「さて」

 榊と敦が乗ったエレベーターが一階に着く頃、
それまでパソコンに向っていた戸村がやおら立ちあがった。

「敦の受けたメールは、さっきみんなの所に送ったとおりだ」

 全員が顔を上げて戸村を見る。

「どう思う?」

「画像は存在するんですか?」

 大門がまず発言する。

「コピーをとっておいたか、復元したんだろう。そんなことは、寺田でもできる」

 東の意見に、ウェブデザイナーの寺田が頷く。

「女子高生に味をしめたってことですか?」

 寺田の隣の西口が、小さく手をあげた。

「敦の顔は割れてんの?」

 続けて坂本。

「実際女子高生をレイプしたのが誰か、本当に大学生だったのか、なんてことはわからない。
僕の見た動画にも、その男は映っていなかったし。下半身以外。
敦を利用できればラッキーと思っていることもありえる。
敦の顔だが、割れてる可能性がある。榊と知合った時、チンピラに絡まれてたと言ってた。
ベビードールがヤクザがらみだったら、知られているだろう。
実際、新宿で女子高生を本人が紹介したんだから」

 答える戸村の口調は、淡々としている。

「じゃ、敦君を売飛ばすって可能性は?」

 杉田の質問に、

「ないことはない」

 戸村は率直に答えた。

「でも、戸村さん、榊さんを帰したって事は、別の事、考えているんじゃないですか?」

 大門の意見に、はじめて戸村は唇を引き上げた。

「鋭いね」

 大門は嬉しそうだ。

「東」

 戸村に指名されると、東は周囲をぐるりと見回した。

「この前、大門が教えてくれたスレッドな、俺も調べてみた。
同じハンドルネームの奴が、違うところでも出てきた。
女子高生レイプ体験告白掲示板。憶測だが、たぶん敦の同級生を犯ったのも、
スレッド立てたのも、敦にメール送ったのも、一人の人物だ。
もちろん、ベビードールに動画売ったのもそいつ。
ベビードールに深く関ってる奴だとすると、
映像の削除を申し出に行った戸村と顔を合わせている可能性もある。
それで、戸村に興味を持った可能性も」

「真ちゃん、美人だもんね」

 杉田は両手を広げてから、その指を組んで東を見る。

「女子高生好きが、いくら美人でも大人の男に興味を抱くものかしら?」

 言いながら、坂本に視線を送る。

「基本、女好きはホモは嫌いだね。男のハダカなんか見たくない」

「榊さんがいれば、敦君に絡んだチンピラがどこのヤクザ、どこの組とか、
見当がついたんじゃないですか?」 

 寺田は西口を見るが、西口は眉を八の字に曲げた。

「ばかね。戸村さん絡んでたら、榊さん、暴走しかねないじゃない」

 あたしだってあんたが危ない目にあってたら、暴走しちゃうかも。
西口は寺田に囁きかけ、寺田は肩をすくめた。

「戸村、身に覚えは?」

 坂本の質問に、戸村はおどけた表情を作った。

「ありすぎて、なんとも。結局の目的はわからない。
ただ、こっちは会社名名乗っているし、ホンモノの現金渡しているんだ。
画像が消去されていなかったとすると、それは口約束であれ、契約違反とみなす。
これは、僕への侮辱だ」

