学校に戻り、職員室に入ると、萩は驚いて足を止めた。隣に居たアキが首をかしげる。
そこには、見知らぬ男が居た。来客用のソファーに座り、タバコをふかしている。
萩たちが帰ってきたのを見て、男は立ちあがった。

「何やってんだ、お前!」

 背が高く、目つきが鋭い。黒っぽいスーツにノーネクタイは、危ない職業に見える。
中年と呼ぶには、まだ若々しく、凄みがある。

「・・・・・親父・・・・」

 呟く萩に、え?とアキは目をむいた。男と萩を見比べる。たしかに、雰囲気は似ている。
目つきが似ているのか。

「バカな遊びをさせるために、アパート借りてやってるわけじゃないぞ!」

 びくり、と萩は縮こまる。

「・・・まあまあ、お父さん、座ってください」

 原は父親を座らせ、冷めたコーヒーを替えさせた。
萩はためらっていたが、そこに居合せた教師たちに、父親の前に連れて行かれる。
アキは、入口に近い職員の席に座った。近くに居た事務のおばさんに、
退席した方がいいかと身振りするが、大丈夫だから座っていなさいと肩を押えられる。

 向き合って座る親子は、会話もなく、萩は俯いて自分の手を見ている。
原は萩の前にも麦茶を置いた。

 父親は、不意に手をのばすと、萩の左腕を掴んで引き寄せ、そのシャツをめくる。
そこには、新しい小さなやけどの跡がある。萩は、慌てて父親の手を振り払った。

「治んねえな、その癖。いっそ、病院にでも突っ込むか」

 父親のその言葉に、萩はぎゅっと拳を握った。

「・・・・どうせ俺は厄介者だ。生れてこなきゃよかったんだ」

 息子の言葉に、今度は父親の方が逆上する。
萩の前のコップを掴み、中身を息子にぶちまけた。

 居合せた者たちが、ハッと息を飲む。
止めに入ろうとする教師を、原は両手を広げて黙って見ているように素振した。

「どうせ俺なんか、親父がホステスに産ませた子供じゃないか! 萩家の恥さらし! 
病院でもどこでも入れて、縁切りたいんだろう!」

「ざけんな、てめぇ! ガキに何がわかるっていうんだ?!」 

 叫んだ後、父親は深呼吸をして座り直した。
萩はぎりぎりと歯軋りをしながら父親を睨んでいる。

「俺はなぁ・・・・本気でアイリンを愛していた。だが、どうしようもないガキだった。
無理矢理連れて逃げて・・・子供ができて・・・なんでアイリンが悲しそうにしてたのか、
わからなかった。子供生んだアイリンは、不法就労がバレて、国外退去。
俺は何にもできなかった。子供はもっと簡単に国籍が取れるって聞いて、実家に戻った。
そりゃあ、じいさんもばあさんもカンカンだ。
子供取上げられて、俺は家を追い出された。
ゼロから始めて金稼いで、父親を名乗れるように、頑張ってきた。
じいさんたちも、お前の扱いには困ってたみたいだが、なんとかやってた。
周囲の非難を浴びてたのは、じいさんたちの方だ。
せめて不自由させないように、欲しいもの買ってやって、こずかいやって、
なのにてめぇはグレやがった。じいさんもばあさんも、孫を本気で叱れないのをいいことに、
てめぇはじいさんの金でやりたい放題。
あげく、泥沼から引きずり出すために俺んとこよこしてきた。
赤ん坊ン時から一度も親と呼ばせたことのない俺に、何ができる? 
俺ん家じゃ居ずらいだろうと思ってアパート借りてやりゃあ、このざまだ。」

 ぎゅっと唇を結んだまま、萩は父親を見つめている。

「いいか、縁が切りたけりゃあなあ、生れた段階でアイリンと一緒に国に帰すか、
施設に預るかしてるんだ。ひとりで更正できないんなら、
それ専門のトコにでも行くしかねえじゃないか。
俺はなぁ、いつかてめぇに、本当に父親と呼ばせたいんだ。」

