そのまま、会話もないまま週末を迎え、また月曜を迎えた。

 アキは疲れを感じていた。一週間、バイトをかけ持ちしている。
仕事に集中するのは楽だが、負いこまれていく自分を感じる。

 学校に通っててよかった。学校にいる間は、働かなくていい。
授業中居眠をしていても、教師に怒られない。働きながら学ぶ、仲間もいる。
普通の高校生を見ていると、頭に来ることもある。
何も考えずに浪費だけを繰り返す同年代の少年たちが、正直、うらやましい。

 そんなことを考えるだけ、アキは疲れていた。

 授業の間、ずっとうつらうつらしていて、休み時間に目を覚ますために外に出る。

 昇降口の所では、萩がいつものように座ってタバコをふかしていた。
教師がやんわりと注意するが、萩はそれを無視する。
どうやら、昼間の学校ではそれが原因で退学になったらしい。

「それ、美味い?」

 アキは萩の隣に座った。

「べつに」

 いつものように、萩の応えはそっけない。

「じゃあ、なんで・・・・・?」

 明確な答を期待していたわけではない。ただ、何でもいいから話をしていたかった。

「本当は、ちゃんとしていたいんじゃないか? 
社会のルール守って、人に優しくして、ちゃんと勉強してさ。
オレなんか経済的な逃げられない理由があってここにいるけど、
萩はそういうの、ないんだろう?」

 説教じみた言葉を、萩が嫌っていることはわかっていた。
きっと、「ちゃんとしろ」なんて、何万回も聞いているのだろう。

 でも、何か話していたかった。

 

 オレと違って、お前は恵まれてるんだろう?

 

 そんな愚痴が、含まれていることにアキ自身は気付いていない。

 そう、誰かに愚痴りたかった。

「・・・・・・・何一つ、俺の話なんか聞かない」

 萩は、タバコの煙と一緒にぼそりと言った。

「褒められも、叱られもしない。ねだればいくらでも金をくれる」

 言葉を出してから、またタバコを吸いこむ。

「・・・気に入られたくて、いい子でいても、悪い事しても、結局は同じ」

 思いがけない本音に、アキは目を見開いた。

「萩・・・?」

 吸いかけのタバコが、指先でくすぶっている。

「顔がいいから、金を持ってるから・・・・寄ってくるのは、そんな奴ばかり」

 ぽとりとタバコを落して、萩は膝を抱えてそこに頭を押しつけた。

 

 こんな時、なんて言ったらいいのだろう?

 かわいそうねって、頭を撫でてやる?

 甘ったれるなって、突放す?

 

 アキは落ちたタバコを靴裏でもみ消して、黙って萩を見つめた。

 萩に肩が上下し、顔を上げてアキを見る。

「・・・貧乏人、金ならあるぞ。いくら欲しい? メシなんか、毎日だっておごってやる。
だから、俺に付きまとうな!」

 金はある、だと?

 なんてうらやましい!

 こっちは時給数百円で汗水たらして働いてるってのに?

 アキは、自分の中で何かがキレるのを感じた。

「・・・あったまきた!!」

 すくっと立ったアキは、迷いなく萩を殴った。
地面に倒れた萩も、顔をゆがめてアキに飛び掛る。

 

 職員室で見ていた教師が、慌てて飛びだしていこうとすると、担任の原が彼らを静止した。

「子供の喧嘩だよ、やらせてあげなさい」

「でも、先生・・・・」

「大丈夫、二人とも喧嘩慣れしてるから、ルールはわきまえてる。
終ったら、迎えに行ってあげよう」

 教師たちは、不安を抱えながら、喧嘩する少年たちを見つめた。

 

「チキショウ! 何でオレだけ働かなきゃいけないんだよ!!」

 ずっと押し殺していた心の本音を、アキは叫んだ。

 ずっと我慢して、我慢して・・・・!

