夜。  満天の星空。  イワオは、明りの消えたバトルフィールドに足を踏み入れた。 「明りは、点けないのか?」  ごつごつした岩のフィールドに、彼はゆったりと寝そべっていた。 「星の明りだけで、十分。 あの子たちのいた時代も、こんなふうに星の明りだけだったんだものね」  あの子。  古代ポケモンたち。  イワオは手にしていたポケモンボールから、ズガイドスを出した。 嬉しそうに飛びだしたその太古の生物は、マスターに駆寄って顔を舐めようとする。 くすぐったそうに笑いながら、ヒョウタは体を起した。 「足の方は大丈夫かい?」  くぅん・・・とズガイドスが甘えた声を出す。 「おかえり」  ヒョウタはズガイドスの額のあたりにキスをした。 「ジョーイさんは、なんだって?」 「もう大丈夫だが、今夜はゆっくり休ませるように」  イワオはヒョウタにポケモンボールを投げ渡した。 「この中で休む?」  ボールを鼻先に近づけると、肯定するようにズガイドスはそれを鼻先で突付き、 自らボールの中に戻った。 「おやすみ」  もう一度ボールにキスをしてから、ヒョウタはそれを懐にしまった。  他の二体の入ったボールも、ヒョウタに手渡す。 愛しそうに受けとったヒョウタは、それらも同じく丁寧に懐に入れた。 「ご苦労さん」  それから、やっとイワオに微笑みかける。 労いが後回しにされることなどいつものことなので、イワオはそれほど気にしない。 それに、後になってもそうやって笑んでもらえることが嬉しい。  いつだって、楽しそうに笑っていてくれることが。  隣に来るかい? という目配せに、イワオはヒョウタの隣に腰を降ろした。 並んで座り、夜空を見上げる。  満天の星。 「………負けた、な」 「うん」  素直に肯定して、苦笑する。 「中々のものだよ、シンジくん。あんな戦い方で来るとはね。 正直、ヒコサルにはかわいそうなことをしたかな。 まあ、バトルなんだから仕方ないけどね。こちらのダメージも大きかったし」  一気にしゃべって、また笑う。 「サトシくんって子は、怒ってたな。自分ならあんな戦い方はしない、って」  イワオの言葉に、思い出したようにヒョウタは口元に手を当て、大きく息を吸いこんだ。 「面白い子だね、サトシくんって。戦い方なんて、千差万別、十人十色、なのに」  ふと笑みを消し、夜空の向こう、どこか遠くを見やる。 そんなヒョウタの横顔を眺めながら、イワオは思う。  そんな時代もあった、と。 (僕なら、そんな戦い方はしない!)  ムキになって叫んだ子供時代。ヒョウタの前に立ちはだかる、大きな壁。 それは未だに崩されてはいないのか。  子は父を、超える時が来るのだろうか。 「どう思う? 明日の試合」 「どうかな」  とぼけた口調で言ってから、ヒョウタはメガネを外してもう一度天を仰いだ。 霞んだ夜空の星は、ぼんやりとした光の集り。 「たぶん、僕が勝つね。 きっと、今のサトシくんには、メガネのない僕の視界と同じくらいにしか世界が見えていない」 「でも、シンジくんの戦い方も気に食わないんじゃないのか?」 「それは僕の主観。それでもシンジくんのポケモンは彼に従う。 ならば、彼も間違ってはいないんだよ。僕も勉強になったし。 それにね、やっぱりバトルは勝たなきゃ意味がない。 どんな理想を言ったところで、負けたら意味がないんだ。 そうだろう? 先を目指すならね」  ヒョウタは眉を寄せてイワオを見る。 イワオはヒョウタからメガネを取上げ、そっとかけなおした。 「ちゃんと見ていなきゃ、ダメだ」  人差指と中指でメガネのかけ具合を直し、ヒョウタは肩をすくめた。 「強いだけじゃ、ダメなんだと言っていただろう?」 「そうだっけ?」  ポケモンボールを指で触れ、それを空に掲げる。  何を目指す?  どこを目指す? 「もう、寝た方がいい。明日もバトルがあるし。 午後には研究所の仕事もあるんだろう?」  立ち上がったイワオは、ヒョウタに片手を出す。 「もう少しここで空を見上げていたいな」 「もう少しが一晩中になるかもしれないだろう?」  溜息をついて肩をすくめる。 「うちのブリーダーは、口うるさい」 「ポケモンだけじゃなく、ジムリーダーの面倒まで見なきゃならないからな」  腕をとられて立ち上がり、ヒョウタはニッと笑って見せた。 「頼りにしてます」  背を押され、フィールドを出ながら、ヒョウタはまた夜空を仰いだ。  満天の星。  ポケモントレーナーの夢の数ほど。 「明日が楽しみだな」 「ならゆっくり休むことだ。今日は炭鉱での仕事もあったんだし」  はいはい、と、おざなりに答え、ヒョウタはイワオの頬にもキスをした。 「…………!」 「おやすみ、ブリーダー」  にっと笑って手を振り、ヒョウタは自分の部屋に戻っていった。  唇の触れた頬に手を当て、 しばらく呆然としていたイワオは、ヒョウタの姿が消えてからハッと我に返る。 そして、溜息交じりの苦笑をした。  楽しみだな、  あんたが、どんなふうに成長していくのか。