 じっと父親を見つめたままの、萩の目から、ぽろり、と涙が落ちる。

「・・・・・・・てめぇなんか・・・・・父親じゃ、ねぇ」

 俯き、震える声で言う萩の、握った手に涙が零れ落ちる。
父親は大きく溜息をつくと、ソファーに背を預けて天井を見上げた。

 職員室が、しんと静まり返る。

「あ、あのさ!」

 沈黙を破ったのは、アキだった。興奮したように目をぱちぱちさせて、
俯いたままの萩の後から、その髪をぐしゃっと掴む。

「あのさ、おじさん、こいつ、天邪鬼なんだよ。こういうこと言うときって、降参した時だから。
しょんぼりして悪態つくときって、いっつもそう。ごめんとか言えないの。わかってやってよ」

「なんだ、お前?」

「あ、オレ? アキヒロ。萩の友達。たまにアパートに居候させてもらってる。
オレん家貧乏でさ、冷暖房もないし。なあ、おじさん、萩をどっかやったりしないでよ。」

「・・・溜まり場がなくなるからか」

「違うよ。溜まる場所だったらいくらでもあるさ。
そうじゃなくて、オレ、こいつが好きなんだ。無愛想でヘソ曲りだけど。
だから、どこにもやんないで」

 後から萩を羽交い絞めにする少年を、萩の父親はまじまじと見た。

「・・・・・よくしゃべるガキだな」

 それから、髪の毛をぐしゃぐしゃにされて、なされるがままになっている息子を見やる。

「藍、お前はどうなんだ? 自分で立ち直るか?」

 長い前髪に隠れて、萩の表情はうかがえない。ただじっと唇を結んでいる。

「萩君」

 様子をじっと見守っていた原が、タオルを持ってきて萩に差出した。
萩の服は、麦茶で濡れている。

「・・・逃げても逃げても追い掛けてくる自分の影なら、
いつかは立ち止って戦わなきゃいけなだろう? 
そのときそばにいてくれる友達が、君にはいるのだからね」 

「あ、それ、あの小説だろ?! な、先生! 先生に読めって言われた、アレ!」

 騒がしいアキに、原は苦笑しながら静かにするよう身振りする。
アキは舌を出して口を閉じた。

 萩は、ゆっくりとした動作でアキの手を握り、自分の頭から退ける。
が、その手は握ったまま、しっかりと父親を見た。

「・・・・・やって、みる」

「やってみる?」

 消極的な言葉に、父親が語尾を上げて聞き返す。

「やる。もう、逃げない」

 父親は、ここに来てはじめてにやりと笑った。

「そういえば、お前、俺のジッポ、盗んだだろう? どうした?」

 父親の問に、萩は答えにくそうに視線を外す。
萩の座るソファーの後によりかかっていたアキは、あ、と声をあげた。

「あのジッポか?! やべ、喧嘩した場所に落してきた!」

 忘れてたとか何とかアキはひとりごちる。

「原先生、バンからオレのチャリ降ろしてよ。探しに行って来る」

 わたわたと忙しいアキに、萩の父親はその耳を引張った。

「いてて・・・」

「やかましいな、君は」

 そう言って溜息をつく。

「持ってたんだ? あんな安物」

 萩は、恥かしそうに下を向く。

「ライターが欲しいなら、買えばいいだろう。」

「違う・・・・べつに、ライターが欲しいんじゃない」

 様子を見ていた原が、ああ、とにこりと微笑んだ。

「お父さんとの繋がりが欲しかったんだね。でも、ライターはよくないよ。
タバコはもう、やめなさい」

 事を察した父親は、かすかに頬を染めた。
それから、スーツの胸ポケットからボールペンを取りだして、息子に差出す。

「ちゃんと、勉強しろよ」

 萩はそれを受取り、握り締めて頷いた。

 

 

 

