車の中、榊は一言もしゃべらず、指が白くなるほど強くハンドルを握りしめている。 敦は、だぶついたパーカーの中で縮こまっていた。 車は、昔は賑やかだったであろう古い商店街に入っていく。 もう真夜中だし、シャッターの下りた店先は廃墟のように不気味だった。 狭い路地を回り、廃ビルにも見える雑居ビルの前で一旦停車する。 そこで榊は窓を開けてそのビルを見上げた。ビルの上階は住居になっているようで、 外側の廊下が道路に面している。そのひとつの部屋の前に、男が一人立っている。 こちらには気付かないようで、タバコを咥え、火を点ける。見張りにしては、間抜けだ。 敦でもそう思った。 榊はすぐに車を出し、一本先の道路に車を停める。先ほどの見張りからは死角になる。 榊はキーを抜き、敦に投げ渡した。 「ここで待ってろ」 車を降りると、一旦スーツのジャケットを捲り上げ、腰に刺した短刀を確認する。 その白木の柄に、敦は家門のようなものが刻まれているのを見て取った。 そして榊は、小走りに先ほどのビルに向った。 榊を見送った敦は、車の鍵を握りしめ、それを額に押し当てた。 「榊さん」 胸が潰れ、涙が溢れる。口に拳をあて、悲鳴にも似た泣き声を押し殺す。 後ろ姿。 何度も見てきた、後ろ姿。 父親の、そして、母親の。 (あなたのことなんて、必要じゃないの。誰もあなたを愛してなんかいないのよ) 敦の中の誰かが、そう冷笑する。 (誰もあなたなんか、愛しちゃいない。いらないの。邪魔なの) うそ。うそでしょう? 嘘だって言ってよ。愛してるって言ってよ。 (ひとりぼっち。かわいそうな子。信じるだけ裏切られる) 愛してるって言ってよ、榊さん。そこにいていいって、言ってよ! (あなたなんか、いらないの) 「あぁぁぁ………!」 両手で顔を覆い、体を二つに折って敦は泣いた。 子供の腕ほどの太さのある、巨大なバイブを目の前にかざされ、戸村は目を見はった。 「いいモノだろう?」 日本人向けじゃないだろう、それ? 冷やかな脳みそがそのオモチャを眺める。 「前戯もなしに突っ込んだら、裂けちまうかな」 興奮に鼻を膨らまし、金田は顔を紅潮させて囁く。 そりゃあ裂けるだろうな、と、戸村は頭の中で相づちをうった。 下半身を完全に無防備に曝され、バイブを脇に置いて、金田は戸村の片足を持ち上げる。 その秘部をカメラで詳細に記録する。 「ああ、きれいだ。ここに傷は残っていないんだね」 双丘を乱暴に押し広げられ、戸村はまた天井を仰いだ。 そりゃどうも。傷だらけだったけどね、治ったみたい。しばらくトイレにも行けなかったけど。 カメラをバイブに持ち替え、金田はその先端を秘部に押付けた。 (無理だよ。入んないって) 「っ痛」 ローションも付けずに無理矢理押し込まれ、さすがに戸村は奥歯を噛んだ。 「切れるぞ、切れるぞ」 興奮した声。戸村は諦めたように目を閉じる。 (真司さん) 瞼の裏に、昔馴染んだあの顔が浮ぶ。 (坊ちゃん) 今では向けられることのない、はにかみ照れたような笑み。 若くして組長の側近を務めたその男は、無骨な手をいっぱいに伸ばしてくる。 (今、行きます) 戸村は、閉じた目を開いた。 榊は音を立てないように、つま先だって外階段を上る。 階段を上りきり、陰に隠れて外廊下を見やると、見張りの男はのん気にタバコをふかしていた。 まだ若いチンピラだ。 若造が! 自分の部下だったら、張倒しているところだ。 もっとも、自分の部下でなくても張倒すつもりであったが。 見張りがタバコを落し、それを踏み消すために視線を下に向けた瞬間、 榊は飛びだし(それでも足音を立てないために踵は上げたままでいた)見張りの口を片手で覆い、 腹を蹴り上げた。 「!!」 うずくまる男の口から手を離し、髪を掴んで上を向かせる。 男は片手でジャケットの内側を探るが、その男が拳銃を探し出す前に、榊はそれを取上げた。 「ドアを開けさせろ」 耳元で囁く。ぞっとするような声色で。 