榊の車の助手席で、敦は会話のきっかけを探した。聞きたいことは山ほどあった。
あの、戸村という人のこと。だが、単刀直入には聞けない。

「………キャット・ワーカーズって、可愛らしいネーミングですよね」

 さりげない話題を口にしてみる。榊はハンドルを握りながら、苦笑した。

「ネーミングは西口さんと寺田さんだ。
猫の手も借りたい時には、どうぞご指名くださいってな。
パソコン関係の、いわゆる何でも屋だ。ホームページの作成からウイルス対策まで。
その道ではそれぞれがプロだ。小さな商店のネット販売の相談や、
初心者のパソコンやプロバイダー選びも手伝う。
大きな会社では相手にされないような些細な相談まで親切に乗ってやる。
癖の強い連中を取りまとめているのは、戸村さんの手腕だ」

 なるほどね、と敦は頷いた。

「みんな、若いね」

「戸村さんの大学時代の友人だそうだ。在学中に会社を立ち上げた。副責任者は東さんだ。
東さんはパソコンの構造まで知り尽している」

 それで戸村の隣にいたわけか。もともと友人同士で立ち上げた会社と言うのも頷ける。
みんなタメ口だから。榊を除いて。

 そこに何故榊が入ったのか。

 敦が質問しようと口を開きかけると、車はマンションの地下駐車場に入って行った。

 

 車を停めてから歩いて近所のコンビニに食料を買いに行き、マンションの部屋に帰る。
敦は込み入った話は口にせず、食べ物や飲物の話題で終始誤魔化した。

 部屋でコンビニ弁当を食べ、一息つくと、敦は不思議な感慨に耽った。
泊っていく、ということは、時間がたくさんあるということだ。
こんなことは、榊と付き合い始めてから初めてのことだ。
もっとも、そう言えるほど長い付き合いでもないのだが。

 まるで、怒涛のように。

 今回の、こんな事件でもなければ、敦は榊の部屋に泊めてもらいなんてことはなかっただろう。
外で食事をするとか、よくてセックスをするだけ。それだって、まだ一度しか経験していない。

 そんなことを考えると、下半身に血液が集中するのを感じる。期待している自分が恥かしい。
そんな時ではないのに。

 厄介ごとを持ちこんだのだ。榊にしてみれば、非常に迷惑なこと。
そして、榊の上司、戸村という青年を巻き込んでしまった。

「榊さん、俺………」

 謝罪が口をついて出ようとする。と、榊はそれを遮るように片手で敦の口に触れ、口元で笑んだ。

「敦は、謝ってばかりいるな。謝らなくていい。俺は、お前を助けたい。
年甲斐もなく、自分の息子ほどの年齢の男に惚れちまった。これは、俺自身の責任だ」

 口に触れる榊の手を握り、敦はその目をじっと見つめた。

 優しい目をしている。

 過去に何があったにせよ。

「榊さん、俺……どうしようもないガキだけど」

「俺も、どうしようもない極道の成れの果てだ。こんな俺でも、好いて慕ってくれる奴がいる。
それが、嬉しいんだ」

 そっと唇を重ねる。目を閉じ、敦はその感触を味わった。

 

 キャット・ワーカーズの事務所の明りは、十二時を過ぎても点いている。
それは、珍しいことではない。自由出社制。こと、こういう仕事の輩は夜行性が多い。

 その日残っていたのは戸村と東、坂本の三人だった。東は会社で寝泊りすることも多い。
自称ネットジャンキー。基本的に戸村は責任者として遅くまで残っていることも多いが、
体調管理のため、ふらりと帰る事もよくあった。

「戸村」

 自分の仕事を終え、あの厄介ごとのサイトを調べていた坂本が、帰り支度をする戸村を呼ぶ。

「この件、マジやばいよ。深追いしない方がいい」

 戸村は空いている坂本の隣の椅子に座ってモニターを眺めた。

「投稿写真が多いの?」

「たぶん、持ち込みだよ。ホストが画像を管理している。女の子もね。一見の画像じゃないよ。
捕まえた女の子は喰らい尽す、そんなところだ」

 掲示板もあり、そこでは武勇伝が朗々と書き込まれている。
もちろん、未成年に対する犯罪行為の報告だ。

「ヘンタイの集りだね」

 普通の人が見たら目を覆いたくなるようなアダルト画像が並ぶ。
東も反対側から覗き込んでいる。

「二人とも、よく平気だね」

 坂本は苦笑した。戸村と東は顔を合わせ、お互い肩をすくめる。
ネット世界に深く入り込みすぎた東は、あらゆるグロと呼ばれる映像を見て来た。
感覚が、麻痺している。そんな東を容認できるほどに、戸村は別の世界を知っている。
だから、東は戸村をボスとして認めるのだ。