「そんなに金が欲しいのかよ!」

 萩も言い返し、ズボンのポケットから財布を出すと、それを地面に叩きつけた。

「ざけんなよ!」

 アキが萩にタックルし、二人は泥だらけになって殴りあった。

 口の中が切れて、萩が唾液を吐きだす。上から殴りかかってくるアキを、両足で蹴り上げると、
アキは腹を抱えてうずくまった。萩は立ちあがり、ぜいぜいと荒い息をするアキの隣に立つ。
アキは血の混じった唾液を吐きだして、両手をついて萩を見上げた。

「・・・・か・・・金なんか、いらねえよ! んなもん、自分で稼いでやる! 
オレは・・・・お前の笑ってる顔が見たかったんだ」

 アキを見下ろす萩も、肩で息をしている。

「・・・なんでだよ?」

「世の中、金、金! 金があれば何でも手に入る! 
でも、そんなもんなくたって、お前、オレに笑ってくれるだろ?! 
金じゃ買えないもんをさ、欲しがっちゃいけないのかよ!」

 がくり、と萩は膝を落し、アキの隣に跪いた。

「ばかじゃねえ?」

「疲れたときに、お前の顔見ると安心するんだよ。何でか知らねぇけど」

 萩は、泣きそうな顔で唇を結ぶ。

「オレが、お前を必要としちゃ、だめか?」

 泥だらけの手で、アキは萩の肩をつかんだ。 アキは座りこんだまま、俯いている。
先に立ち上がったアキは、砂まみれの萩の財布を拾って、差出した。

「誰が稼いだ金だか知らねぇが、無駄にすんなよ」

 財布を受取った萩が、アキを見上げる。

「殴って、ごめん。オレ、疲れてたんだ」

 萩は唇を結び、表情を歪める。

「あー・・・あのさぁ、すげー一方的なのはわかってる。
強制するつもりはないけど・・・その・・・はっきり言って欲しい。やっぱ、オレ、迷惑?」

 散々付きまとって、殴っておいて、迷惑、だと?

 萩はめいっぱい息を吸いこむと、校庭中に響き渡るような声で叫んだ。

「ばーーーか!」

 その声の大きさに、アキも驚いて一歩引く。

「ばかばかばか・・・ホント、てめぇ、ばかだ!」

 いや、そんなに大声で言わなくても・・・。
慌てたアキは、両手を宙に浮かせて、おろおろと視線を漂わせる。

「・・・・・萩・・・近所迷惑だから・・・・・」

「うるせぇ、ばか!」

 力いっぱい叫んでから、萩は深呼吸した。そして、やっと声のトーンを落す。

「アキ、俺のこと、好きか?」

「え? いや、そんな単刀直入に聞かれても・・・・」

「好きか? 女みたいな顔してるから、金持ってるから・・・」

 やっと萩の言いたいことがわかって、アキはぽんと手を叩いた。

「女みたいに綺麗な顔してるし、いくらでもおごってくれるほど金持だし、口は悪いし、
態度は悪いし、オレと互角に喧嘩強いし、言ってることわかんねえし、
滅茶苦茶だし・・・・ああ・・・好きだ。なんでかわかんねぇけど、好きだ」

 萩の眉間のしわが深まる。

「俺は、おせっかいなお前は嫌いだ」

「そうそう、そういう天邪鬼なところも、いいな」

 アキがニヤッと笑う。萩は、ゆっくりと表情を緩めた。

「ばかじゃねぇ」

 そう言う口元は、嬉しそうだった。

 

 職員室から出てきた教師たちに、二人は保健室に運ばれた。

「仲直り、した?」

 女性事務員に傷を消毒され、ばんそうこうだらけで顔を腫らせる二人に、
担任の原はにこやかに尋ねた。

 ふん、とそっぽを向く萩の頭を、アキが無理矢理押えて下げさせる。

「なんとか」

 ニッと笑うアキの手を、萩は叩いた。

「コロス」

 もうアキはへこたれない。

「アイちゃん、ちゅーするぞー」

「キショイ、ヘンタイ!」

 べっと舌を出すアキに、萩も同じように舌を出して見せた。

「あーはいはい。よかったね。これ、授業をサボった罰。宿題ね」

 原は二人に五枚ずつプリントを渡した。

「明日までね」

「マジかよ!」

 アキと萩は同時に叫んだ。

 