「戸村を頭にしている俺たちも、バカにされてるってわけだ」

 坂本の意見に、全員が頷く。

「ベビードールとは関係なく、この犯人が勝手な脅迫をしているだけ、
という可能性も捨てきれない。しばらくは様子を見ようと思う」

 言ってから、戸村は切なげな笑みを見せた。

「ごめんな、みんな。榊が問題持ちこんできて」

 クスリと笑った西口と寺田は、お互いに顔を寄せ合って言った。

「榊さんって、同性愛者仲間だもの。マイノリティーとして協力するわよ」

「あたしは、真ちゃんのためなら、何でもするわよ」

 杉田が微笑む。

「俺、榊さん、けっこう好きだなぁ。いや、俺はホモじゃないよ? 
そういう意味じゃなくてさ」

 坂本の言葉に、大門も頷く。

「ボクも、榊さんって嫌いじゃないです」

「ありがとう。今夜は、もうしばらく付合ってくれ」

 戸村は言い、席に着いた。それぞれがまた自分の仕事に戻る。
それを見回し、戸村は隣の東に椅子を寄せ、肩に顎を乗せる。

「うざい」

 東の声にもめげず、耳元で戸村は囁いた。

「東ちゃん、ウイルス、作れる?」

 ぱっとふり向いた東と、鼻先一センチで目が合う。戸村はニヤっと笑った。

「画像アップされたら、一先ずそれ潰しておかないと。女の子、可愛そうでしょう? 
SM器具とか使って、けっこうマジ攻められてたよ」

 東の瞳の奥が、きらりと輝く。
SMという言葉に反応したのか、ウイルスと言う言葉に反応したのか。

「開発中のが、ある」

「じゃ、完成させといて」

 それから、坂本にもにじり寄る。

「坂本ちゃん、アダルトサイトの更新て、いつ?」

「さあな」

「悪いけど、モニターしててくれる? SMロリ嫌いなの知ってるけどさ。
ちょっと我慢してよ」

 坂本は親指を立てて見せた。

 戸村は自分の席に戻り、しばらく考え込んだあと、
大門に近寄ってパソコンの上のフィギアを指先で撫でた。

「ロリに詳しい友達って、いる?」

「実写で、ですか?」

「そう」

 大門本人は実写のロリータに興味はないが。

「いますよ」

 即答。さすが、横の繋がりの広い人。

「そういうのってさ、ネット以外にもDVDとか出てるんじゃない?」

「出てますね」

「ベビードールも出していると思う?」

「調べますか?」

「お願い」

 ニッと戸村は笑って見せた。

「この子、白のゴスロリも似合いそうだね」

 ぱっと大門の表情が輝く。

「早速トモダチに注文しますよ」

 戸村はひらひらと指を振った。

「戸村さん、手伝えることは?」

 寺田と西口の間に入って、二人に顔を寄せるよう指で招く。

「ぶっちゃけ、大人のオモチャって使う?」

 二人は顔を見合わせ、くすくすと笑う。

「けっこうヤバ目の拘束具とか、ボンテージとか、
んーまあ平たく言えば、SM愛好者御用達? 
そんなところ、ちょっとピックアップしてもらえるかな?」

「そういうシュミなんですか?」

「あそこの画像で、よく使われているんだよ。
坂本がモニターしてるから、どんなのか見るとわかる。
でも、女の子にはオススメできない絵だけどね」

 体を起した戸村は、杉田と目が合った。

「真ちゃん、あたしは?」

 しばらく戸村は考え、

「夜食買って来て」

 杉田は不満げに頬を膨らませた。

 

 

 マンションに戻った榊は、落ちつかな気だった。
うろうろと歩き回っては、敦に「腹は減ってないか、何か飲むか」と聞いてくる。
敦は榊のベッドに腰掛け、そのどれもに首を横に振った。

「榊さん」

 敦に呼ばれ、榊はやっと敦の隣に腰を降ろした。

「大丈夫なんでしょうか。俺………」

 敦も落着いているわけではない。半ば呆然としているのだ。

「大丈夫だ。戸村さんが、なんとかしてくれる」

 戸村さんが、と言った後、榊は両手で顔を覆った。

「榊さん」

 敦は榊の膝に触れ、榊は両手を降ろした。

「敦、俺のこと、好きか」

 唐突な榊の質問に、敦は榊の膝に置いた手に力をこめる。

「好きです」

「俺が、どんな人間でも?」

「榊さんが、戸村さんを愛していても」

 ふり向いた榊の目は、驚きを表していた。

「榊さん、戸村さんの事、愛しているんでしょう?」

 榊は唇を開き、閉じ、床に下りて敦の手を握った。まるで、懇願するように。

「聞いてくれ。聞いて欲しいんだ。俺は……真司さんのために生きている」

 

 

 予告した時間、七時を過ぎる。

 それぞれが時間を確め、坂本を見る。サイトをモニターしている坂本は、首を横に振った。

 戸村は榊に電話を入れた。あれから何か連絡はあったか、と。
沈んだ榊の声が応答する。電話の向うで榊は敦に話しかけ、
敦は自分の携帯メールを確認して「何もない」と答える。榊はそれを戸村に伝えた。