「こういうのはさ、裏にやーさん絡んでるよ。手を出したらやばいって」

「昔からヤクザは女を食い物にするのさ」

 事も無げに戸村は言う。

「食えるなら、男も、だろ?」

 東の言葉に、戸村は肩をすくめて見せた。

「明日、とりあえずは榊を運転手で連れて行く。まあ、牽制程度にはなるだろう」

「ならなかったら?」

「警察に逃げこむさ」

 ニヤリと戸村は笑った。

「戸村、榊さんのこと」

 戸村と榊の関係は、大ざっぱには皆知っている。榊を入社させる時に戸村が説明したので。
一番詳しく知っているのは、東だ。坂本は、東の知っている一線を知りたくはなかった。

「好きにさせろよ」

 東は一言言った。

「ヤクザ相手にびびる戸村じゃない」

 戸村はおどけて舌を出した。

「僕に何かあったら、会社は東に任せるから」

「それだけは勘弁してくれ」

 坂本は大げさに両手を広げて見せた。

「東、怖ぇもん」

 無表情の東は、無表情のまま自分の席に戻った。

 

 敦は、榊とベッドを共にした。

 会社の他の人たちはまだ働いているのだろう。負目は確かにある。
だが、それ以上に抱合っていたかった。抱合っていれば、不安も薄れるような気がした。

 そして何より、お互いの気持ちを確かめ合いたかった。

 二度目のセックスは、初めての時より激しかった。
敦は強く深く榊を求めたし、榊もより激しく敦を求めた。

 うしろから抱きすくめられ、体内で榊の存在を感じながら、敦はうっとりと目を閉じる。
痛みはまだあるが、快楽の方がそれを上回る。
腰を揺さぶられるたび、鼻にかかる官能の声をあげる。
榊は体勢を変え、敦をくるりと反転させて正面を向かせた。
後ろからの方が深く入るが、喘ぐ敦の表情を眺めるのもいい。
榊の視線を感じながら、敦は腰を支える榊の腕に爪を立てる。
後ろだけでイってしまいそうだった。

「で…ちゃう」

 甘えるような声に、榊は敦のそれを軽く扱いて達するのを助ける。
すぐに敦は熱いものを放出した。

 ぎゅっと体の筋肉が収縮して、体内の榊を締めつける。榊はわずかに眉を寄せた。

 そうすることで、敦はより強く榊の存在を感じた。痛いほどの存在感。
何かが抜けていくような開放的な感覚に、ふと、脳裏を一人の青年がよぎる。

 上から見下すような傲慢な態度。子供に見せるような呆れた表情。笑った時の幼さ。
じっと見つめる、黒い瞳。

(榊)

 乱暴に呼び捨て、鼻であしらう。許可が下りるまで椅子に座ることもしない榊の従順な態度。
絶対的な関係。

(似ている)

 似ている? 社員の言葉が、妙に胸に突き刺さる。きれいな人だ。戸村って人。
すごく、きれいな人だ。魅力的で、カリスマ性がある。榊は、あの人が好きなんだろか。
でもあの人はボスで、手を出せる存在じゃない。だから、似ている俺を………?

「榊さん、まだ、イってないよね? ね、俺のナカでイって。お願い、ナカに出してよ」

 突然しがみついてくる敦に、榊はそっとキスを落し、
ゆっくりと、徐々に激しく、内壁を刺激した。

 

 以前、見知らぬ男とセックスした時は、絶対に中出しなんかさせなかった。
気色悪いと思ったから。でも今、こうして榊の快楽の証を受け止めると、
まるで自分が女の子にでもなったような気がした。ああ、そうだね、俺には子宮はない。
でも、あなたの全てが欲しいんだ。一滴たりとも無駄にしたくない。

 何度もキスをして、太い腕の中に倒れ込む。温かくて、安心する。

(ねえでも、榊さん、本当は、あの人のこと、抱きたいの?)

