しばらくしてバドが到着すると、レイは父親に駆け寄り、簡単に事情を耳打ちした。
バドは頷き、ポケットの中のペンダントをレイの上着に滑り込ませた。
レイはにっこりと「あとで」と微笑み、会場の隅でクラウスに電話を入れ、
自分はまた何気ない素振りで会場を歩いた。

 

 クラウスから携帯の連絡を受けたエドワードは、出陣を決するように小さく深呼吸をし、
ホセ・ウェルマンを探した。

 どこぞの重役らしき男と話をしているホセを見つけ出し、
いつもの「エドワードらしい」スタイルを整え、近付く。

「失礼、ミスター・ウェルマン」

 ホセは驚いたようにエドワードを見、取り繕うように頭を下げた。

「これはエドワード卿! このようなパーティーにおこしいただきありがとうございます」

「いいえ。私の方から招待状を請求させていただきました」

 ホセの茶色い目がますます丸くなる。
そのような卑屈とも見える表情を見るのは、快感であった。
そう、自分はそんな立場に立っている。

「実は大切なお話があるのですが」

 ホセはきょろきょろと周囲をうかがい、先ほどまで話をしていた男は、
居心地悪そうにその場を去った。

「非公式な仕事の話です。もしよろしかったら、少し時間をいただけますかな?」

 背筋を伸ばしたホセは、「もちろんです!」と上ずりながら答えた。

「上に私の泊まっている部屋が在りますので・・・・」

「では、そちらに移動しても?」

 何かを期待するような、少し怯えるような目で、ホセは「どうぞ」と先を歩き出した。

 

 エドワードがホセを連れ出したのを確認し、レイは世間話をしている父親に近寄り、
目で合図をする。バドはレイに視線をやり、マダムを探した。

「バド!」

 運良く向こうから見つけてくれる。

「マダム、遅くなって申しわけありません」

 にこやかなバドに、マダム・ジェシカはわずかに頬を染めた。

「しばらくのお別れですね。残念です」

「私の方こそ。さっきレイにも会ったのよ」

「息子が何か?」

「別れるのが惜しいわ」

 両手を持ち上げたバドは、戸惑うように手を下げた。
レイのように公衆の面前で抱擁するわけにはいかない、そんな素振りだ。
マダムはそんなバドの素振りに、瞳を輝かせた。

「ああ、素敵なペンダントですね」

「主人からの贈り物なの。レイにも指摘されたわ」

 マダムが苦笑する。

「本当はあなたの作ってくれたネックレスの方が気に入っているのよ」

 曖昧に微笑みながら、バドは胸のうちで笑った。別にバド自身が作ったわけじゃない。
バド本人が商品を手がけることなど、ほんの稀だ。
まあ、デザインに口を出すことはあっても。

「いいえ、よくお似合いですよ。ところでご主人は?」

 きょろきょろと周囲を見回し、マダムは小首を傾げた。

「その辺で仕事の話でもしているんじゃないかしら? 私より仕事の方が大切な人だもの」

「そんな高価なペンダントを送ってくださるようなご主人でしょう。
マダムより大切なものなどないと思いますよ」

 マダム・ジェシカは表情をゆがめた。

「でももし・・・・こんなことを言ったらご迷惑でしょうね」

「おっしゃって!」

 瞳を輝かせてマダムがバドを見つめる。

「お別れに・・・もし少しお時間が取れるのでしたら」

「なにかしら?」

「・・・・もしよかったら、ですが・・・ドライブでも。ほんの少しですよ。
ニューヨークの思い出に、夜景の綺麗なところを案内したいのですが」

 まるで恋する少女のように、マダムは年甲斐もなく瞳を潤ませた。

「でも、ご主人に見つかったら大変ですよね?」

「待って! 主人がどこにいるか探してくるわ」

 マダムは急ぎ足で旦那の形跡を探した。
そして、うきうきした表情でバドのところに戻ってきた。

「今、仕事で席を外しているの。しばらくは戻ってこないわ」

 バドはにっこりと笑って見せた。

「では、こっそりと抜け出しましょうか」

「まあ! 学生に戻った気分だわ!」

 

