それからの日々、ゲーチスは熱心に何かを研究していた。
 地底遺跡の発見からしばらくして、海底遺跡も発見した。
ゲーチスは頻繁に海底遺跡に潜り、
そこに記された古代の暗号を読み解こうと苦戦していた。
 あたしたちは、この地底遺跡、王の城を、人が住めるように整備していった。
真っ暗な地底にあるものと思っていたこの城は、
実はそこかしこに明り取りの穴や崖に面した窓などがあり、
窓のない部屋には蜀台がいくつも用意されている。次第に豪奢な作りが露になる。
ゲーチスの居室は、あの広い窓(バルコニーだった)のある部屋。
そこに、城の中で発見したものを、あたしたちは運んだ。
あたしたちの部屋は、そのすぐそばにある、窓のない部屋に決めた。
 ゲーチスは遺跡の研究をしながら、古い友人を幾人か集めていた。
彼らは考古学や歴史学、ポケモンの生態などに詳しい者たちで、
ゲーチスは彼らを「賢人」と呼んでいた。
 遺跡の城で、黙々と研究をしているゲーチスは、次第に険しい顔つきになっていった。
あたしたちは、そばでずっと、ゲーチスの変化を見ていた。
 ゲーチスは、自分が何者なのかを探していると言った。その答えを、得たようだ。
 海底遺跡の暗号解読を終えたゲーチスは、深夜、あたしたちを部屋に呼んだ。
 月明かりの窓辺に立つゲーチスは、青白い、異様な光に包まれているように見えた。
「わたしは、イッシュの王の末裔である」
 重々しい口調で、ゲーチスは言葉を紡いだ。
「だが、それだけだ。そこに何か意味があるのか、イッシュの王とは何者なのか。
わたしは何をすべきなのか。わたしはやっと答えを見出した。わたしは」
 一度、言葉を止め、大きく息を吸い込む。
「わたしは、この地を統治する。イッシュを支配する」
 あたしたちは、じっとゲーチスを見つめる。
「だがわたしは、王ではない。古代の暗号に記された、王の印が、わたしにはない。
王を探さねばならぬ。王は、偶像だ。民衆の心を引き付ける、偶像でなければならぬ。
実際に民衆を支配するのは、わたしなのだ。わかるな?」
 あたしたちは、今までずっとゲーチスを見てきた。
ただ賞賛のまなざしで、憧れのまなざしで、うっとりと眺めてきた。
その手で触れてもらいたくて、褒めてもらいたくて、愛情の片鱗でも分け与えてもらいたくて、
ゲーチスの後を追ってきた。
 青白い月光に包まれたゲーチスは、そんな、今までのような、大きくて輝かしい存在と違っていた。
冷たい、鋭利な光が、あたしの胸を突き刺す。
 あたしは、
 ゲーチスのために、血を流そう。
 この身から、そして、ゲーチスの行く手を阻む者から。
「……ゲーチス様のために、この身を、この命を捧げます。
これより先、私たちのことを『ダークトリニティ』とお呼びください」
 あたしの言葉に、弟たちも頷く。
「よろしい。ダークトリニティよ、これより、わたしの目となり耳となり、手足となって働くのだ。
王を探せ。わたしは、秘密結社プラズマ団を結成する」
 あたしたちは跪き、頭を垂れた。


***


 とある山間にある、小さな村に、その噂はあった。
 不気味な子供がいる、と。
 その子供は、人のではない言葉を話すと言う。
 私達は真相を確かめるために、その村に入った。
そして、子供がいるという家を見つけたが、時すでに遅かった。
 人語以外を話す子供を気味悪がった母親は、その子供を森の奥に捨て、自らも行方をくらませていた。
村人は、子供と一緒に命を絶ったとか、
人目を逃れて違う町に行き、そこで幸せに暮らしているだとか、いろいろな噂をしていた。
 そこで私達は、母親が子供を捨てたと言う森に入った。
森は広く、探すのは困難かと思われ、一度王の城に戻って、ゲーチスに報告をした。
「緑色の髪で、人とは思えぬ声、あるいは言葉を発するそうです。
それは、ポケモンの鳴き声に似ているとか。人の形をした獣だと噂されていました。
ですが、その存在はまだ、確認しておりません。これより森の探索を開始します」
 報告を聞いていたゲーチスの顔に、残忍とも思える笑みが広がっていく。
「ゲーチス様?」
「わたしが行こう」
 突然そう言うと、ゲーチスは踵を返し、何やら仕度を始めた。
「ゲーチス様自らが行かれる事はありません! まだ不確かな情報ですし…」
「間違いない! わたしにはわかるのだ。
わたしが行かねばならぬ。王を手にするのは、私でなければならぬ」
 ゲーチスの言葉は絶対だ。私達は、慌ててゲーチスの旅仕度を手伝った。 