「やっぱりただの脅しだったんだよ。念のため、今夜は外出するなよ。
食い物、杉田に届けさせようか?」

『いえ、けっこうです』

「そ、じゃ、今夜はゆっくり休んで。今週末潰れた分、来週は忙しくなるから」

 電話を切った戸村は、しばらく空中を見つめていた。
それから社員の一人一人に声をかけ、労う。誰も文句は言わない。
戸村は瞑想するように目を閉じた。

 

 

 榊は、ポツリポツリと、言葉を捜すように語った。

「俺は、親もなくて、学校なんてものも行かず、気が付けば、
当然のようにヤクザの門をくぐっていた。怖いものも、失うものもない。
鉄砲玉で、上から命令されるがままに、どこにでも飛んでいく。
暴力、脅迫、何でもやったし、組の中でも恐れられるようになっていった。
それが、俺の当り前になっていた。

 そんな俺に、真司さんはなぜかなついてくれた。子供は恐れを知らない。
俺のあとをついてまわり、俺によじ登る。
刺青が面白いと、背中にマジックで落書されたこともある。
組の若いのはびくついていたがな。無邪気ってのは、こういうのを言うんだ。
俺はそんな真司さんのことが面白かったし、あの人が笑うのが、好きだった。
人間って、温かいんだって、はじめて知った。
真司さんの父親は細い人だったから、十歳も過ぎると肩車なんかできない。
俺は、真司さんを肩車して庭を歩き回った。
はしゃぐ真司さんを見て、真司さんの母親は、面白そうにはやし立てた。
誰が本当の父親かわからないってな」

(パパはパパだもん! 榊は………んー、お兄ちゃんかな)

「俺は、あの時、本当に幸せだったんだと思う。ああ、この人を守ろうって、そう考えていた。
俺にはいないが、家族ってのも悪くない、と」

 敦の手を握ったまま、うなだれて榊は語る。敦は唇を結んだまま、静かに耳を傾けた。

「あん時、松苗組との抗争が激しくなってきていた。真司さんはカタギだ。
お嬢さんが嫁いだ先の子供だから。しばらくは来ない方がいいと、止められた。
ヤクザがどんなものか、なんて理解できる年齢じゃない。
そんなことを教えてもこなかった。だから、真司さんは納得しなかった。
しまいには、もう来ない、榊なんか大嫌い、と」

(なんだよばか! もう来ないからね! 遊んでやらないよ! 榊なんか、大っ嫌い!)

「お嬢さんと一緒に出て行った。仕方がない。仕方がないことだ。
若頭にもなろうって俺が、子供に振りまわされて、みっともない。
これは、真司さんを守るためだ。あの人は、ヤクザじゃない。ここに、来るべきじゃない」

 うなだれたまま、大きく深呼吸をする。そのまま、しばらく黙り込む。
敦は、榊の手を握り返した。

「それから三日後だった。お嬢さんたち一家が、松苗組に誘拐されたのは」

 

 

 戸村は眼鏡を外し、目頭を押えた。

「疲れた?」

 見上げると、杉田がずん胴のコーヒーカップにインスタントコーヒーを入れて持ってきていた。

 眼鏡をかけなおして、ありがとうと告げる。
杉田はそれぞれにコーヒーだの紅茶だのを入れて、社員達に配る。
気の利く人間だ。戸籍が男でなかったら、有能な秘書にでもなれただろう。

「気になることでもあるの?」

 組んだ両手に顎を乗せて、じっと一点を見ている戸村に、また杉田が問う。

「………なんだろう。なんか、忘れているような気がして」

「戸村」

 戸村の言葉を、坂本が遮る。全員がそちらを向く。

「写真が、アップされた。確認してくれ」

 勢いよく立ち上がった戸村は、急いで坂本に駆寄った。坂本は椅子を引いて場所を譲る。
戸村は画像にあわせてマウスをクリックし、しばらく待つと三分間の映像が流れ出した。
もちろん、ダイジェスト。全部を見たい人はこちらへ、特別無料です、といった言葉。

「おかしいな、こいつら、タダでアダルト映像見せるような連中じゃない」

 坂本は眉を寄せる。東は無言でダイジェスト映像を見た後、戸村の隣から手を出し、
全部の映像が流れるようにした。簡単にそれは流れ出した。
大門も寄って来て覗き込むが、顔をしかめて席に戻った。
西口と寺田に、見ない方がいいと助言する。二人は頷いて肩を寄せ合った。