 バドがマダム・ジェシカを誘惑しているのを確認し、レイは廊下に出た。

 会場の前に立っているあの男たちに見える場所で、わざとらしく携帯をあける。
相手はクラウスだが、周囲をうかがうようにわざとこっそりと話をしてから、
さりげなさを装い、絵の前の男の前を通り過ぎる。それから男を振り返ると、
怪訝そうに男は眉を寄せ、レイを呼び止めた。

「きみ・・・・」

「ごめんなさい、急いでいるので」

 引きつった笑みを見せ、走り出そうとすると、男はレイの腕を掴んだ。
そのはずみで、レイのポケットの包みが落ちる。

「!」

 それは、マダムのあのペンダントだった。

「・・・それを、どこで?!」

 慌てて拾い上げ、レイは男を一睨みし、エレベーターに駆け出す。
男は、反対側にいた仲間に合図を送り、レイを追った。

 

「なにかしら、騒がしい」

 抜け出す機会をうかがっていたマダムは、廊下のちょっとした騒ぎに眉をしかめた。

「さあ。私は先に車を出してきますよ。5分したら正面に降りてきてもらえますか? 
さりげなくですよ」

 わくわくと頬を染め、マダムは頷いた。

 

 駐車場に降りたレイは、周囲をうかがいながら走り回り、クラウスを探す。
柱の影から飛び出したクラウスは、レイの腕を掴んだ。

「何の騒ぎだ?」

「追ってくるよ、二人」

 ニッとレイが笑う。クラウスはため息をついた。
駐車場の二人は、クラウスが殴り倒して気絶させておいた。

「車で逃げよう。引き付けられるよ」

 堂々としたレイの態度に、クラウスも諦めの溜息をつく。

「こっちだ」

 レイの腕を引っ張る。

「リンカーンは?」

「会社の車を使うわけにはいかない。私の車を持って来てある」

 用意がいいんだ、とレイは感心してクラウスについていった。

 そこに用意されていたのは、銀のフェラーリ。

「うわ、バッドボーイズみたい!」

「?」

 車を開けながら、クラウスは言っている意味がわからないと眉をしかめる。

「映画だよ。観ないの?」

「観ない」

 二人は車に乗り込むと、エンジンをかけた。そのまま、本当に追ってくるか数秒間待つ。
見張りの男は4人に増えていた。

「全員を引き付けたい」

 レイの言葉に、クラウスはダッシュボードからハンドガンを取り出した。
サイレンサー付である。

「本当に撃っちゃダメだよ!」

「あてなければいいのだろう?」

 クラウスは男たちの足元を狙って撃った。
男たちも銃を取り出し、走り出すフェラーリに撃ってくる。

「数を数えろ!」

 それぞれ自分たちの車に乗り込む男たちを、レイが数える。

「5人!」

「では、出る! シートベルトをしていろ!」

 アクセルをいっぱいに踏んだフェラーリが、タイヤをきしませて駐車場を飛び出した。

 

 ちょっとした銃撃戦を眺めていたバドは、大きく溜息をついた。

「派手にやりやがって・・・。あとでシメてやる」

 

 ホセは、なんとなく外が騒がしいのに気がついた。

 派手な演出はレイの仕業だな、と、エドワードは片手をこめかみに当てた。

「ミスター・ウェルマン」

 外が気になる様子の男を呼び止める。

「他に気になることがおありなのでしたら、どうぞご自由に。
パーティー会場には、まだ私の話を聞いてくれる者が大勢いるでしょうから」

 慌ててホセはソファーに座りなおした。

「そのようなつもりはないのですよ! サー・キング! 
・・・で、その土地の売買理由でしたね」

「ええ。内密に話を進めたい理由をですね、ご理解いただきたいのです」

 声をひそめるエドワードに、ホセは集中するように顔を近づけた。

「州知事から内密に売却を要請された土地ですが、実は公にできない理由があるのです」

 ごくり、とホセが息を飲む。

「70年代、軍が所有していた土地の近くでして・・・・核実験場の風下にあたります。
もちろん、もう20年以上も実験は行なわれておりませんし、危険は確認されておりませんが。
ですが、・・・こういったことにはいろいろと問題視する輩もおりますゆえ。
できれば海外の企業に売却し、知らなかったことにしていただきたいのです」

 見開いたホセの瞳を見つめていたエドワードは、確信を持っていた。
この男なら、これだけ安価で好条件の土地なら、
多少いわくがあろうと絶対に手放さないだろう、と。

「もちろん、条件どおりお買い上げいただけるのでしたら、
私どもキング財閥も開発のために全面的に協力いたしましょう。
・・・どうですか? 悪い話ではないと思いますが」

