その男は、ふらりとどこからかやって来た。

 当時、クロガネジムのジムリーダーはトウガンだった。

 

「若いの、どこから来たんだ?」

 ポケモンセンターではなく、その男はジムにやって来た。ジム戦をするためではなく。
男の手の中には、珍しいポケモン、「リオル」が眠っていた。

「どこから来たのかが問題ではなく、どこに行くかが問題なのです」

 トウガンは肩をすくめ、ジムの待合室の椅子を勧めた。

「若いの、名前は?」

「………」

 しばらくの沈黙の後、

「ゲン」

 と、男は名乗った。本名かな、それは? トウガンは喉まででかかった質問を飲みこんだ。

 人には色々と事情ってものがあるのだ。

「それは、リオル、だな? 長くジムリーダーをやっているが、見たのは二度か三度だ。
珍しいポケモンだな」

 男、ゲンは腕の中のリオルを見下ろし、そっと微笑む。
その表情は、慈しみ深い。よほどそのポケモンを愛しているのだろう。
ポケモンが好きな連中は多いし、実際ジムリーダーはポケモンをこよなく愛しているのだが……
この男のそれは、トウガンの知る以上のもののようだ。
まるで、本当の自分の子供か何かのように。

「眠っているのか?」

「ええ、もうずっと」

 トウガンが眉をしかめる。病気か瀕死か、というわけではなさそうだ。
リオルは気持よさそうに寝息を立てている。

「ポケモンセンターに行けば………」

 専門家が診てくれる。だが、ゲンは首を横に振った。その必要はない、と。

「この子をゆっくりと休ませてあげたいんです。どこか、静かな場所を知りませんか」

 腕を組み、しばらく考えていたトウガンは、ああ、と手を打った。

「ミオの港から鋼鉄島に行く船がある。あそこは何もなくて静かなところだ。
もっとも、強いポケモンがごろごろいるがな」

 クスリ、とゲンは笑った。

「それはいい。この子の訓練にもなる」

 そっとゲンはリオルを撫でる。

「私の名前を出せは、船を出してもらえるだろう。時々あそこで特訓をしているからな」

「ありがとうございます」

 ゲンはすぐに立ち上がった。

「もう行くのか」

「はい」

 そうか、とトウガンも立ち上がり、連れだってジムの門をくぐった。

 と、炭鉱の方から少年が駆けて来た。

「父さん! 父さん、見て! 化石を見つけたよ!」

 トウガンと同じ赤い髪をした少年。嬉しそうに満面の笑みをたたえている。
トウガンはちょっと苦笑いをした。

「息子さん、ですか」

「ああ。来年十歳になるが、落着きがなくてな」

 息を切らせて走ってきた少年は、ゲンを見るとぺこりと頭を下げた。

「ジム戦の挑戦者ですか?」

「いいや。ここのジムリーダーと話をしていただけだよ」

 ニコリとゲンも微笑み、リオルを抱えたまま膝を落して少年と視線を合わせた。

「あ、リオル! リオルですね! 僕、はじめて見た! 触ってもいいですか?」

 少年はまったく屈託がない。ゲンは頷いて見せた。
少年は手をごしごしと服にこすりつけ、少しでも泥汚れを落そうと努力をした。
それから、そっと眠るリオルの肩に触れる。首をちょっと撫で、頭に触れる。

 すると、リオルはヒクヒクと瞼を動かし、ゆっくりと目を開けた。
驚いたのは少年の方で、慌てて手を引込めた。

 リオルは少年を見て、ゲンを見上げ、目をぱちくりさせている。

「目が覚めたんだね? おはよう」

 嬉しそうにゲンは微笑み、そっとリオルを地面に立たせた。
リオルはゲンを見上げ、くんくんと鼻を鳴らしている。

「うん、すぐに色々話せるようになるよ」

 まるで本当の自分の子供に話しかけるように、ゲンはリオルに微笑みかける。

「ご、ごめんなさい。リオル、起しちゃって」

「いいんだ。君、名前は?」

「ヒョウタ」

 リオルを撫でるのと同じ、優しい手でゲンはヒョウタの頭を撫でる。

「君の、ポケモンに対する愛情が、リオルを起したんだ。ありがとう」

 恥しげにヒョウタは笑み、隣に立つ父親のシャツを握る。

「僕、いつか父さんみたいなジムリーダーになりたいんだ」

「なれるよ、きっと」

 ゲンは微笑み、子供の手を取るようにリオルの手を握る。

「お世話になりました、トウガンさん。鋼鉄島に渡ります。
しばらくそこにいさせてもらうつもりです。リオルが、ルカリオに進化するまで」

 そうか、とトウガンは頷いた。

「気をつけて。私も時々行くと思う。その時は、手合せを頼もう」

「喜んで」

 一度頭を下げ、ゲンは背を向けて歩き出した。

 ゲンとリオルを見送った後、ヒョウタは父の袖口を引張った。

「不思議な人だったね。あの人とあのリオルって………」

 ゲンの背中を見ていたトウガンは、やっと息子の方を見た。

「人とポケモンのつながりというのは、不思議なものだ。
何百年も、何千年も、遥か昔から。
そうだなあ、研究所の復活装置が完成すれば、何万年も前のポケモンに出会うこともできる。
彼らは生れた時代も生きた時代も違うが、我々は出会うことができる。
運命というのは、不思議なものだ」

 父を見上げるヒョウタの瞳が、きらきらと輝く。

「古代のポケモンたちは、化石になって僕たちに会いに来てくれたんだね! 
うれしいなあ! 早く会いたいなあ!」

 無骨な手でトウガンは息子の頭をぐしゃっと撫でた。

 

 

 

 ミオに向う道すがら、ゲンはリオルを見下ろし、にっこりと微笑む。
不思議そうにリオルはゲンを見上げる。

「ずっと、一緒だよ」

 リオルは、ゲンを見上げながら思った。

 

 この人を、知っている。

 ずっとずっと昔から。

 

 自分は、

 そうだ、この人に会うために生れてきたんだ!

 

『名前を、教えてください』

「ゲン、というんだ」

『ゲン………』

 リオルは手を伸ばし、ゲンの手に触れる。

『やっと、会えた』

「うん。もう、離れないからね」

 

 遠い昔の記憶。

 遠い昔の約束。

 リオルはゲンに寄添って歩き出した。