 アキはハンドルの曲った自転車を押しながら、萩のとなりを歩いた。
服を濡らした萩は、父親のシャツを着ていた。
当の本人は、車で帰るから大丈夫だからと言っていた。

 父親は車に乗るとき、息子に手を差出した。

「乗るか?」

 原のバンの前で曲ったサドルと悪戦苦闘するアキを、萩はふり向いてみた。
それから、父親に首を横に振る。

「アキヒロと一緒にいる」

 そうか、と、父親は手を引込めた。

「あ、・・・今度・・・・遊び行ってもいい?」

「当り前だろ? お前の家だ」

 萩は、ちょっと笑って父親に手を振った。

「アキヒロ!」

 萩の父親に呼ばれて、アキは顔を上げた。

「任せた」

 アキは、ニッと笑って親指を立てて見せた。

 そんな父親の黒塗りスポーツカーを見送った後、アキは自転車を押しながら萩と並んだ。

「なあ、萩、あのジッポ、本当に探さなくていいのか? 落したの、オレだし」

「いらない。火があると、またタバコが吸いたくなる」

「高いもんじゃないのか?」

「さあ。チタンだから、五〜六千円くらいじゃないか?」

 ひくり、とアキが引きつる。

「やっぱ、探してくるよ」

 自転車に乗ろうとするアキの腕を、萩は掴んだ。

「いらないんだ。本当に」

 萩の胸ポケットに、ボールペンが刺さっている。

「・・・・・・それ、も、高いんだろうな」

「パーカーだからね。それなりに」

 金持の考えることはわからん。ボールペンもライターも、百円で買えるものを・・・。

「あーでもさ、親父さんに任されちまったな」

「放棄していいよ」

 校門を出たところで、アキは門扉に自転車を立てかけて萩の襟首掴んで引き寄せた。

「オレを、呼んだろう?」

 萩は答えず、アキを見つめる。

「萩・・・・キス、して、いい?」

 見てる方にまで伝わってきそうなアキの動悸に、萩はおかしそうに口元をゆがめる。

「だめ」

「ええー?」

 一世一代の告白を無下に断られて、アキが数歩後退りする。
そのアキの反応に、萩はくすくすと笑った。

「学校の前で、そんな不純同性行為はね。アパートに帰ってから。
俺・・・けっこう溜まってるかも」

 自転車と一緒に門扉に寄りかかり、アキは動悸と目眩とにやける口に、返す言葉を失った。

 

 

 

 萩のアパートで、常備してあるカップラーメンを食べ、
シャワーを浴びて汚れを落し、二人は向い合って座った。

 アキは落ちつかな気にもそもそしている。

「・・・・誰かを、好きになることが・・・怖かった」

 萩は俯き加減に、ぼそりと言った。

「好きになるのが怖いんじゃなくて、裏切られるのが怖いんだろう?」

 もそもそと体を動かしながらアキが応える。萩は、素直にこくりと頷いた。

「でもさ、親父さんが本当はお前のこと心配してるって、わかったから。
なんか、もうそれで解決かな」

「でも、親父と一緒には暮せない。親父、恋人と住んでるし。やっぱ、居辛い」

 アキは落ち着かなげに体を動かす。アキが何を言いたいのか、
何を言ってもらいたいのか、萩にはわかっている気がした。
それはすごく簡単で、口にするには勇気がいる。

「あ・・・」

 口を開いて、また口ごもる。萩は、本音を出すことに慣れていない。
アキのように、素直に率直になれたら、いいのに・・・。

「オレ、お前と一緒にいたい」

 痺れを切らしたアキの方が、先に口を開いた。

「友達になれたらって・・・本当にそう思ったんだ。
なんつうか・・・お前と一緒にいると、楽なんだ。ムリしなくていいし。
んー・・・なのにさ、オレ・・・お前と一緒にいるうちに、なんか、
自分が何を欲しいのかって、見えちゃったんだよね。家族はやさしいし、
友達だってそれなりにいるし。満足してるつもりだったんだけど・・・・あー・・・ホラ、
なんつうの? ・・・・・あぁ、もう!」

 上手く言葉にできなくて、アキは頭をかき乱した。

「もう、いいや! どうせオレはヘンタイだよ! 
雑誌のグラビア見ても欲情しないけど、オレ、お前に・・・・こう・・・・・」

「欲情する?」

 端的に言われ、アキは顔を赤くした。

「そう! そうなんだ! だからもう、はっきりしよう! 
正直、普通のトモダチでいるのは、ツライ。お前がそう望んでいるなら、我慢するけど。」

 恥かしがりながら告白するアキを、萩はじっと見つめ、戸惑うように視線を漂わせる。

「萩!」

 おろおろと視線を浮かせていた萩は、一度目を閉じ、しっかりとアキを見据えた。
それから、ゆっくりと近付いて唇に触れる。

「・・・・・・・・」

「遊びのsexなんて、もうたくさんだ。」

「遊びじゃないぞ! 本気だ!」

 大真面目に答えてから、はたとアキは気がついた。

「・・・・もうたくさん・・・って? したこと、あんの?」

「普通に、女となら」

 ショックでアキの顎が落ちる。

「たいていの悪いことはしたもん。レイプじゃないぞ。
つるんでた仲間と・・・成行きで、何度か。
・・・・俺、アキヒロが思っているほど純情じゃないし。アキ、ドーテーだろ?」

