夜の闇は安らぎ。

 静寂。

 花たちは花弁を閉じ、小鳥は巣で眠る。

 

 眠りを知らないエルフたちが、今宵も宴を繰り返す。

 歌いさざめく。まるで露を含んだ夜風のように。

 人間たちの画策からは遠くはなれた種族。

 歌うこと、それだけが存在意義であるように。

 

 どうしようもない居心地の悪さ。

 深い悲しみ。

 何故自分は、ここに存在しているのだろう?

 自分の居場所は、どこにあるのか?

 

 多くを望みはしない。なのに、重圧な望みをかけられている。

 

 結局、必要なのは王位継承者であって、自分ではない。

 それは、生贄に似ている。

 

 継ぐものなど存在していない。過去の王国は夢の夢。

 自分が生れる遥か前の、・・・夢の後。

 

 多くを望みはしない。

 

 ただ、「自分」という存在を、愛してくれる人が欲しいだけ。

 

 それが何故、彼であってはならないのか?

 

 何故、彼を求めてはいけないのか?

 

 多くを望みはしないのに。

 ただ彼が欲しいだけなのに。

 

 声をひそめるようなノックの音。アラゴルンはベッドの上で
顔を上げたが、返事はしなかった。謹慎処分など受けなくても、
誰とも会いたくない。

 いっそ、かの人の手を引き、逃げ出してしまおうか。

 全ての呪縛から。

 勿論、彼がそんなことを望むはずもないが。

 ノックの音に、二度目はなかった。その代り、見慣れた金糸が
部屋に滑り込んでくる。

「何も食べていないだろう?」

 手にした小さな包み。レゴラスは用心深くドアを閉め、包みを
アラゴルンに差出した。

 木の実を練り込んだケーキ。昔、ずっと昔、好きだったような
気がする。

「いらない」

「食べた方がいい」

 レゴラスは病気の子供を気遣うように、隣に腰をおろす。

「・・・怒っていないのか?」

「何を?」

 ほんの数刻前の情事を。言葉を詰らせていると、レゴラスは小
さくちぎったケーキをアラゴルンの口に差入れた。

「俺は・・・」

 しっとりとしたケーキを飲みこんで、言葉を出す。

「レゴラスの運命をめちゃくちゃにした」

「後悔しているのかい?」

「・・・・・」

 後悔・・・しているのだろうか? いや、していない。頭を振る
と、レゴラスはにっこりと微笑んで二口目のケーキをアラゴルンの
口に入れた。

「なら、それでいい」

「でも・・・」

 泣きそうな顔で、レゴラスの淡い瞳の色を見つめる。幼い子供
のように。

「死んでしまうの?」

 クスリ、とレゴラスは笑った。残りのケーキをアラゴルンの手
に乗せる。

「死なないよ、アレくらいじゃ。僕は誓いを立てることはしない
もの」

「誓い・・・?」

「婚姻の誓い」

 結婚する、と言うこと。そんなことができるなら、俺はそれを
切望するのに。そんなアラゴルンの心を読むように、レゴラスは
そっと身を引いた。

「心配しなくていい。問題はないよ。父には秘密にしておくから。
まあ、エルロンド卿と僕の関係に気付かない人だから、言わなけ
れば知られることはない。だから、何も問題はないんだ」

 ズキン、と胸が痛む。あの時は怒りに任せて口に出したが、あ
えてレゴラスの口から二人の関係を告げられたくなかった。

「・・・エルロンドを、愛している?」

「愛しているよ」

「俺よりも?」

「子供みたいなことを言うね」

 子供、結局は子供なのか。レゴラスは、優しすぎる保護者に過
ぎない。その彼に甘えているだけ。

「中庭で言ったはずだよ。たとえ相手がエルロンドでも、僕は君
を守る」

「契約だから?」

「愛しているから」

 愛という言葉が、こんなに切ないとは知らなかった。

「でも、僕もエステルも罰を受けなければならない。わかってい
るね? 自分の行動には責任を取らなければならない」

 小さくうなずく。

「夜明と共に、僕は谷を出る。時がくるまでこの谷に足を踏み入
れることはできない」

「時・・・って?」

「今はまだわからない。でもいずれその時は来る。それは、君が
本当に僕を必要とするとき。僕が本当に君を守らなければならな
くなるとき」

「もう会えないのか・・・。俺はどうしたらいいんだ」

「会いたかったら、僕の国に来るといい。それだけの叡智を身に
付けてね。たぶん、何年もかかるよ。資格を得るのは、たやすく
はない」

 食べないの?と、レゴラスはケーキを指した。これが、自分に
与えられたもの、というわけか。捨てることもできる。否定する
ことも。選ぶのは自分。認めるのは自分。努力して道を開くのも、
自分。他の誰でもない。