「下手なマネをしたら、首をへし折る」 本気だ、というように顎を掴むと、見張りの男は目を剥いたまま必死に頷いた。 ( won‘t be long ) 坊ちゃん、今行きますから、待っててください。 戸村は大きく息を吸い込んだ。 (もうすぐ………) 「生きるのって、死ぬより辛いよね」 唐突にしゃべり出した戸村に、金田の手が止る。 「?」 「こんなに辛いなら、なんで殺してくれなかったんだろうって、 いっそ死にたいって、思うんだ」 ぎりぎりまで押し広げられた戸村の秘部が、ひりひりと傷む。 金田は、戸村がついにギブアップしたかとほくそ笑んだ。 「まだギブには早いぜ? お楽しみはこれからだ」 「大丈夫。ギブなんかしないから」 金田は笑みを消し、眉を寄せた。 「死にたい思いってのを通り越すとね、知ってる? すっごく生に対する執着が強くなるんだ。だってそうだろう? あんだけ辛い思いをしても生きて来れたんだ。この先何があっても生きていける。 っていうか、あんな辛い思いを乗り切ったのに、こんなトコで死んでたまるか! ってね」 天井を見上げていた戸村は、金田を見た。 何のことかと眉を寄せる金田に、戸村は微笑みかけた。 「あんたの気が済むまで放っておいて、チャンスを待とうと思ってたけど、止めた」 「ナニ言ってるんだ?」 「あんたにカマ掘られたくないって言ってんの」 見ず知らずのヘンタイに犯られるくらいなら、杉田に(榊に)犯られてやった方がマシだって。 そんな自分の考えに、戸村は自嘲した。 「だから、ちょっと無駄な抵抗をしてみることにする」 「な………?」 金田が掴んでいた片足を、ひょいと動かす。と、金田は驚いたように手を離した。 足を拘束しなかったことと、眼鏡を返してしまったことは、不覚だったね。 突然の抵抗に驚いている金田を、軽く蹴飛ばす。 不意をつかれて金田はバイブを落したが、すぐに気をとりなおして戸村に掴みかかってくる。 両腕の自由は利かないので、カニバサミで金田を倒す。 が、不安定な体勢で上手くプロレス技などかけられるはずもない。 たいしたダメージも与えられないまま、金田は抜け出して戸村の顔を拳で殴った。 さすがに効いた。脳が揺れて頭がぐらつく。 「こうでなきゃな。ちっとは抵抗してもらわなきゃ、楽しくない」 戸村の首を片手で押えながら、金田はさらに平手を食らわす。 切れた唇からにじむ血を、戸村は舌で舐めた。 いい感じで興奮してきた。 オモチャを見つけた猫のように、戸村はニヤリと笑った。 「ヤバイよ。僕も本気になりそうだ」 馬乗りになる男を、反動をつけて蹴り倒す。 が、金田はすぐに飛び起き、放置してあったナイフの切先を戸村の目の前にかざした。 「キレイな顔を傷つけられたくなかったら、口を開けな」 「断ったら?」 ナイフを持ったまま、人差指と中指で戸村の鼻をつまむ。 数秒もしないうちに、戸村は喘ぐように口を開いた。 「しゃぶるんだよ。歯を立てたらどうなるか、わかるな?」 鼻をつままれ、口で息をしながら戸村は金田を睨んだ。 んな汚ねえもん、近づけんなよ。 そう言いたいが、言葉が出せない。 硬く反り起ったモノを唇に押し当てられ、戸村は歯をむき出すが、 もう片方の手で顎を強く掴まれる。 「たっぷりしゃぶれよ。てめえのアソコに入るんだからな」 (won`t be long) そんなモノ口に入れやがったら、絶対噛み切ってやるからな。 お前なんかに犯られるわけにはいかないんだよ。 (榊………) ドアの内側に立っていた男は、ふすまの向こう側で行われているだろうことに興奮を感じていた。 少しバタバタと音がしたが、すぐに治まった。あの青年、きれいな顔をしていた。 とりすました、ムカツク態度。何も知らない好青年を気取っている奴を、滅茶苦茶に犯したら、 どんな気分がするだろう。金田が満足したら、おこぼれでも貰いたいものだ。 長谷川と彼の部下二人は、パソコンにかかりっきりになっている。 上納金をきっちり納めなければ、どんな罰が下るかわかったものではない。 