 

 

 アキの休日、萩は自分のアパートにアキを招いた。
築年数は経っているが、まあそれなりに綺麗なワンルーム。

「うっそー、信じらんねえ・・・・」

 アキは、ひとり暮しだった。

「ひとりで住んでるなんて、寂しくねぇ?」

 それが第一声。

「慣れた」

 萩はそっけない。

 ありがちなテレビと流行のゲーム機。散かった漫画雑誌。ジュースの空缶、コンビニ弁当の袋。

 テレビの前のローテーブルにアキを座らせると、
萩は小さな冷蔵庫からジュースのペットボトルを出してきてアキに手渡した。

「何でひとりで住んでんの?」

 当然の質問。萩も座ると、手にしたジュースを一口飲んだ。

「俺、田舎でじーちゃんばーちゃんに育てられたんだ。
なんか、資産家らしくて、けっこう豪邸。俺、親父がどこぞの女に産ませた子供なんだって。
親父は俺を置いて東京出ちゃうし。んで、萩家の恥さらし。
小学校くらいまでは、勉強もしたし、いい子でいたけど、邪魔者には変わりない。
中学入って、俺の周り、友達だと思ってた奴も、本当は俺のおごり目当てだったり、
女だってただ顔がいいから連れ歩きたかっただけだって、そういうの、気付いちまった。
んで、ドロップアウト。じーちゃんが金積んで入れてくれた私立の高校も、一ヶ月で退学。
どうしようもなくて、じーちゃんは東京の親父に俺を押しつけた。
でも、親父にとってもいい迷惑。もう独立して会社とか持ってるし。
こっちの高校入ったけど、やっぱすぐ退学」

「なんでそんなすぐ?」

「学校でタバコ吸って、注意してきたセンコー、ムカついたから殴った」

 なんでそんなことするかなあ・・・アキは呆れたように頭を振った。

「教育ナントカの勧めで、今の学校入れられて、この部屋貰って、
ちゃんと卒業するまで資金援助するからって言われた。今度退学になったら、放り出すってさ」

 ふうん、とアキが鼻を鳴らす。

 萩のそう言う姿、想像つかない。
今の学校では、つんつんしててもちゃんと先生の言うこと聞くし。
口が悪くて悪態はついても、教師に手を上げたりしないし、授業妨害もしない。

 よっぽど、あたった教師が悪かったんだな。

「卒業したら、どうすんだ?」

「さあ。考えてない」

 アキは貰ったジュースを一気飲みした。

「オレは進学したいんだ」

 カラのペットボトルにふたをして、ゴミ箱に投げ入れる。
見事入ると、ニッと笑って親指を立てた。

「オレさ、教師になりたいんだ。原先生みたいな」

 アキの目がきらきら光る。萩は、そんなアキに眉を寄せた。

「教師って、大学出ないとダメなんだろ? 学費とか、どうすんだよ?」

「なんとかなるさ。奨学金とかあるし」

「でも、受からなくちゃいけないだろう?」

 ウッとアキは言葉に詰った。

「うう・・・まあな。勉強、しなくちゃな」

 がっくりと肩を落すアキに、萩は唇をつり上げた。

 勉強しなきゃと言っている割には、アキは漫画だのゲームだのに気を取られている。
萩は、アキに勝手にやらせておいて、自分はまたタバコに火を点けた。
煙の臭いに、アキがふり向く。