 森に入って、3日が過ぎた。
 私達は長旅も強行軍も慣れているのでなんて事はないが、ゲーチスの体が心配だった。
 ゲーチスの右半身の変化は、着実に進んでいる。
右目の瞳孔の反応は鈍く、色の入った方眼鏡を愛用しなければならなくなっていた。
時折、じっと右手を見つめている。違和感があるのだろう。
 それでも、ゲーチスは精力的だった。何が彼を動かすのか。
 王という存在。
 王とは?
「伝説のポケモンと心を通わせる事のできる、英雄」
 私たちにとって、王だの英雄だのと言う言葉に魅力は感じなかったし、興味もなかったが、
ゲーチスが必要だと言うのだ。ゲーチスが欲するものは、何であれ、手に入れる必要がある。
 木々の色が、変わった。
 そう感じた。
 森がざわめいている。
 私はゲーチスを振り返ってみた。足を止めたゲーチスは、息を殺し、気配を探っている。
 茂みから、突然コロモリが飛び出して襲ってきた。
私たちは戦わせるためのポケモンを携帯していなかった。
ポケモンをパートナーなどと考えてはいないからだ。
手刀で打ち落とし、ゲーチスを三人で囲む。
ゲーチスは、ゆっくりと右手を持ち上げ、茂みの奥の岩場を指し示した。
「そこの洞穴だ。ポケモンに手をあげるな。ポケモンを傷つけてはならぬ」
 私はゲーチスの言葉の意味を理解した。ポケモンたちに敵だと思われてはならない。
私はとっさに、先ほど打ち落としたコロモリをそっと拾い上げ、優しさを装って両手で包み込んだ。
そのまま、コロモリを抱いたままゲーチスを追う。
 ゲーチスが洞穴の入り口に手をかけたとき、中から炎が噴出してきた。
「!」
 私は、反撃を堪え、唇を噛む。ゲーチスの右腕の服が焼け、その肌がやけどを負ったのがわかる。
いきり立つ弟を、私は睨んで止めた。
 ゲーチスは、攻撃された事など、まるで気にしない様子で、暗がりに向かって話しかけた。
「怯えなくていい。わたしはキミに危害を加えるつもりはない」
 洞窟の中から、何やら声がする。私の手の中から、コロモリが飛んで行って、洞窟の奥に消えた。
「キミを探していたのだ。………おいで」
 やけどを負った右手を差し出す。
 ああ、
 と、私は思う。
 私は、あの手にすがったのだ。
 ゲーチスは洞窟の中に入って行き、子供を抱えて出てきた。私たちは、何も言わず、ただ見守る。
「やっと見つけた。愛しい子。奇跡の子。わたしの、息子よ」
 子供は、疑いを知らない純粋な瞳でゲーチスを見上げている。
「キミは、唯一無二の存在。無限の可能性。ナチュラルナンバー、素数。それがキミの名前だ」
 ゲーチスに優しく抱きしめられ、子供はゆっくりと目を閉じた。


****


 王の城に戻ると、ゲーチスは子供を洗い清め、暖かな食事を食べさせ、自分のベッドで寝かせた。
数日子供と過ごした後、ゲーチスは子供に部屋を与えた。
 窓のない部屋。
 部屋の中は、明るく彩色され、玩具が置かれている。
「キミの部屋だ、N。欲しいものがあったら、何でも言いなさい」
 頷いた子供を部屋に残し、ゲーチスは子供部屋の扉を閉じた。
 そして、私たちダークトリニティに、囁くように言った。
「決して子供を部屋から出すな」
 子供に見せる優しげな笑みは、そこには欠片もなかった。

 それから10年。
 子供は城に幽閉される事になる。