 アキはそのままばったりと畳に倒れ込んだ。

「呆れた? 俺、きっと、アキヒロが惚れるような人間じゃない」

 肩を上下しながら深呼吸をし、アキはがばっと顔を上げた。

「・・・面白いな、お前。今まであんまり自分のこと話さなかったから。
けっこう色んな経験してんのな。面白いよ、うん。やっぱ、一緒にいて飽きない」

 それから、照れたように頭を掻く。

「だめだぁ。やっぱ、相手にならねぇな、俺。諦めるよ」

「・・・・なんで諦めるんだよ?」

「だって、俺、何をどうすりゃいいのか、わかんねぇし。」

 あぐらをかいて座り直すアキに、萩はどこか寂しげな顔をする。

「あ、違うぞ! お前のことは、好きだ。ずっと一緒にいたい。
でも・・・・その・・・とりあえず、したいってのだけは我慢する。
うん。いつかな、経験積んでから・・・・」

「アキ・・・・・」

「とりあえずさ、友達でいさせてくれよ。マジ、オレは絶対お前を裏切らないし。
呼ばれれば、どこにでも飛んで行くから。」

 萩は肩を落すように俯いた。しばしの沈黙。それからおもむろに、

「ばか。」

 と呟いた。

「ばかじゃねぇ! 鈍感! 間抜け!」

 言いたい放題言われて、アキの顔が引きつる。

「どうすんだよ! 俺、お前としたいのに! 意気地なし! 一生童貞でいろよ!」

 どうして・・・・自分の気持を伝える時、こいつは悪態になるのだろう。
アキの口元がにやける。

「萩・・・・?」

「お前だけ、名前で呼んでいいよ。でも、女扱いはするなよ!」

 ええ? 女扱いするなって・・・何をどうやってHすりゃいいわけ? 

「あーー・・・・藍?」

 唇を尖らせた萩が、アキに顔を近づける。

「アキ・・・俺、してやるから。したことないから、イけるか保障できないけど」

 え? と両眉を上げるアキを無視して、萩はそっとキスをし、指を下半身に滑らせた。

 

 

 

 ベッドの上で、アキの胸に顔を押しつけるようにして目を閉じていた萩は、
ゆっくりと起き上がった。もう、朝方近い。

 初めてにしては、及第点、かな。

 リードしてたのは、自分だけど。

 何を食べてもあまり美味しいとは思わないし、
ふかふかのベッドで寝たいという欲求もない。
物事に、すごく鈍感だ。「楽しい」と思えることがないのだから。
「楽しい」と思えないのに、「つらい」とは感じる。
闇の底に落ちていくようで、自分の感覚を確認するために、己を傷つける。
無意味な喧嘩、自傷。