暴力団の傘下で働いているのだから。 ドアがノックされた時、その男は自分の妄想から引き戻され、多少なりとも気分を害した。 「なんだ?」 『ちょっと』 「ちょっと、なんだよ?」 『話が』 こんなくだらない仕事でも、きっちりこなさなければ、あとが怖い。 イラつきながらも男は鍵を開け、数センチほどドアを開けた。 数センチという細長い隙間から見える外の男の表情は、真青だった。 「何だ? 何か」 怪訝そうに気を緩めると、その隙間にがっしりとした指が(そして靴先が)挟み込まれ、 あっという間にドアが開かれる。 「な………?」 驚き一歩下がるが、何が起ったのか理解する前に、 その男は側頭部を銃把で殴られ、崩れ落ちた。 異変に気付いた長谷川が飛び上るように立ち上がり、座っていた椅子を倒す。 ドアの内側の男を殴り倒した後、榊は外側の男も内側に引っ張り込み、 同じように顔の中央、鼻の部分を殴って鉄のドアに後頭部をぶつけ、 そいつもずるずると倒れ込む。 「なんだ?!」 長谷川の声は裏返っていた。殴り込んで来た男はたった一人で、 しかも長谷川が知っている限り、最も恐ろしい「ヤクザの風体」だった。 その上、片手で構えた銃は、長谷川の眉間にぴたりと照準が合さっている。 「戸村さんは、どこだ」 低い、脅しかける声色。長谷川は「ひっ」っと息を吸いこんだ。 即答されないことに、榊は手近にあった椅子やら電話の置かれた台やらを蹴り倒した。 パソコンに集中していた長谷川の部下は、縮みあがって床の上で頭を抱える。 「戸村さんはどこだ!」 がくがくと顎を震わせながら、長谷川は後退り、デスクに背中をぶつけてよろめいた。 唇に、熱くいきり立ったモノを押付けられる。 戸村はもう一度反動をつけて、両足で金田の首をはさみ込んで脇に倒した。 金田は一瞬うめいたが、またすぐに起き上がり、戸村の片足に乗っかり、 もう片方の足を抱えていっぱいに開いた。 「おいたの過ぎる足だ」 戸村が上半身を起そうと体をよじる。 が、金田は醜く歪んだ笑みでニタリと笑うと、露になった戸村の秘部に人差指を突っ込んだ。 「!」 とたん、戸村の体の力がガクリと抜ける。目を見開いたまま、戸村は放心したように崩れた。 「ここか。中が弱いのか」 濡らしていない指が、内壁を傷つける。戸村の唇が、小刻みに震える。 瞳孔が開き、暗転した視界の中に、大きな手が漂う。 (won`t be long) (ここだよ。ここにいるよ。早く来て) 子供の声が脳裏で響き、戸村は意識を取り戻した。 体内の細い異物はすぐに引き抜かれ、代りにもっと容量のあるものが入口を弄る。 「くそっ」 悪態をついて、なんとか自分の上の男を蹴り倒そうともがく。 体重をかけて抑えつけられ、身動きがほとんど取れない状態で、 入口がいっぱいに押し広げられる。 と、その時、ふすまの外で大きな物音がした。 (榊) 『戸村さんは、どこだ』 金田が声に気を取られた瞬間、戸村はその男をやっと蹴り倒して起き上がった。 『戸村さんはどこだ!』 (ばかやろう! 来るんじゃねえ!!) ふすまに突進しかけると、追い掛けてきた金田に髪を掴まれ後ろに倒される。 そのまま引きずるようにして、金田はふすまを開けた。 長谷川はがくがくと震え、奥のふすまを指差す。 榊が目をやると、ふすまが開かれ、そこにひとりの男が立っていた。 片手で戸村の髪を掴み、もう片方の手でナイフを握っている。 戸村は顔に殴られたような痕があり、両手は後ろで拘束され、 ボタンの千切れたシャツをかろうじて羽織っているだけ。 「………真司さん………」 榊は呟き、銃口を金田に向ける。 その隙に長谷川は自分のデスクの引出しから銃を取りだして、震えながら榊に向ける。 榊はちらりとそちらを見ただけで、戸村と、戸村を拘束する男をじっと見つめる。 戸村は足を踏ん張って立ち、榊を凝視した。 「撃つな」 小さく言葉を出す。 「銃を下せ。