風の話

 




間もなくアラゴルンは戻ってきて、ガンダルフと少し話をした後、
エルフのいる木の下で、ボロミアの隣に座った。ボロミアでさえ、
うつらうつらしていた。

「エルフは、何を歌っているんだ?」

 半分夢心地のまま問う。

「遥か西方、海の向うを憧れる歌だ」

 その意味までは、ボロミアは問わなかった。己には、関係のないことだ。

「・・・ゴンドールの庭と呼ばれるイシリアンの地を知っているか?」

 アラゴルンは、ただ頷いた。

「今では住む者の無き地だ。昔、幼少の頃弟と訪れた。美しかった。
月桂樹の木立は特に印象的だった。弟はそこに住みたいと言った。
モルドールの恐怖が去れば・・・そこが安住の地となるなら、
私もそこに住んでも良いと思った。・・・・エルフの歌は、
あそこの風を髣髴させる」

 珍しく饒舌になっているボロミアに、アラゴルンは遠き地の風を感じた。

「平和は訪れる。必ず・・・必ずだ」

 手に入れる。この手で、絶対に。
アラゴルンは、半生の全てをそのことだけにかけてきた。

 永久の安泰を取り戻すため。

 愛する女性を抱くため。

「お主は何故戦う? 先祖の血か」

「それもあるが・・・愛する女性がいる。彼女の父親と約束をしたのだ。
魔王を葬り平和を手に入れるまで、結婚は許されないと」

 ボロミアは笑い出した。

「くだらない理由だと思うか?」

「ああ、実にくだらない理由だ」

 戦うことに喜びを見出し、女性に興味を示さないボロミアには下劣な理由にも思えた。

「だが安心した。お主はもっと高飛車な男だと思っていたからな」 

 アラゴルンも笑った。

 それでいい。人間とはそういう生物なのだから。

「アラゴルンは十分高飛車で傲慢な男だと思うけどね。
エルフの姫を娶ろうというのだから」

 空から声が降ってくる。

「エルフの姫だと?」

 ボロミアが見上げると、かさこそと葉擦れの音がして、金糸が垂れてきた。

 レゴラスが、両足で枝にぶら下っている。

「そう、エルロンドの一人娘をね」

 驚いた表情でボロミアがアラゴルンの顔を見ると、
その男は苦笑して肩をすくめて見せた。

「しゃべりすぎだ、レゴラス」

「失礼。ガンダルフにも口数を減らすよう言い使っている。
どうやら私にはおしゃべりの権利もないようだ」

 にっと笑って、レゴラスはまた葉影に消えた。

「お主らは仲が良いのだな?」

 アラゴルンは、それにも肩をすくめる。

 ふとボロミアは、故郷を想った。エルフの住まう地と故郷を重ねあわせる。
戦いに明け暮れる日々に終りが来れば、
・・・エルフは愛するゴンドールの地にやってくるのだろうか?
イシリアンの森でエルフが歌う姿を、ぜひ見てみたいものだ。

 レゴラスの後姿を想像している自分に気付き、ボロミアは慌てて頭を振った。

 なぜ得体の知れないエルフのことなど・・・!

 

 その時、風がふいた。

 少しだけ強い風。 

 木の上の方で、ホビットの小さな服が舞いあがった。
瞬間、細い腕がにゅっと伸びてその服を掴む。

「レゴラス!」

 無意識にボロミアはその名を呼んでいた。
が、一瞬早く立ちあがったアラゴルンが両手を広げる。

 その腕の中に、レゴラスはふわりと舞い降りた。

 なぜかボロミアの心臓が高鳴る。

 

 何故?

 

「エルフが木から落ちるとでも思ったんですか?」

 微笑むレゴラスに、アラゴルンも笑って見せる。

「ああ、思ったね」

 クスクスとレゴラスは笑い続け、アラゴルンの腕をすり抜けて
ボロミアの前に抱えた服を差出した。

「ほら、乾きましたよ」

 まとめて受けとると、思いの他ずっしりと重みがあった。
服の上にボロミアのブーツも乗っていた。

「ずいぶん重い靴をお履きのようだ。貴方の足はそんなにやわなのですか?」

 ボロミアが顔をしかめる。

「からかうな、レゴラス」

 アラゴルンにたしなめられて、またクスリと笑う。

 

