白いシーツの波間で、溺れる夢を見る。

 一度も海を見たことはないけれど。

 

 頬の傷は乾き、完全にふさがっていた。
もともと深い傷ではない。

 痛みも、ない。

 乱れたシーツの波間から、ゆっくりと体を起して、その男を見る。
薄い上着を肩にかけただけの姿で、その男はベッドサイドの椅子に座り、
少しうなだれていた。

「・・・エルロンドが止めなければ、私はお前を殺していた」

「それでも、よかったのに」

 グロールフィンデルはレゴラスを見、小さくため息をつく。

「その蒼い瞳は何を映している?」

「あなただけを」

 身を寄せるレゴラスのこめかみに指を這わせ、
グロールフィンデルはその瞳を覗き込んだ。

「その美しい宝石を、えぐりだしてやろうか」

「貴方が望むなら、私の目でも、心臓でも、好きなところをどうぞ」

 脈打つ心臓をこの手で握り締めることは、耐えがたい快楽だろう。

「そうすれば、貴方は永遠に私のものになる。私だけのものに・・・」

 グロールフィンデルは、レゴラスの滑らかな胸に指を滑らせ、
爪先に触れて、そこにキスをした。

 レゴラスが、残忍な笑みを見せる。

 

 ついに手に入れた。

 上級エルフの英雄の心を。

 

 

 

 

 一番高い所にあるテラスで、レゴラスは月を眺め、
いつものように歌っていた。

「傷は?」

 声をかけられて振り向き、笑う。

「すっかりふさがりました。
もともとたいした傷ではありませんでしたから」

 エルロンドはレゴラスの隣に来て、同じ月を見上げる。

「何を、考えていた?」

「月の美しさを。今日は新月です。
私はこの新しい月が一番好きです。
明るすぎず、新しく生れ変るものを見守ってくれる」

 無邪気に笑う。エルロンドはレゴラスを見るが、
その表情は憂いでいた。

「何が目的だ?」

「何の話ですか?」

 無邪気な表情は崩さない。

「・・・使えもしない剣でグロールフィンデルとやりあうなど、
愚かにもほどがある」

「誘われたからです」

「偽りは好むところではない」

 レゴラスは、笑むことをやめた。

「歌に聞く裂け谷の英雄に、憧れてはいけないのですか?」

「それは、本心か?」

 曖昧に唇をゆがめ、視線を落し、また月を見上げる。

「・・・美しき宝石は、誰の心をも掴み、
愚かな行動へと走らせてしまいます。
かつてのシルマリルがそうであったように。
シンゴル王でさえ、その美しさに魅せられ、身を滅ぼしてしまいました。
たとえ愚行とわかっていても、自らを止めることができないのです」

 美しき宝石。それは、いったい誰を指しているのか。

「でも、エルロンド卿、貴方がおっしゃるのなら、もう終りにします。
すべてを終りに」

 月の写る青き瞳を、レゴラスはエルロンドに向けた。

「貴方が私を愛してくださるのなら」

 エルロンドの瞳が見開かれる。

「愛してくださいますか?」

 胸に手を当て、哀願するように呟く。

 計算された誘惑。

「・・・なぜだ? レゴラス」

「欲望ではない愛を、知りたいのです」

 新しい月の薄明りの中での、無防備な告白。

「私は、お前を愛している」

「その言葉に、偽りはなくとも、いくらでも飾り立てはできます。
私に・・・触れてはくださらないのですか?」

「それは・・・」

「お願いです。私を抱いてください。そうすれば、
私はすべてを終りにします。もう、終らせたいのです」

 それはたぶん、若き王子に対する保護欲。
彼が疲れ、傷ついているのは、手にとるようにわかる。

 グロールフィンデルもだ。あの男も、逃げ場を失っている。

 

 なぜ傷つけあうのか?

 

 エルロンドはレゴラスを抱き寄せ、その額にそっとキスをした。

 

 その夜、

 館主は、シンダールの若き王子を抱いた。

 優しく慈しみ、

 愛した。