 固定カメラとハンディカメラの二台、か。撮影は一人らしい。うまいこと編集している。
アダルトビデオとして、十分な映像だ。固定カメラは男の後ろ姿を映した。
戸村は、この犯人がベビードールの事務所ですれちがった男だとわかった。

 映像が終り、東が自分の席に戻る。杉田も。戸村も。戸村は座らず、仲間を見回した。

「どう思う?」

「ひどいわ」

 最初に口を開いたのは、杉田だった。

「犯人はSMマニアね。あたしは昔バーのショーでそれっぽいことやってたけど。
見せかけだけのね。でもこいつ、ホンモノのサディストだわ。悪寒がする。絶対許せない」

 珍しく怒りに震えている。普段冗談ばかり言って笑っている杉田も、
「女性であること」を忘れて素に戻ると、男っぽい声色になる。

「女子高生を縛ったりするなんて、酷いです。
そういう妄想世界と現実の区別のできない人間は、ボクらの敵です。
そういう人間がいるから、空想で楽しむボクらの風当りが強くなるんです」

 大門の意見に、坂本は「そのとおりだ」と頷いた。

「相手も人間であることを忘れてセックスを楽しむなんて、最低な奴だな。
こんなサイトが増えたんじゃ、純粋にアダルトサイトを楽しめないじゃないか」

 坂本は両腕を組んで鼻息を荒くする。

「でも実際、こういうところは多いし、私たちは警察じゃないわ」

 西口の発言に、杉田は「でも」と喰いつく。

「淳也」

 戸村に名前を呼ばれ、杉田はちょっと苦笑いをした。

「真司、本名で呼ぶな」

「西口の言うとおりだ。落着け」

 杉田はすとんと腰掛け、

「ごめんね、西口ちゃん」

 と、いつもの声色を戻した。

「私たちは警察じゃないけど、ここの責任者とは関ってるわ。でしょう? 
お金渡して。だったら、これは立派な契約違反、でしょう? 
だったら、手を出してもいいのよね?」

 西口の隣で、寺田が小さく手をあげる。

「敦は関係ないと思うな。たぶん、お前に喧嘩売ってんだ、戸村」

 東が口を開くと、全員が頷く。

「真ちゃんに喧嘩売るって事は、あたしたちにも喧嘩仕掛けてるってことよね?」

 同意を求めるように、杉田が坂本を見る。

「こっちがこういう仕事してるの、向うさんは知ってるわけだからな。
パスワードもなしで簡単に画像を見られるようにしたのって、
俺たちにも見られるようにって事だろう? ま、ロックしてあっても解除できる奴がいるけど」

 ちらり、と東を見ると、東は無言でモニターを見つめていた。
東は、何か感づいている。意見を言おうと戸村に向けて口を開くと、
戸村はその発言を遮るように、にっこりと笑って東に抱きついた。

「ウイルス、できてるー?」

「できてるが」

「やっちゃおうか」

 それ以上東が何も言わないように、キスのふりをしてから、みんなの方を向く。

「僕はねえ、児童ポルノって大っ嫌いなんだ」

「戸村」

 喰いつく東を、後から抱きついて羽交い絞めにする。

「ムカつくんだよね。子供をセックスの対象にするなんて、人外だよ。
そういうことは、妄想に留めておけっての。そういう犯罪は、月に変ってお仕置しちゃうぞ」

 古いですよ、と大門は苦笑した。

「もともと榊の持ちこんだ問題ではあるけど、それとは離れて、僕はこういう連中を許せない。
みんなを巻き込んで悪いけど」

「あたしだって許せないわよ」

 杉田は言い、東を除くそれぞれが頷く。

「やっちゃおうか」

 もう一度言って、戸村は口元を歪ませる。全員が頷き、戸村は後から東の手を取った。

「ウイルス注入しちゃって」

「本当にいいのかよ?」

「責任は取るよ」

 あとヨロシク。戸村は東に囁きかけ、東はキーボードを手早く叩いた。

「坂本、サイト閉じておけ。感染するぞ」

 坂本は慌ててモニターしていたサイトを閉じた。

 

