「バカヤロウ!」

 叫ぶなり、バドはレイの頭を殴った。

 一同はエドワードの家に集まっていた。

 クラウスの傷の手当てをしていたエドワードは、バドの怒りに唇を引きつらせる。

「無茶をするなと言っただろう!!」

 頭を抱えて肩をすくめたレイが、「ごめんなさい」と小さく呟く。

「大体お前は無鉄砲すぎるんだ! もうちっと頭を使え! 頭を! 
お前は暴れるだけしか能がないのか!」

 かなり立腹のバドに、クラウスの包帯を巻き終えたエドワードが仲裁に入る。

「まあ・・・バド殿、レイに怪我はなかったことですし」

「テメエの秘書が撃たれたんだぞ!」

「いえ、クラウスの場合、こんな軽症はいつものことですから」

 ヒクリ、とバドの鼻が引きつる。レイも、突然納得したようにぽんと手を叩いた。

「だから! エドワード卿の家にはいろんな薬品が常備してあるんですね!」

「そうなんだ」

 まるで風邪薬の話でもするように、エドワードはレイに笑いかけた。

 頭を抱えたのは、バドの方である。

「なんて滅茶苦茶な連中・・・」

 がっくりと肩を落とし、大きく溜息をついてから、
バドは自分の胸ポケットに大切にしまってあった小さなガラス瓶を取り出した。

「ホラこれ。ちびっとだぞ」

 受け取ったエドワードの表情から笑みが消える。

「1滴あれば成分が分析できます」

 中の透明の液体を眺め、クラウスに手渡す。
クラウスはビンを己のアタッシュケースに丁寧にしまった。

「明日、研究所にまわしてくれ」

「今すぐでなくてよいのですか?」

 思いがけないエドワードの言葉に、すぐに行動しようとしていたクラウスが眉を寄せる。

「明日でいい。お前も今夜は休め」

 息を詰めてエドワードを見つめ、クラウスはソファーに座りなおした。

「それっぽっちの液体のために、大立ち回りか」

 ぼやくバドに、エドワードは苦笑する。確かに、これっぽっちのモノの為に・・・・。

「そんなくだらない薬品のために、一族は多くの血を流してきました。
私は、そんな愚かな人間の一人です」

 バドは両手を広げて頭を振る。

「完璧な人間なんて、いないさ。だから人は、誰か他の人を必要とするんだろう」

 ふうと溜息をつき、バドはテーブルに置いてあった自分の車の鍵を手に取った。

「疲れたから、俺は帰る。今回の請求書は、明日にでも会社から回すから」

「わかりました」

 バドを見送るために、エドワードも玄関に向かう。
玄関に歩きかけたバドは、ふと足を止めて振り向いた。

「そこの怪我人、送ってやるよ」

 クラウスが驚きの表情を見せる。

「さっさと来いよ。俺は早く休みたいんだ。ビールでもかっくらってな」

 無言のままクラウスはエドワードを見やる。
エドワードは唇を吊り上げて、行くように目配せをする。
レイはクラウスのアタッシュケースを持ち上げて、ニコッと笑った。

「父さん、安全運転で帰ってね」

 アタッシュケースをバドに手渡す。

「エドワード」

 アタッシュケースを受け取ったバドは、エドワードをキッと睨んだ。

「いいか、大切な一人息子を預けるんだ。粗末に扱うなよ」

 エドワードの口元がほころぶ。

「もちろんです」

 誰かを愛する以上に、大切なことがこの世にあるだろうか。
エドワードはレイの肩を抱き寄せた。
レイもエドワードを見上げ、少し恥ずかしげに微笑む。
これは、やっと手に入れた『幸福』なのだ。

さっさと歩き出すバドを、慌ててクラウスが後を追う。

「また明日」

 クラウスにニヤリと笑いかけ、エドワードはレイの肩を抱いて部屋の奥に入って行った。 

 

 

 

 愛しさは増すばかりで、一時も離れたくはないと思う。

 服を脱ぎ捨て、エドワードはレイと抱き合ってベッドに横になった。
人肌のぬくもりは、数刻前までの興奮をやわらげてくれる。

「危険な目に合わせて、すまなかった」

 髪を撫でながら謝るエドワードに、レイは軽くキスをする。

「僕は、あなたの役に立てて嬉しいんです。
同じものを見られるのって、幸せなことだと思いませんか。
でも・・・僕のせいでクラウスさんに怪我をさせてしまった」

 触れてくるエドワードの指は、消毒液の臭いがする。

「私が恐れていたのは、撃たれたクラウスが逆上して、
男たち全員を殺してしまうことだった。
一歩間違えば、私もホセという男を殺しかねなかった。
レイ、きみが関わっていなければ、私たちはそういう手段を取りかねない。
私たちには、失うものなど何もないからね」