 「楽しい」と思えるところに、自分を持って行けない。
それを喪失した時は、きっとその痛みに耐えられないだろうから。

 セックスなんて、麻薬とたいして変わりないと思っていた。
それは、ちょっと大人になった優越感と、罪悪感、それが過ぎ去った後の、虚空感。

 また、ここから逃げ出したいという衝動に駆られる。

 快楽がなければ、痛みもないかもしれない。

 左手を伸ばして、惨めなやけどの跡を見る。無意識に右手がタバコを探している。

「それ、痛い?」

 不意に腕を掴まれて、萩は驚いてアキを見下ろした。眠っていると思っていたから。

「・・・アキヒロ・・・」

 眠たげな目で萩を見上げている。

「アキ・・・・お前、ヘタクソすぎ。すっげー痛かったんだからな。」

 ごめん、と、アキは苦笑した。

「な、自分を焼くのと、どっちが痛い?」

 萩は、胸の中に風が吹いていくのを感じた。
やわらかな風は、胸の中のもやもやしたものをさらっていく。

「・・・同じくらい」

「じゃ、さ、また焼きたくなったら、しよう。」

 にっと笑うアキの表情に、萩は泣きたくなった。
息を飲んで涙をこらえ、いつもの悪びれた表情を作る。

「もう二度と、焼きたくならないかもよ?」

 予想外な返答に、アキが眉を寄せる。

「それは・・・・喜ばしいけど・・・・・うぬぅ・・・・」

「・・・・アキヒロ」

 萩は、ごろりとアキの隣に寝転がった。眠たげなアキの瞼にキスをするために。

「よかった?」

「・・・そりゃあもう! こんなに気持いいのは、生れて始めてだ。」

「山ほどの焼肉より、いい?」

「うわー・・・そりゃ惹かれるけど・・・・藍抱いてる方がいいや。」

 自分の胸の上にいる少年を、アキはぎゅっと抱きしめた。

「あぁ、またしたくなってきたぁ」

「もう、朝だよ?」

「今日は午前中、バイトないんだー。」

 アキの腕の中で、萩は笑った。アキがずっと見たがっていた、あの笑みで。

「じゃ、いっぱいしちゃおうか」

 さっきまで眠たげだったアキの瞳が、きらりと輝く。

「愛してる、藍」

 萩はベッと舌を出した。 

 

 

 

 週明け、登校して来た萩を見て、クラスがざわめく。

 クラスメイトを、萩はあまり意識したことがなかった。
関係ないと思っていたし、誰とも関るつもりがなかったから。
改めて見ると、雑多な人間たちに、興味が沸く。
明かに中年の男性、ドロップアウトしてきた派手な女の子、おたくっぽい青年・・・。

「・・・・萩君、また派手にブリーチしたね」

 ギャル風ファッションの女の子が興味深々に寄ってくる。

「脱色じゃなくて、染料落しただけ。これ、地毛」

 素直に答える。萩の髪は、見事なプラチナブロンドだ。
何か言われるのが怖くて、身をすくませる。一歩後で、アキは様子をうかがっている。
何か嫌味を言われたら、助けてやるつもりだった。

「・・・・すっげー! カッコイイーー!!」

 編入してきた日に萩をからかった、ヤンキーっぽい少年が叫ぶ。

「いいなあ! 元がキンパツなんて!! 脱色してると、すごく髪が痛むんだもん!」

 女の子も、目をきらきらさせて叫んだ。戸惑うように萩がアキにふり向く。
アキは、ニッと笑って見せた。いろいろ事情のある連中だ。
ここで、オレたちは、お互いを認め合うことを学んだ。