 ぎゅっと体を押付けると、榊は何かを察したかのように敦の髪を優しく撫でた。

「気にしているのか、似てると言われた事」

 わかっているんだ。自覚しているんだね。敦はこくりと頷いた。

 しばらく、言葉を捜すように榊は黙り込んだ。その沈黙が、敦の不安を呼び起す。
やがて、ゆっくりと榊は体を起して、ベッドに座った。

「話しておかなければならないな。戸村さんを巻き込んでしまったのだから」

 敦は顔を上げて榊を見た。

「戸村さんに、知られてしまったし」

 榊は、言い慣れない言葉のように「戸村さん」と発音する。
きっと、他に呼び名があるのだろう。

「榊さん?」

「すまない、敦。カタギの人間には、キツイ話だから。極道ってのは、本当に汚いんだよ」

 両手を組んで膝に置き、榊はうなだれる。敦は体を起してその腕に触れた。

「………俺はな、武田組って、ちっとは名のある暴力団の、構成員だった。十年前だ。
その頃、ちょっとしたヤクザ同士の諍いがあって。映画にあるような、アレさ。
切った張ったの血なまぐさい抗争だ。戸村さんのご両親は、その巻添えを喰っちまった。
奴らに、殺されちまったんだ。俺は、若いの引連れて乗り込んだが、間に合わなかった。
それでな、戸村さんの両親を殺し………真司さんを酷く傷つけた連中を、殺した」

 噛締めた歯の間から、苦しげな息が漏れる。敦は、榊の腕を握る指に、力を込めた。

「俺が人を殺めてムショに入ったことに、真司さんは責任を感じてしまった。
俺が悪いのに、そんな風に、あの人を追いつめてしまった。
こんな駄目な俺でも、ムショから出てくると、こうして引取ってくれた。
俺は、あの人には頭が上らないんだ。みっともない話だろう? 
憎んでくれたらよかったのにと、思う。敦、たぶん、お前が思っているのとは、違う。
似てるとか、似てないとか、そういうんじゃない。そう言う意味じゃ、ちっとも似てなんかいない。
俺は真司さんに生涯をかけて償う。そういう関係なんだ」

 敦は榊の手を握り、口元に持っていった。愛しさをこめて、キスをする。
それから、ちょっと笑みを作った。

「でも、社員の人たちは、似てるって言うよ? 本当のことを言ってよ。
本当に、似てるって、思わない?」

 照れたように口元で笑い、榊は敦を両腕で包んだ。

「………ああ、正直、最初は………始めてお前を見た時は、そんな感じもした。
あんな事件の起る前の真司さんに、ちょっとな。でも今は違う。本当だ、信じてくれ。
こんな風に、誰かを好きになるのは、初めてなんだ。自分でも、どうしようもないほど」

 ふふふ、と鼻で笑い、敦は榊の唇にキスをする。

「俺も。俺も、すごく榊さんのことが好き。
ずっと一緒にいたいって、抱き合いたいって、感じるのは始めて。
なんか、すごく幸せなんだ。最初からすごい迷惑かけちゃって、申しわけなくって。
でも、嫌いになんか、ならないでほしい。お願いだから、俺のこと、そばに置いて」

 抱き合い、何度もキスをして、榊は敦の耳元に囁いた。

「嫌いになんか、なるものか」

 

 

 

 翌日、出社する榊に敦ははにかみながら訊ねた。

「ここで、帰りを待ってていい?」

 榊は頷き、キスをし、部屋を出た。

 

 土曜だが、その日は全員出社していた。土曜も日曜もない。
基本的には週休二日だが、みんな休みたい時に休んで、出たい時に出る。
ようは自分の仕事をこなせばいいのだから。それでも全員のスケジュールは戸村が管理している。
時には、出勤日を戸村が決めることもある。仕事の割振りも、戸村の仕事だったから。

 榊の主な仕事は経理なので、平日出勤で週末は休みである。
だが榊も、週末もよく出てきて他の社員の手伝いをした。
他の連中ほどパソコンに慣れてはいなかったが、空いた時間はそれを勉強することに使った。
手の空いた者達が、代わる代わる榊に自分の仕事のありようを教えてくれる。
あの無口な東でさえ。ここは、居心地のいい、家庭的な職場だった。