 エルフ・・・得体の知れない種族。

 なんて魅力的で、人の心を惹きつける。

 

 午後の日ざしは、陰りはじめていた。

「おなかが空いたな・・・」

 ピピンが伸びをして起き出すと、メリーもあくびをして目を開けた。

「そろそろ夕飯の時間?」

 エルフは背を向け、また歌いながら歩き出す。

「どうしたんですか? ボロミアさん」

 レゴラスの姿を無意識に追っていたボロミアは、ホビット達に向き直った。

「お前たち、寝すぎだ。服は乾いたぞ」

 

 夕食の後、ボロミアが寝ずの番を申し出た。

 岩屋の上で、ひとり星を眺める。

 しばらくして人影に気付いて振り向くと、レゴラスが星を眺めて立っていた。

「まだ交代の時間には早いと思うが?」

 レゴラスは星を眺めたままボロミアの隣に腰をおろした。

「・・・イシリアンというところ、私も見てみたい」

 聞いていたのか、と驚く。ボロミアに顔を向け、レゴラスは笑った。

「案内してくれますね?」

 その笑みに圧倒されて、肯定する。

「約束ですよ?」

「・・・ああ、約束しよう」

 エルフは、嬉しそうに笑った。何が嬉しいのかボロミアにはわからなかったが、
レゴラスは嬉しそうに笑った。

「いろんな所のいろんな場所が見たいと言う私を、皆変っていると言うんです」

「そうなのか?」

「いけないことでしょうか?」

「・・・いや、そうは思わないが・・・」

 よかった、とレゴラスは呟いた。

「そうだな・・・ああ、約束しよう。イシリアンは美しいところだ。きっと好きになる」

 エルフの微笑に、魅入られる。このエルフの名を、緑の葉と言ったか? 
そうなのだろう、風にゆれる新緑の葉に似ている。数々の戦いも、
息吹く緑にしばし安らぎを与えられる。

「その代り・・・」

「なんです?」

「歌を・・・歌ってくれないか?」

 何故そんなことを願うのだろう? 今まで歌になど興味がなかったのに。

「いいですよ」

 そう言って、レゴラスは静かに歌を口ずさんだ。

 不意に、心の底を見透かされたような錯覚に陥る。忘れかけていた何かを思い出す。

・・・戦いの日々・・・勝利をもたらすもの・・・・

(思い出さなくていい)

歌声は、そう告げていた。

(思い出さなくていいんだよ。今の貴方を、みんなが好いている。
だから・・・何も思い出さず、今の貴方のままでいて)

ボロミアは目を閉じ、いつしか眠りに落ちていった。

 

「ボロミアは?」

 ボロミアの頭をひざの上に乗せ、レゴラスは子供にするようにその髪を撫でていた。

「眠ってる」

 アラゴルンは眉根を寄せて、二人を見下ろした。

「交代に来たんだが」

「いいよ、僕が見張りをするから」

 納得がいかない表情のアラゴルンに、レゴラスは笑って見せた。

「あなたも僕の膝で眠りたい? エステル」

「その名で呼ぶな」

 アラゴルンはため息をついた。

「しばらくしたらまた来る。ボロミアを起して下に連れて行こう」

 身を屈め、そっとレゴラスにキスをする。

「その男には子守唄が必要なようだな」

「貴方のようにはなれないよ、エステル。僕ができるのは、
せいぜい子守唄を歌うくらいだ。それでも、
荒ぶる心をいつまでも眠らせはできないだろう」

 この男の底にあるのは、故郷を愛する心。純真すぎる、母国愛。
それを打ち破ることは誰にもできない。遠回りすることを、
この男は知らないのだ。アラルゴンが、何十年もしてきた地道な遠回りを。

「俺の前であまり絡むなよ。俺も荒ぶる心をもつ人間だからな」

「僕の前でアルウェンに求婚している貴方に、そんなことを言う資格はないよ」

 アラゴルンは肩をすくめた。

「おやすみ、アラゴルン」

 レゴラスは、また歌い始めた。

 

 それはまだ、本当の困難を知らない頃。















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 またいつものパターンですね。
私、これしか書けないのか・・・・はうう・・・。
 でも、実はちょっと気に入ってたりする。
煩悩はロスロリアン編を考え中。ボロレゴ!?
・・・憧れるけど、悲しいからなー・・・(泣)