お宅の社長さんの顔が、二目と見られないものになるぞ」 わざとらしくナイフをちらつかせる金田から、榊は照準を外さない。 「僕は、大丈夫だ。撃つな。命令だ」 まるで神に祈るように戸村は繰り返した。 撃つな、撃つな、撃つな……………。 何か、一瞬でも金田の気を反らせられれば。 戸村の額を、一筋の汗が流れる。 あぁ、お願いだ。撃たないでくれ…………。 榊の指が、トリガーの上でじりじりと揺れる。 「じ……銃を下せ! これ以上好き勝手はさせんぞ!」 長谷川はうわずった声で叫ぶが、榊は完全に無視をした。 唇を結んで、戸村を見つめる。戸村は酸欠状態のように呼吸を早める。 激しい動悸に、目眩がするほど。 「僕は、無事だ」 祈るような、なだめるような口調。榊はほんの少し肩の力を抜き、 視線を戸村の顔から、少し下に移す。 戸村は、自分の股の内側が、うっすらと血で汚れているのに気がついた。 さっき指を突っ込まれた時、傷ついたのだ。 戸村の血を見た榊は、ぎゅっと瞳孔を凝縮させ、左手を右手の銃把に添えた。 本気だ! 「だめだ!!」 悲鳴のように戸村が叫んだ瞬間、事務所内の電気が全て消えた。 (なんだ?! 停電か?!) (バカヤロウ! ブレーカーだ! 外を見て来い!!) ぎりぎりの緊張感の中、長谷川や彼の部下がパニックし、金田が驚いて天井を見上げる。 その瞬間の戸村や榊の行動は早かった。 戸村は金田に当身を食らわせ、足を抜いて腕を前に回す。 榊は左手を腰のあたりに滑り込ませ、短刀を引きぬいて投げ、 戸村の足元の畳にそれは突き刺さった。 戸村は素早くそれを抜き、倒れた金田の首に自分の腕を回して締め上げ、 短刀の刃を金田の顔に押付けた。榊は短刀を戸村に渡した後、 動揺している長谷川を殴って拳銃を取りあげ、右手の銃口を長谷川の口に突っ込み、 左手の銃口は金田に向けた。 建物の共用のブレーカーを確認しに行った長谷川の部下は、 ブレーカーを上げて戻ってきた時、形勢が完全に逆転していることを知った。 「降参した方が、いいよ」 唇を吊り上げて、戸村が囁く。金田は強張った笑みを作ろうと努力した。 「あいつに、発砲させたくないんじゃないのか」 「そうだよ。だからね、あいつがキレる前に、僕があんたの喉を掻き切る」 短刀の刃を、金田の喉に滑らせる。 「坊やに、そんなことができるのかな?」 喉を切り裂けば、どんなことになるかわかっているのか、と。 「僕はねぇ、血まみれの死体なんか、怖くないんだよ。 なにせ、目の前で六人も殺されているんだから」 喉の皮膚の表面を、鋭い刃が滑る。一筋の鮮血が、銀色の刃を伝う。 「坊ちゃん、始末なら、俺が」 戸村はキッと榊を睨んだ。 「バカが! お前に撃たせたくないから、僕が始末するんだ」 静かに息を吐きながら、ゆっくりと榊は左手の方の銃を下に向ける。 「殺りません。ですから、坊ちゃんもやめてください」 戸村は一センチほど刃を皮膚から離した。 「降参して、僕らを帰してくれないかな。その方が身のためだよ」 金田はギリっと奥歯を噛む。 口に銃口を突っ込まれたままの長谷川は、あわあわと震えている。 「無事に、帰れると思うか? 松苗組を敵に回して」 「あんた、わかってんの? 自分が誰を敵に回しているのか」 突然、長谷川の携帯電話がけたたましく鳴った。 長谷川はおろおろと目を回し、戸村は携帯に出るように目で合図をする。 榊は長谷川の口から銃を抜いた。震えながら長谷川がデスクの上の携帯電話に出る。 「…………何の用だ?! 今…………!」 携帯電話に怒鳴りつけて、向うの言葉に長谷川はまた愕然とした。 長谷川を見た金田が眉を寄せる。 「…………店に………警察の手入れが…………」 まさか、信じられない、と呟きながら、だらりと手を下げる。 長谷川の落した携帯電話の向うで、まだ誰か喚いている。 戸村は金田の首から腕を抜いた。携帯を拾った榊が、それを金田に投げ渡す。 金田が電話に出ている間、戸村は短刀で自分の手首のガムテープを切り、 部屋の奥に投げ出されたスラックスを身に着けた。