「そんじゃ、ちょっくら出かけてきますわ」

 おどけた口調で戸村は立ち上がった。

「榊、車回して」

「はい」

 すぐに立ち上がり、車庫に向う。

「戸村、何かあったら、連絡しろよ」

 東は自分のパソコンから目も上げずに言った。

「頼りにしてます」

 ニッと戸村は笑う。坂本と杉田は心配げな視線を戸村に向けた。
心配しないように身振りして、戸村は事務所を出た。

 

 問題のサイトの事務所は、寂れた商店街と住宅街の間にあり、
その周囲一体はあまり治安がいいとは言えないような雰囲気があった。
狭い路地で駐車禁止ではあったが、車を停めても誰も文句は言わないだろうし、
現に無断駐車の車があちこちにある。築年数何十年といった雰囲気の、
地震には耐えられそうもない古い雑居ビル。一階は窓を黒く塗られたパブスナックだが、
営業しているかどうかは怪しい。その前に戸村は車を停めさせた。

「車で待ってな」

「いいんですか?」

「ヤクザの出入りじゃないんだよ」

 ニヤッと笑って見せる。榊は納得がいかないというように小さく肩をすくめた。

「坊ちゃん」

「戸村さん!」

 戸村に言い返され、榊はうなだれる。

「戸村さん、気をつけて」

「お前、今度坊ちゃんなんて言ったら、ぶん殴るからな」

 拳を握って見せ、榊の頬を軽く叩くと、戸村は雑居ビルの外階段を上っていった。  

 

 事務所というより、住居に近いつくりのようだ。昔の団地のような鉄の重たいドア。
カラフルなチラシが新聞受けに刺さったまま垂れ下っている。
戸村は「ビー」と鳴る古臭いチャイムを押して、しばらく待った。

 すぐに顔を出したのは、顔色の悪い、中年一歩前のような男だった。戸村はにっこりと

「お約束しました、キャット・ワーカーズの戸村です。社長さんいらっしゃいますか?」

 と訊ねた。男は戸村の上から下までをじろじろと見、ドアを開ける。
住む世界の違う人間。顔色の悪い男は、そう思っただろう。
なにせ、戸村は小奇麗なスーツを身につけ、髪にはフケなどもちろんなく、
育ちのよさそうな顔立ちに、
「僕は大学出ですから」と強調するような縁なしの眼鏡をかけている。

 中はやはり住居を改造したような作りになっている。片側には古びだキッチン。
居間であっただろう場所は、事務机が並べられ、数台のパソコンと電話。
奥にはふすまがあり、本来和室か何かがあるのだろう事を示している。

 部屋には三人の男がおり、先ほどの顔色の悪い奴、東より酷いネットジャンキーっぽい小汚い男、
そして、一応スーツを着た、小太りの中年男(こいつが責任者だな)がいた。

 さりげなくざっと部屋を見回し、また多少大きめの声で自己紹介をする。
すると、案の定小太りでスーツの男が寄ってきた。

「わざわざすみませんね。お掛けする場所もありませんで」

 愛想はいいが、油断のならない目だ。戸村は片手を出しながら

「とんでもない! 突然押しかけてしまって申しわけありません」

 と優等生風に挨拶をし、名刺を差出した。

「こんなにお若い方とは」

「恐れずに何でもやれるのは、若さの特権ですよ。それに、物欲も強いですしね」

 耳障りな声で男は笑った。

「長谷川です。まあ、責任者というのか」

「けっこうなものですよ。ホームページを拝見しましたけどね、
有料のアダルトサイトというのは儲かりますか?」

 単刀直入な物言いに、長谷川という男は苦笑いをする。

「まあそれなりに」

 自分でも部屋を見回し、それほど儲かっているようには見えない雰囲気に肩をすくめる。

「色々大変なのでしょうね」

 わかった風に戸村は微笑んで見せた。

「まあ、ところで戸村さん、そんな話でいらしたわけではないでしょう?」

 おや、と戸村は眉を上げて見せた。わかりましたか、と。

「あなたのような若くて野心家の方が、こんなアダルトサイトの運営場所になんか、
わざわざ見学になど来ないでしょう」

 戸村は笑みを崩さない。

「実は、そうなんです」

 さすがですねえ、と付け加える。

「いやあ、困ったことがありまして。知り合いの女の子がですね、悪い男に引っかかりまして。
援助交際、ようは売春な訳ですけど、そんなことをやってた彼女も悪いんですけどね。
引っかかった大学生に写真を取られて、なんでもこちらのサイトに載せると脅されたらしくって」