 哀しいことを言う。レイの蒼い瞳が潤む。

「そんなこと・・・言わないで下さい」

「今は、きみを何より大切に思う。そばにいて欲しい。レイ、愛している」

 唇を重ねて、レイは頷いた。

「エドゥアルト・・・僕も、本当に大切なものを知りました。きっと・・・・」

 あなたと生きていく以上に、大切なことなどない。

 お互いの心臓の音を感じながら、二人はいつまでも唇を貪りあった。

 

 

 

 バドがクラウスのマンションに来るのは、二度目であった。

 すっかり居着くつもりで、ビールやチキンなどを買い込んでくる。

 部屋に入るなり、バドはレイにしたのと同じようにクラウスの頭を殴った。

「バカヤロウ! 貴様もプロなら撃たれてんじゃねえ!」

 殴られた頭に手を当て、クラウスが肩をすくめる。

「無鉄砲な馬鹿は一人で十分だってのに・・・・心配の種を増やしやがって!」

 タイを外してテーブルに投げ、ビールのふたを開けて口をつける。

「すまなかった・・・レイを巻き込んで」

「あの馬鹿息子は、自分から巻き込まれたんだろうが。
むしろ、レイがもうちょっと大人しかったら、お前が撃たれる事もなかっただろうな。
悪かったよ」

 ソファーにどっかりと座り、バドはしおらしげに溜息をついた。
冷蔵庫からミネラルウォーターを出してきて、クラウスもバドの隣に座った。

「・・・レイがいなかったら、私はあの男たちを間違いなく殺していた。
レイには感謝している」

 視線を落とすクラウスを、バドが横目で見る。
持ってきた水を、ソファーテーブルに置いて、クラウスは視線を落とした。

「・・・・私は、与えられた任務を忠実にこなすこと、
敵意を向ける者を抹殺することしかできない。
それしか、教えられてこなかった。唯一の私の同類者であるエドワードが、
愛なんてモノを口にして、私は戸惑っている。
冷酷であると恐れられている私たちを・・・なぜお前は恐れない? 
何故レイは・・・あんなにも必死にエドワードを必要だと言えるのだろう」

 ビールを3口4口飲んで、バドはビンをテーブルに置いた。

「さあな。ものの見方は一辺倒じゃないってことだろう。
俺には、お前は生き方がわからずにもがいているガキにしか見えない」

 ふと。レイの言っていた輪の話を思い出す。

「メディスンホイール・・・?」

「ああ?」

 クラウスの口から、らしくない単語が出てきて、バドは小さく噴出した。

「ああ、なんだ、レイがそんな話をしたのか。珍しいな、
あいつが部族の教えを口にするなんて。そういう話、普段絶対にしないんだ。
溝が深まるからって。・・・・まあ、でもそういうことかな。
人は、自分にないものに惹かれるんじゃないかな」

 苦笑するバドに、クラウスは目を細める。

「俺だって、なんでお前なんかに関わるのか、自分でもわかんねえんだ。
放って置けないと思うし。俺はゲイじゃねえが・・・・なんつうか、
別にお前に言い寄られても気色悪いとか思わないしな。何でだろうな」

 膝の上で組んだ指に力がこもる。クラウスは自分の感情を理解しかねた。

「時間を戻すことはできない。
でもな、人間はいくつになってもやり直しはできると思うんだ。
お前がその気なら、お前が人間性を取り戻す手伝いを、俺はしてもいいと思ってる。
俺は一生の愛を妻に誓ったが・・・それくらいは許してもらえるんじゃないかな」

 顔を上げたクラウスに、バドはそっとキスをした。

「アレン」

 バドの唇がそう呼ぶと、クラウスは発作的にソファーにバドを押し倒した。
が、瞬間バドがクラウスの胸を両手で押さえる。

「待て待て! 何をする気だ、怪我人!」

「・・・・したい」

「あー? そういうことは怪我が治ってからだ!」

 目を瞬かせて、クラウスは身体を起こした。

「治ったら・・・させてもらえるのか?」

「んー・・・まあ、そうだな。たまにはな。痛くない程度に」

 クラウスの口元が緩む。バドはクラウスの金色の髪をくしゃくしゃと撫でた。

「お前の笑顔って、いいなあ」

 瞼にキスをしてから、バドはキッチンに投げ出したままのチキンを取りに行った。

「腹減ったよ。パーティーじゃ何も食えなかったし」

 にやりと笑う。

 クラウスはそんなバドを眺めながら、この男の隣にいる心地よさを味わった。

 

 誰かを愛する以上に大切なことなど、きっとないのだろう。