それをしなかったのは自分。

 

選択肢がないのではない。選んできた結果が、
ここにあるだけ。

 それでも、逃げることはできる。

 今でも。

 わかっている。

 

 俺は、逃げない。

 

 アラゴルンは、レゴラスの腕を強く掴んだ。
痛みに顔をゆがめる彼に、おかまいなしに。

「お前が欲しい。レゴラス」

 離してくれと、レゴラスは懇願しなかった。
命令も。

 

 これは、彼の心だから。

 

 いつも、酷く痛む掴み方をする。

 

 そして、自分は拒めない。

 

「お前が欲しい」

 片手で腕を掴み、もう片方の手で細い金髪を掴む。
強引に抱き寄せ、唇をあわせる。
それが暴力だとわかっていても。

 一瞬だけ唇が触合った後、レゴラスは身を引き、
アラゴルンは手を離した。

 細く結上げた髪が乱れている。
それを彼は手のひらで撫で付けた。

「エステル、忠告を受けなかったの? 
それとも忘れた? 
この森で僕らは常に監視下にあるのだと」

「わかっている。それがどうした?」

 まるで小さな子供がそのまま大きくなったみたいだ。
大胆で、強引で、無謀で・・・自信過剰。

「・・・だめだよ、ここでは」

「俺はかまわない」

「僕はかまう」

 髪に手を当て、暗がりで僅かに俯くレゴラスに、
また心臓が高鳴る。

 こんなに、小さかったのか?

 こんなにも、脆く儚げな・・・?

「どこならいい?」

「どこもだめ」

「じゃあ、ここで犯す」

 レゴラスは上目使いにアラゴルンを見た。
本人は、それがどれだけ欲情を誘うかと
いうことに気付いていない。
エルフに、激しい性欲はない。

「子供みたいなことを言うね? 
少しは成長したのでしょう?」

「ああ、昔のようにしてしまったことで
自分を責めたりしないさ」

 くすくすとレゴラスは笑った。

 変っていない。

 そんな彼に惹かれているのだ。

「木の上では無理だよ」

「やってみなければわからない」

「強情だね」

「ずっと我慢してきたんだ。
強情にもなる」

 もう一度キスをしようと身を寄せると、
レゴラスはするりと立ちあがった。

 やはり、どんなに強く掴んでいたつもりでも、
本当に力でエルフを捕まえることはできない。

「ついておいで。でも部屋に着くまで
一言もしゃべってはいけないよ」

 レゴラスは高い木の枝から舞い降りた。

 

 そこから少ししか離れていない木の根元に、
ひとりのエルフが立っていた。
一瞬アラゴルンはぎくりとする。

「レゴラス様」

「月を見ていただけです」

 レゴラスはそっけなく答える。
そのエルフは、アラゴルンをじろりと見た。
見覚えがある。アラゴルンは思い出した。
森で最初に会ったエルフだ。視線から敵意を感じる。

「客人にも月を見せていたのですよ。
あの森を抜けてきた者は皆、
ここを怖いところだと思い込んでしまいますからね」

「御髪を、どうされました?」

 乱れた髪に手を当て、レゴラスは口元で笑んだ。

「枝に引っかけただけです」

 まだ何か言いたげなその者に、
レゴラスはさっと一瞥を投げた。

「ガリオン、父上に伝えなさい。
そんなに一日中見張られなくても、
私は勝手に森を出はしません」

 その者はそれ以上何も言わず、
レゴラスとアラルゴンに道を譲った。

 約束どおり、アラゴルンは一言も口を開かなかった。

 

 

 宴はまだ続いていたが、
王とその客人の会話に耳を向ける者はいなかった。
それは、暗黙の了解であった。

「してスランドゥイルよ、
レゴラスは本当にあの宝冠をどこにやったのじゃ?」

「さあな」

「あれは・・・王族の印であったのじゃろう」

 王の宝の中でも最も価値のある石のひとつ。
レゴラスもそれを承知していたはずだった。

「息子は・・・やがてこの森を出てゆく」

 スランドゥイルは上等のワインを一口、口に含んだ。

「そういう運命なのだ」

「・・・子息を裂け谷へ遣わせたことを
後悔しておるのか?」

「後悔はせん。あれがいなければ、
私は今でもエルロンドと交流をもつことは
なかったであろう。確かにレゴラスは谷の館で
己の心中を知ったのだろう。
あれ以来、奴の目は常に外を向いておる。
エルロンドに影響されたのだろうな」

 王の目は、遥か彼方を見つめている。
ガンダルフも、王の見つめる彼方を見た。

「ミスランディア、そなたはあの人間、
アラゴルンをどう見る?」

「若さゆえ、計り知れない可能性は感じられますな。
王はどう見ますか?」

「うむ・・・」

 スランドゥイルは思いをめぐらし、一言呟いた。

「良い目をしておる」

 古の王たちを髣髴させる。

「真の王の到来は、ひとつの時代の区切りだ。
そう思わぬか? エルロンドは好かぬが眼力は認める。
奴が王と認めるのなら、そうなのであろう。
・・・レゴラスの態度も、それを示しておる。
あれは子供だが、誰にでも心を許すわけではない。
それに・・・私らは長く世界を見てきた。
とても長い間だ。ミスランディア、そなたもな。
闇の力がいや増している昨今、緩やかだった
時代の流れは大きく変ろうとしている。
私らの時代は終るであろう。次の王を見出し、
認めるのは、次の世代の者たちだ。
レゴラスのような、若い連中のな。
私らは長く激しく魔の者と戦ってきた。
次に戦うのは彼らであり、そして新しい時代を作っていく。
余計な口出しはせず、見守ることを良しとしたい」

 王の言葉に、ガンダルフはほくそえんだ。
そんなガンダルフの態度に、スランドゥイルはニヤリとする。

「私を、宝石とワインが好きな
俗物で偏屈な王を思っていたのであろう?」

「めっそうもない。
さすが、レゴラスは王に似ておられますな。
深く物事を考えておられる割に、それを表に出さぬ。
好きなものは大分違うようじゃが」

 王はクックッと笑った。

「レゴラスか」

「あれほど寵愛されておるのじゃ。
手放すのは辛かろうの」

 王はワインを飲干し、
かわりのグラスを持ってこさせた。

「・・・あれがまだ、ほんの幼い頃だ。
庭で、死んだ鳥を抱えて泣いていた」

(お父様、何故この鳥は動かないのですか?)

(死ぬって・・・どういうことなのですか)

「己の生き方は己で決めるもの。
やがて息子はこの地を離れ、己の住処を見つけるだろう」

 グラスを揺らし、
深紅の液体の向うにレゴラスの憧れる明るい森を見る。

「あの石はレゴラスにやったものだ。
今誰が握っていようが、今しばらくは目をつぶっていよう」

「知っておられたか」

「だいぶ侮られているようだな。
あの人間の視線の先に私が気付かぬとでも思っていたか?」

「レゴラスの努力も、水の泡じゃな」

 ガンダルフは笑い、パイプに火をつけた。

 
 

  







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 ホビット読んだ人は大笑いすると思う。
でもね、でもね、闇の森のエルフの名前って、
他に知らないんだもん。エルフの名前って、
勝手に付けられないし。だから笑って許して!
どうしてもオリキャラが一人欲しかったのよう!
まだもう少し役割があるのよう!
レゴモテモテだから(クスッ)