 ほう、と長谷川は驚いた風も見せない。珍しくないのだろうか。

「まだ高校生ですから。やったことは自業自得なんですけど、やっぱりねえ。
もし彼女の写真とかこちらに上っているのなら、差止めて頂きたいと思いまして」

「都合のいい話ですね、戸村さん」

「そう、都合のいい話なんですよ、長谷川さん」

 長谷川はその場を動こうとしない。

「私どもはアダルトサイトですがね、読者の投稿までは責任を負えませんよ。
わかるでしょう? 無責任な読者投稿が多くて、新聞でも版権の問題とか賑せているの。
そんなことにわざわざ来られたんじゃ、かないませんな」

 戸村も引かない。

「そうですね。でも、こちらがホストなら、投稿された画像の管理はできるわけですよね? 
投稿された時に削除することもできる。そうですよね?」

「気付けばね」

「そう、気付けばですけど。
見た限り、コンピューターに詳しそうなスタッフが揃っているじゃないですか。
ちょっと気をつけていれば、削除することも簡単でしょう」

「その気があれば」

「そう、その気があれば」

 ニコニコと戸村は笑顔を崩さない。

「彼女の両親が厳しくてね。もしネット上に娘のわいせつ画像が載るようなことがあれば、
間違いなく警察に訴えますよ。娘が恥をかいても。なにせ高校生ですから。
まずいですよね、そういうの。こちら、裏サイトあるじゃないですか。
ちょっと、警察沙汰はね、困りますよね」

 長谷川の笑みが強張る。

「脅迫ですか?」

「違います。示談の申し出です」

 スーツの胸ポケットから、戸村は封筒を取り出した。

「昔と違ってネガなんかありませんから。もし目の前で画像を消去してくだされば、十万出します。
いかがですか? たった一人の女子高生の画像で、十万です。悪い話じゃないでしょう?」

 長谷川の視線は、戸村のちらちら見せる封筒に注がれる。
小男だな、戸村は胸の奥でほくそえんだ。

「……十万ですか」

 よだれの出そうな口元を引きしめて、長谷川は視線を戸村の顔に戻した。

「ウチはね、投稿者から画像を買うんです。
そういう仕組なんですよ。完全会員制ですから。
いい画像を撮ってくれば、会員も儲かるという仕組です」

「へえ」

「どの子ですか? 探してみましょう」

 やっとかよ。戸村は舌打を我慢して、ポケットから印刷された写真を出した。
敦の携帯写真を印刷したものだ。制服姿の女子高生がにっこりと笑っている。

「シズネ、と名乗ってます。本名は違いますけどね」

 写真を手渡すと、長谷川はネットジャンキーっぽい男にそれを渡した。
受取った男は、画像倉庫を手早く検索する。

「ほんのニ、三日前です」

 戸村が言うと、ネットジャンキーの男は小さく頷いた。

 しばらくして、ジャンキーは長谷川を手招いた。見つけたのだろう。

「確認していいですか?」

 戸村が言うと、長谷川はちょっと嫌味な笑みを作った。

「そういうのがシュミならどうぞ」

 どういうシュミなんだか。戸村は反論せず、映し出された動画を見た。
敦の話していたとおりの内容だ。天性の女好きでアダルトサイトの常連の坂本は、
この手の内容は嫌がる。たぶん、普通のシュミの男なら、快くは思わないだろう。
なにせ、真剣に強姦しているのだ。もっとグロい映像を好む東は鼻にもかけないだろう。
東は戸村を「同類」と呼ぶ。たぶん、そうなのだろう。
東のようにそれを好んではいないし、それで興奮することもないが、
たぶん、どんなグロい映像でも無表情で眺められる。だから、この女子高生の映像も、