 

 敦は榊のキッチンでお茶を入れた。
戸村はコーヒーをよく飲むようだが、榊の部屋には緑茶があった。
和風な人なんだなあ、と感心する。

 聞いているのが辛かったからじゃない。話している方が辛そうだったから。

 ローテーブルにお茶を置くと、敦は榊の隣に座った。
榊はお茶を一口飲んで、ちょっとだけ苦笑する。

「ありがとう。こんなふうに、優しくされるのははじめてだ」

 そうなんだ? と敦は首をかしげる。

「戸村さん、だって、親切じゃないですか?」

「黙ってお茶を入れてくれるような人じゃない。あの人は…………」

 喉渇いたからお茶持ってきてよ、と、指図する戸村の姿が思い浮び、敦は苦笑した。
あの人は、と言いかけたまま榊は口をつぐみ、しばらく思い出すように考え込んでいた。
敦は隣で、話が始るのをじっと待つ。

「十年前。松苗組とのドンパチがあって………あそこの三男坊がどうしようもない腰抜でな。
腕がないなら隠れていりゃいいものを、前に出てきやがって。そんで」

 榊は親指を立ててこめかみに持っていった。それが何を意味するのか。
ヤクザ映画でありがちなことだ。
映画の中で、人間は縁日の射的のオモチャみたいにパンパン撃たれる。

「怒り狂ったあっちの組長は、こっちにも同じ目に合わせてやると。
前線に出てる鉄砲玉と、カタギに根を張ろうとしている人間は違う。
だが、そんな理屈なんか通用しない。お嬢さんに護衛をつけるはずだった。
だが、お嬢さんはヤクザ者に一般の住宅地をうろちょろされちゃ迷惑だ、
息子の学校に知られても困る、と断ってきた。
それでも無理矢理引っ付いていればよかった。
なのに俺は、真司さんに嫌いだとか言われたのが引っかかってて……そばに寄れなかった。
その隙をついて………」

 言葉を止め、溜息をついて、榊は震える手を握り締めた。

「お嬢さんと、旦那さんと、真司さんが、誘拐された」

 

 

 大門は西口や寺田としきりに話し合っていた。
どうも確証がもてないという自信なさ気な会話の端々が伝わってくる。
が、サイは投げられた。時間はない。

「戸村さん」

 思い切って大門は戸村を呼んだ。ウイルスを送ってから、誰もがじりじりしている。

「アダルトショップ、表向きは……アダルトショップに表も裏もないって思うでしょうが、
とにかく表向きは、普通のオモチャ、バイブとか、そういった類のものなんです。
で、一皮向くとSMの衣装とか、器具とか。そういうのを売ってる店なんですけど」

「ホームページとか、ネット販売とかしてないの?」

「ないんです。まったくの口コミ情報で。マニア向け、なんです」

 申しわけなさそうに大門は肩をすくめる。

「ですから、ネット上での確認がとれなくて。
でも、掲示板とかチャットとか、一部のマニアで噂が流れてて。
どうやらそこで、子供の虐待DVDが売られているらしいんです。
あくまで口コミ、なんですけど」

 西口が口をはさむ。

「それとベビードールの関係は?」

「ベビードールがネット上で公開している動画の総集編とか、
あそこのモデルの本番モノとか、そんな噂が」

 戸村は腕を組んで親指を顎に当てた。

「口コミ情報、もっと集めますか?」

「そうだね。確信がもてないと、動きようがない」

 肩を落す戸村に、

「そんなちんたらしてたってしょうがないじゃない!」

 勢いだって杉田が立ち上がった。

 しかし、杉田が自分の提案を口にする前に、事務所の電話がけたたましい音を立てた。

「……………」

 誰もが跳ねあがるほど驚いて、外線ランプの点滅する電話を見る。

「はい、キャット・ワーカーズ、戸村です」

 戸村が電話に出る。時計を見やる。ウイルスを送ってから、二十分弱。

『戸村さん、おたくでしょう? こんな悪戯をしてくれたのは』

「こんばんは、長谷川さん」

 にっこりと戸村が微笑む。

『どういうつもりですかねえ?』

「どうもなにも。それはこっちの台詞ですよ。
動画、消去してくれたんじゃなかったんですか?」

 電話の向うが、一瞬口ごもる。

『ふざけてんじゃねえ! てめえ、誰に喧嘩売ってると思ってんだ? 
ガキが! 顔貸せ!』

「自分の立場が悪いから、そうやって凄むんでしょう? 
そういうのね、カッコよくないですよ。まあいいや。
僕も話があったんです。ちょうどいいから、伺いますよ。
お金、返してもらわないといけませんから」