「食べるよ」

 それでいい、と言ってレゴラスは立ち上がった。

「僕が君に教えることは、もうない」

 アラゴルンはケーキを口に入れた。舌の上で溶けるようになく
なっていく。案外、そんなものなのかもしれない。見た目ほど、
受けいれることは苦痛でないのかも。

「でもエステル、君が望むなら、もうひとつだけ教えてあげるこ
とができる」

「何を?」

「愛するって事」

 

 

 

 髪をほどくレゴラスを、はじめて見た。

 こんなにも、自分は彼のことを知らなかったのか・・・?

 エルロンドが彼に魅かれる理由がわかる。あまりに彼は裂け
谷の王と対照的だ。エルロンドが第一紀の生れなのに対し、レ
ゴラスは第三紀の若いエルフだ。その髪は日の光のように薄い
黄金で、それに合わせたように瞳の色も薄い緑がかった青をし
ている。エルロンドが夜の闇のように威厳を保つ存在なのに対
し、若い王子は昼の光のように聡明で、儚げに見える。えてし
て、対照的なものほど惹かれあう。

 滑らせるように服を落した彼の素肌に、先刻の陵辱の後はない。

 レゴラスは、まっすぐにアラゴルンの瞳を見つめた。

 まぶしさに、居たたまれなささえ感じる。

 そっと合わせた唇は、蜜の味がした。

 

 滑らかな温もり。喜びを伴う快楽。

「レゴラス」

 呟く吐息が熱い。

 

 そして、切なさ。

 

 繋がっているんだという確かな熱が、全身を震わせる。

 こんなにも・・・。

 雨上りに濡れる若葉を風が揺らすように、レゴラスの髪が降る。
快楽に瞳を閉じ、わずかに頬を染めてアラゴルンの名を呼ぶ。

 

(俺の名を呼ぶ・・・かの人ではなく、俺の・・・)

 

 愛し合っているんだ。

 こうやって

 愛し合っているんだ・・・。

 

 永遠とも思える時間の中で、お互いの深いところを求め合い、
探り合い、

・・・いつしか果てていく。

 喜びと、哀しみ。

 

 やがて、暗黒の空が深い青に変っていく。

 夜が明ける。

 星は瞬くのを止め、

 夢から覚める。

 

 

 

 レゴラスはそっとベッドを抜け出して、床に落ちた服を拾った。

 手早く身に付け、手櫛で髪を整えて簡単に結う。

 それから眠るアラゴルンに、そっと口づけをした。

「さようなら。しばしの別れだよ、エステル・・・すべての希望よ」

 わずかな衣擦れの音だけ残して、レゴラスは出て行った。

 

 ドアの閉る音がして、彼の気配が完全に消え去ると、アラゴルン
は目を開けた。さっきまでのぬくもりを惜しむように、愛しい人の
いた場所に手を当て、シーツを握り締める。

 きっと、追いかけていく。

 いつかもう一度、この手に掴むまで。

 きっと・・・。

 涙があふれ、アラゴルンはベッドに顔を埋めた。 
              





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 知らなかったよ、Hしただけじゃ死なないんだって。書き終ったあとに読んだ。
追補編。まあいいよね、今更ミスの一つや二つ・・・(ごめんなさい、勉強不足です)
 ひとまず終り。でもまだ続きます。続きは「ホビットの冒険」もう一度呼んでから
じゃないと書けないので、当分先になりそう。以前読んだのは何年か前だったし、
まだ買ってないから。ペーパーバックのくせにハードカバーと同じ値段するんだもん!
これだから児童書は・・・。と、言うわけで次の舞台は闇の森。パパにバレてます。
って話。でへ・・・読みたい人いるのか?! ただの自己満足だな(苦笑)