(殺されなくてよかったね)程度の感情で眺めた。

 少女の顔写真は、この映像の少女と一致する。制服も。「何をされたか」も。

「以上です」

 ジャンキーの男は言った。ほんの数分の動画だ。
たぶん、もっと長い奴がどこかに隠されているだろう。

「どうです?」

 長谷川の言葉に、戸村は

「間違いなさそうですね」

 と答えた。

「消去していただけますか?」

 ニヤリ、と長谷川が笑う。どうしようかなあ、と小声で呟く。

「いやあ、この映像ね、十万で買っているんですよ」

 うそつけ。この程度のもの、十万も出すかよ。戸村は悪態を笑顔で誤魔化す。

「困りましたねえ」

 封筒を出して、見えるように札束を覗かせる。
それを指で弾いて数え、きっちり十枚、机の上に置く。
そのあと、ズボンの尻ポケットから自分の財布を出し、(
有名ブランドの札入れだか、本当は個人愛用のものではなく、
こうした交渉の際見せびらかすために使っている)そこからさらに五枚、出して上に置いた。

「これが精一杯です」

 長谷川は札を拾い、指を舐めて数を数える。十五万。悪くはないだろう。

「わかりました。まあ、あなたのここまで来た度胸に免じて、これで交渉に応じましょう」

 ジャンキー男に指図すると、そいつは画像の上で消去をクリックした。
あっけなく画像が消える。

「ありがとうございます。これで安心して眠れますよ」

 戸村は得意の笑みを作って見せた。

 では失礼します、とドアまで行き、ふり向いてにっこりと笑う。

「わかっているとは思いますが、そちらの誠意を信頼しておりますから。
こちらとしても、大枚出しているのですしね」

「もちろんですよ。もう二度と会う事がないように祈ってます」

「こちらもです」

 ぺこり、と頭を下げて、戸村はドアを抜けた。

 ゴミの溜まった階段を降りる時、戸村はひとりの男とすれ違った。
狭い階段なので、戸村は端に避け、男はちらりと戸村を横目で睨んで階段を上っていった。
降りきった所で立ち止り、戸村はさっきの男があの事務所に入るのを確認した。
それから、車の助手席に戻る。

「どうでした?」

「交渉成立。十五万も払ったけどね」

 金は、最も信頼できるものだ。たいていの場合、金で解決できる。
金で解決しておいた方がいいことの方が、多々ある。
あの長谷川という男、それをわかっていればよいのだけれど。

「経理さん、必要経費で落ちませんかね?」

 ふざけた戸村の口調に、榊は首を横に振った。

「落ちません」

「仕方ないね。お前の給料から差っ引いとくよ」

「お願いします」

 榊はエンジンをかけた。

「事務所に戻ったら、残務整理して上っていいよ。敦、待ってんだろ?
 女の子にも連絡してやらなきゃな」

「ありがとうございます」

 車を大通りに出しながら、榊は自然と微笑んだ。

 

 金田が鉄のドアを開けて中に入ると、長谷川を含む全員が立ち上がって頭を下げた。
あの顔色の悪い男が帳簿を持って駆出す。
それを受取ると、金田は中を確認して帳簿をデスクに投げた。

「客が来てたのか?」

「たいしたことはないんです、金田さん。知り合いの女が写真を撮られたからって、
消去してくれって、金持ってきたんです」

 ふうん、と鼻を鳴らす。そんな風には見えなかったがな。

「確認はしたのか?」

「名刺が」

 戸村の名刺を見た金田は、眉を寄せた。

「あの、今月の上り分ですけど……」

「長谷川さんよ、もうちょっと頑張ってもらわないとなあ。組長に俺も頭が上らないわけよ。
わかる?」

 先ほど戸村の置いていった十五枚の万札を、長谷川は金田に差出した。

「さっきのガキが?」

「ええ。あの女子高生の動画でして。
金田さんもあんまり気に入っていなかったみたいなんで、まあこれで勘弁してやろうかと」

 ずいぶん出すじゃないか。一人で来るとは、度胸もあるし。

 金田はもう一度名刺を見た。

「戸村 真司」

「知っているんですか?」

 まさか、な。いや、本当に?

「その女子高生の画像、復元できるか?」

 ジャンキー男は「すぐに」と答える。

「あの、何か問題が?」

 戸村、トムラ、あの、十年前の? だとしたら、これは楽しめるぞ。

「金田さん、組長の方に……?」

「報告はしないさ」

 金田はサディスティックな興奮が首をもたげるのを感じた。