「・・・・・・なあ、偉そうなこと、言うつもりはないけどさ、やめろよ、タバコ」

「もったいないから?」

「それもあるけど・・・・体によくないし」

 わざと大きく息を吸いこむと、萩はアキに煙を吹きかけた。アキがゲホゲホと咳込む。

「いいんだ。俺、肺がんで死ぬから」

 一瞬、アキはムッと唇を尖らせるが、すぐに諦めて頭を振った。

 なんか、違う。萩は悪い奴じゃない。なんか、自分を大切にしていない。
他人を傷つけたいわけじゃない。

「ケムイよー」

 本当に何度か咳込むと、萩は何も言わずにタバコを持ってベランダに出た。

 ほら、そういうところ。

 親に大切にされていないから、そういうこと、するわけ? でも、ワルくなりきれていない。

 タバコを吸い終えて戻ってきた萩は、ゲームの扱いに奮闘するアキにやり方を教え、
その隣に座った。

「・・・・・いつでも、来ていいから」

 萩は、視線を合わせずにぼそりと言った。え? と、アキが聞き返す。

「うち、冷暖房完備だから・・・・図書館で昼寝よりはマシかも」

 萩をじっと見つめるアキの手は止り、パズルゲームはオーバー画面になった。

「マジ?」

 アキが顔を近づけると、萩は顔をしかめて背けた。

「・・・・俺、昼間たいてい寝てるし。俺の邪魔しなければ、気にしないから」

「すげー嬉しい」

 アキはニヤッと笑った。

 

 

 

 それからアキは、頻繁に萩のアパートに寄っていった。

 そのほとんどの用事は、「昼寝」である。

 バイトとバイトの間や、授業前のちょっとした時間、萩のアパートでごろごろ寝ていた。

「疲れたー。眠いー」

 そんなことばかり言っている。

 夜遊んで昼間寝ているという萩は、アキのぼやきをまったく気にしない。

「寝れば?」

 くらいの声かけで、自分のペースは乱さない。
だからアキも、部屋の片隅で毛布かぶって、子犬みたいに寝転んだ。

 アキにとって何が重要かというと、「愚痴」を言える場所の確保である。
両親も姉も働いている。自分だけが愚痴るわけにはいかない。
学校では、冗談を言って気を張っている。親身になれる友人はいない。
遊ぶ時間がないので、かつての友達とは疎遠になってしまった。
「愚痴」を言ったからといって、同情されるのも助言されるのも嫌だ。
だから、他人に「愚痴」を言わないようにしている。
その点萩は、アキの「愚痴」に動じないし、何も言わない。
興味がないように聞き流している。それが嬉しいのだ。

 萩は、一緒になってごろごろ寝ている時もあれば、
隣で暇そうにゲームしたり雑誌読んだりしているときもある。
アキが起きていても、やっていることは同じ。

 ただ、共有する時間が長くなるにつれ、少しずつ会話は増えていった。

 時折、ゲームで対戦することもでてきた。

 たまに出された宿題に、頭をつき合わせることもあった。

 そんな怠惰な時間を、アキは楽しんだ。

「・・・・・・」

 ふと顔を上げたとき、萩もそれを楽しんでいるように笑っているのを見ることがある。
萩が自然に笑っている姿を切る時、アキは嬉しくなった。

 

 平穏な時間が過ぎていく。あまり「暇」を持たないアキは、少ない「暇」な時間を、
ほとんど萩と過すようになっていた。

 その日も、学校が始るまでの何時間かを萩のアパートで過していた。

 隣合ってテレビゲームに熱中する。一昔前のパズルゲームを、二人はよく楽しんだ。

「あ、あ、あ・・・・・・」

 落ちて来るブロックを消せずに、アキの方の画面がゲームオーバーを告げる。

「ああー・・・・」

 コントローラーをぽとりと落し、がっくりと肩をうなだれる。

「ばかじゃん」

 萩は小さくガッツポーズを取った。

「あったま悪―」

 ケタケタと萩が笑う。

「画面の隅に次に落ちて来るブロックが映るだろ。それ見て次の手を考えるんだよ。
一個づつブロック消しても高得点にはなんねえから、
連鎖で消えるように頭の中で組みたてていかなきゃ」