 一時間くらいで行けると思いますから、と、戸村は電話を切った。

「真ちゃん、榊さんに?」

 顔を強張らせた杉田の意見に、にっこりと戸村は人差指を立てた。

「チクった奴、クビね」

「でも、一人で………」

 戸村は自分のパソコンを閉じ、出かける支度を始める。

「柔道とか空手とか、ちょこっとやってるんだよね。護身術は得意なんだ。
一人ならなんとでも切りぬけられるよ。むしろ、一緒にいる誰かを助ける自信はない」

 飄々とした笑みの奥で、強い光が宿る。

「というわけで、解散。即刻退社して。ここの住所はバレてるから、何かあったら困る」

「戸村さんに全部かぶせるわけには」

 普段気弱な雰囲気の大門が、珍しく食い下がる。

「もともと榊の持ち込んだ問題だから。ありがとね、色々付合ってくれて。
大門には感謝してるよ」

 恥しげに大門は視線を落した。

 まず東が立ちあがり、帰り支度を始める。
急いで急いで、と戸村は手をひらひらさせている。
それぞれが、何も言わず、フラッシュメモリーにデータを落して持ち帰る。

「………真ちゃん」

「夜明けまでに連絡しなかったら、警察にでも行ってよ」

 冗談めかして戸村はニヤリとする。

「じいさん家の電話番号、俺は知ってるぞ?」

 無感情な東の声に、戸村は両手を振った。

「そっちはマジ怖いからやめてくれ。せめて警察くらいにしておいてよ」

 冗談だよ、と東は指を振った。

「ここにいるより、マンションの方が安全だから」

 全員が立ち上がってから、戸村は言った。

「あそこのセキュリティーはしっかりしてるもんね」

 杉田は諦めたように力なく笑って見せた。

 全員でビルを出て、戸村だけタクシーを拾うために大通りに向う。
東が無言で数メートルついてくる。戸村は立ち止ってふり向いた。

「本当に一人で行くつもりかよ? ばかじゃねえ?」

「普通じゃないよね。たぶんさ、普通の僕は十年前に死んじゃったんだよ。
でさ、本当にじいさんトコの電話番号、知ってる?」

「ああ」

「何かあったら、警察よりじいさんの方が機動力があるから。最悪ね。頼むわ」

 戸村はもう笑っていない。東はじっと戸村を見つめ、右手を握ったり開いたりしている。
その手をそっと戸村の鼻から下に当てる。頬から顎にかけてをぎゅっと掴むが、
戸村は顔色ひとつ変えず、東を見返している。

「………お前の脳みそが見てみたいな」

「死んだら解剖していいから」

 東は手を離した。

「まだとうぶん、死ぬつもりはないけどね」

 戸村は東のその手にキスをし、タクシーを捜して歩いて行った。

 東は踵を返し、事務所のあるビルの前を通り過ぎると、一番近いコンビニの外で、
仲間達が待っていた。

「東さん」

 大門が声をかける。東はそれぞれを見渡した。

「大門、さっき言ってた店の住所、わかるか?」

「これの中に」

 デイパックの中のフラッシュメモリーを指差す。

「杉田、偵察に行けるか?」

「もちろんよ。そのつもりだったの」

 杉田がにっこりと笑って見せる。

「西口と寺田はDVDの方の探りを続けてくれ。坂本はサイトの関連情報を」

 西口、寺田、坂本は頷く。

「大門は児童ポルノの情報集め。警察が喜びそうな奴な」

 大門は親指を立てた。

「それぞれ自分の部屋で。杉田は確認が取れたら、深入りしないで帰って来い」

「了解」

「俺は戸村の部屋にいる。何かあったら来てくれ」

 東はすぐにマンションに向い、
他のメンバーはコンビニで食料その他を買い込んでからマンションに戻った。