 思いがけないクラスの反応で、萩も戸惑いながらも引きつるように笑う。

「え、何、ハーフ?」

「・・・う・・・ん。まあ。」

「でもさぁ、そのキンパツじゃ、確かに目立つよね!」

 女の子は、おとなしい控えめな友人に振り返った。

「ね、ユンなんか言わなきゃわかんないもん」

 黒髪の少女は、恥しげに頷いた。

「ユンもハーフなんだよー!」

 少女はちょっと笑って肩をすくめた。

「国籍、向こうなんだけどね」

 はにかみながら、「韓国」と言う。でも、その口調に後ろめたさはない。

 萩は、ふと、自分の周囲の世界の広さに気付く。

 自分が、なんてちっぽけなコンプレックスをもっていたのか。

「ごめん・・・・」

「何で謝るの? 恥かしいことじゃないでしょう?」

 そうか、そうだよな。

 目からうろこがぽろぽろ落ちる。

「なあなあ、萩」

 ヤンキー少年が、萩の肩を抱いた。

「あのさぁ、金髪の人ってさ、下の毛も金髪ってホント?」

 嫌味なわけでも、からかっているわけでもなさそうだ。真剣に、興味があるという顔つき。

「そりゃあもう、」

 萩の後で、腕を組んで頷くアキを、萩は力いっぱいグーで殴った。アキがうめいて蹲る。

 それから、睨むように少年を見る。

「・・・・・見たい?」

「見たい!!」

 クラスの半分が、興味津々寄って来る。

「やめろーーー」

 アキが止めに入ろうとするが、クラスの仲間にホールドされる。
萩は、悪戯っぽくにやりと笑うと、ジーンズのファスナーを下した。

「下品だぞ!! やめろ!!」

 じたばたと暴れるアキと、押えようとする仲間、舌を出して中指を立てる萩。
もう、クラスは大騒ぎになる。

「・・・・・はい、席について。出席をとるぞー」

 担任の原が教室に入ってきて、それぞれがクモの子を散らすように自分の席に着いた。

「ああ、萩君、髪の色、元に戻したんだね」

 原の指摘に、萩は照れくさそうに口元をつり上げた。

「人間自然が一番。ありのままが一番なんだよ。なあ、宮路さん。」

 ギャルっぽい格好をしたあの女の子は、自慢のキメポーズをとって見せた。 

 

 先週までと同じ教室、同じクラス、同じメンバー・・・なのに、
萩はそこに光を感じていた。まったく違う次元に飛びこんだように思える。

 こんどこそ、この場所に留まり、卒業を目指せる気がする。

 

 国語の授業。教師が黒板に向いている間に、萩は隣のアキの肘を突付いた。
ふり向くアキに、声を出さずに唇を動かす。アキは頬を紅潮させ、心底嬉しそうに微笑んだ。

 

( アイシテル )  

 

     

 

  

  

 

 数年後。

 

 カウンターのあるバーで、萩は父親とグラスを合わせていた。

 高校を卒業した後、大学に入り、今年卒業の予定だった。

「就職、どうするんだ? 今は就職難だろう。俺の会社に入れてやってもいいんだぞ?」

 萩は、ゆっくりと首を横に振った。

「父さんも、自立して生計を立てたんだろう? だから俺も、自分の力で何とかする。
それに、今、心理学の勉強をしてるんだ。カウンセラーを目指そうと思ってるし」

 父親は、ちょっと肩をすくめた。

「お前が俺のところには来ない理由は・・・・」

 言いかけていると、バーのドアが勢いよく開いて、ひとりの青年が飛びこんできた。
マスターに静かにするように人差指を立てられ、その青年は手のひらをあわせて頭を下げた。

「理由は、あれか」

 呆れたような口調。萩はにっこりと笑った。

「藍―! 教員試験、受かった!!」

 息を弾ませるアキは、満面の笑みをたたえている。

「あ、おとうさん、こんばんは」

 ついでのように挨拶をすると、男は小さく溜息をついた。

「何も言うまい。そもそもお前は特徴的な子供だったんだ。常識の枠では縛れないのはわかっている」

 萩は、マスターにノンアルコールのソーダを注文して、アキにそれを渡した。
アキは、下戸だった。

「お父さん、オレ、就職したら、ちゃんと家賃払いますから」

 アキは萩のアパートに居候している。
高校時代の半分と、同じ大学に入ってからはまったくの同居。
就職するまで面倒を見るという父親の約束どおり、萩のアパートの家賃は、父親が出していた。

「卒業したらね、自分で部屋を借りるよ。今までありがとう。」

「親として当り前のことをしてるだけだ。
ああ、でも、じいさんばあさんの苦労が、今になってわかった。
息子がまともな結婚もできないようじゃな。心労はなくならない」

「大丈夫ですよ、お父さん。藍の面倒は、オレがしっかり見ますから」

 自信たっぷりなアキに、父親は頭を振ってうなだれた。

「藍は娘じゃないんだ。お父さんとか呼ぶな。」

 萩はくすくすと笑った。

「ごめんね、父さん」

 父親は大きく溜息をつくと、立ちあがってクリップにはさんだ札をカウンターに置いた。

「マスター、このバカ息子とそのイカレた恋人の飲み代だ」

 訳知り顔のマスターは、にっこりと微笑んだ。

「父さん」

 父親を呼びとめた萩は、目を細めて微笑んだ。

「俺、今、幸せなんだ。ありがとう、俺をこの世に産出してくれて。」

 

 (あなたの子供が産めて、幸せよ。ありがとう。)

 

 かつての愛した女を思い出し、男は手を振ってバーを出て行った。

 

 

 萩は今、光ある場所にいた。