 楽しそうに笑う萩を、アキはそっと見上げる。
負けた悔しさより、笑っている顔を見る喜びの方が大きい。

 萩は手元にあったタバコの箱を開け、一本口に咥えた。
萩が火を点ける前に、アキがそのタバコを取上げる。

「なにすんだよ」

 それさえ慣れてしまったように、萩の抗議に怒りは込められていない。

「けむいっての。大体お前、ヤニ臭いぞ」

「・・・そうか?」

 眉根を寄せる萩に、アキが顔を近づける。

 ほらやっぱり。

 そう言おうとして萩の口に鼻先を近づける、と、そのまま衝動的にアキは萩の唇に触れた。

 萩の薄い唇の感触が、自分の唇に伝わる。

 驚いているのか、状況がわかっていないのか、萩は唇に触れられている間、
じっとアキを見つめた。

 ほんの一瞬、だったのに、アキにはそれが何時間にも感じられる。

 慌てて身を引いたアキは、真赤に紅潮した顔を見られたくないように、
またゲームのコントローラーを握った。 

「再戦!」

 一生懸命ゲーム画面を見ようとする。
そんなアキをじっと見つめていた萩は、つ、と立ちあがった。

「相手になんねぇ。ひとりで練習してな」

「・・・・萩・・・」

 ヘンなことをしてしまった、と、アキの頭の中がぐらぐら揺れる。
気持悪いことするんじゃない、とか、ばかじゃん、とか、
いつもの悪態を期待していたのに。萩の態度の意味を図れない。

「俺、寝る」

 そのまま萩は部屋の隅まで行くと、ぐしゃぐしゃに丸めてあった毛布に包った。

「あ、オレの毛布!」

「お前んじゃねぇ!」

 そこは、アキのいつもの指定席。アキが包る毛布は、
いつもアキの存在を誇示するかのようにそこに置かれてあった。

 この部屋に自分の痕跡があることは、アキにとっては嬉しいことだった。
その毛布に、萩が包る。放置されている毛布は、アキの存在そのもの。

 アキはコントローラーを置いて、寝転がる萩に覆い被さるように体を近づける。

 かすかなニコチンと、髪を染めるヘアカラーの匂い。
萩は、常に髪を綺麗な栗色に染めていた。

「オレの場所―」

 ふざけるように萩の髪に触れたとき、伸びてきた根元の地毛の色に気付く。
アキは、その色に顔を近づけて見入った。

「・・・・お前・・・脱色してるんじゃなくて、染めてんの?」

 アキが何に気付いたかを知って、萩はアキの手を振り払って起き上がった。
その表情は、アキの予想以上に愕然としている。なんで萩がそんな表情をするのか、
アキにはわからない。たかが髪の色。

 染めているよりずっと薄い、・・・・・・金髪?

 金髪?

 そう想像すると、萩の顔立ちはどこか日本人離れしている。
時折、そういう人物はいるものだ。だから、さほど気にはしていなかったが。

「萩・・・?」

「もう、学校だろ。行けよ」

 ぴしゃりと目の前でシャッターが下される。少しずつ近付いて、
やっと触れられる位置まで来たのに、また突然壁ができる。

 だが、アキにはかける言葉がなかった。

 萩の、一番深いところを垣間見てしまったのだ。

 こんな時萩は、逆毛を立てたネコみたいに他者を寄せつけない。
きっと、無理矢理抱き上げれば、ひどく引掻かれるだろう。

「・・・・・う、ん。じゃ、先、行くよ」

 アキはしっぽを丸めて、自分のリュックを拾った。

 玄関に向い、膝を抱えたままの萩に振り返る。

「あ、・・・あのさ。オレ・・・お前に何のお礼もできないから
・・・・だから、お前が必要な時には力になるから。いつでも呼んでくれよ。」

 背を向けたまま何も応えない萩を残して、アキはアパートを出た。

 

 愛用の錆びたママチャリをこぎながら、アキは乾燥した空気を吸いこむ。

 唇に触れた萩の、あの感触は体を熱くする。なんでそんなことをしたのか、わからない。
間近で顔を見たとき、どうしても触れたいという衝動を押えられなかったのだ。
それに対して、萩は戸惑っているだけで怒ってはいなかった。

 萩を怒らせたのは・・・・・・・・。

 金髪・・・なのだろうか?

 それを隠すために、髪の色を濃く染めている?

 なぜ?

 彼の家族が、彼をよく思っていなかったという話と、関係あるのだろうか? 

「ああーーーー!!」

 夕暮の街を、アキは叫びながら走った。