 ホセは息を飲んだ。

「契約の話を進めてもよろしいですか?」

「も、もちろんですとも!」

 エドワードは口元を吊り上げた。

「今夜中に話がつきましたら、明日の朝には正式な契約書をお送りできると思いますよ。
なにせ、知事も急いでおりますので」

 

 マダム・ジェシカを助手席に乗せたバドは、郊外の公園に車を走らせた。

 5分もする頃、一度車を路肩に停め、
後部席のクーラーボックスから小さなワインのビンとグラスを出してくる。

「カリフォルニアワインです。アメリカの思い出に」

 にこやかに注いで差し出す。マダムはにっこりと微笑んだ。

「あなたはお飲みにならないの?」

「私は運転手ですから」

 丁重に断り、マダムがワインを口にするのを確認して、また車を走らせる。

「こんなにドキドキするのは久しぶりだわ」

 バドの軽い世間話に、マダムのワインもすすむ。

「私もです」

 マダムがワインを飲み干すのを横目で見ながら、バドは相打ちを打った。
こんなに緊張するのは、久しぶりだ。

 しばらくすると、マダムの頭がコクリコクリと揺れ始める。
その手からグラスを取って下に置き、予定通りの空き地に車を停める。
ひとつ溜息をついてから、バドは眠るマダムの胸元からペンダントを外し、
車の車内ランプに照らし出した。いい作りだ。
だが、中の液体を出し入れするためか、溶接は簡素になっている。これなら何とかなりそうだ。

 バドは携帯電話を取り出し、レイに電話をかけた。

「今から作業にかかる。1時間・・・だな。なんとかもたせろ」

 電話の向こうのレイは、興奮気味に了承した。

「無茶するなよ」

『大丈夫、クラウスさんがいるから』

 どちらがどちらのお守りなんだか・・・。
バドは電話を切って、トランクから工具を取り出し、早速作業をはじめた。

 

 タイヤをきしませながら右に左に走る車の中で、
レイは電話を切って引きつり気味にクラウスに笑いかけた。

「1時間、逃げて」

「簡単に言う」

 言うなり、クラウスが急ハンドルを切って路地を曲がる。

「無理?」

「向こうに見失わせないようにしなければならないからな」

 めちゃくちゃな運転をしているかと思えば、突然スピードを緩めて後続車の様子をうかがう。
そんなクラウスのドライビングテクニックに、レイは驚きと興奮の歓声をあげた。
のんきなものだ、とクラウスは肩をなでおろした。

「私が怖いのではなかったのか」

「怖いよ」

 急ハンドルに足を踏ん張りながら、レイはおかしそうに笑う。

「自分や他人を傷つけても痛みを感じない人間の目は、冷たいもの。
エドワード卿をはじめて見たとき、この人は怖いと思った。でも」

 シートに背中を押し付けて安定を保ちながら、レイはクラウスに笑いかけた。 

「あの人に抱かれていると気持ちいい。
エドゥアルトが唯一心を許している人があなただから、僕もあなたを信じる」

 めちゃくちゃな論法だな。後続車に気を配りながら、クラウスはレイを横目で見る。

「でもね、・・・・バドを傷つけたら許さないよ」

 驚きに眉を上げ、クラウスは表情を複雑にゆがめた。

 

 作業は予定通り順調に進んだ。中の液体をすり替え、溶接しなおして出来具合を確認する。
熟練された職人ほど上手くはないが・・・まあ、及第点だろう。
時計を見やり、1時間経っていないことに我ながら満足する。
それから急いで運転席に戻り、マダムの胸にペンダントを戻し、レイに携帯をかける。

「終わった。今から会場に戻る」

 向こうでは何をしているのだか。興奮しているレイは了承の返事をした。

「クラウスに・・・あの馬鹿に言っておけ。息子を傷つけたらただじゃ済まないとな!」

 レイはただおかしそうに笑っている。溜息をついてバドは電話を切った。

 

 電話を切ったレイは、クラウスに親指を立てた。

「終わったよ」

 1時間近くもカーチェイスをやらされている後ろの車は、
そうとう苛立っているのか、数分前から銃を撃ってきている。

「レイ、私から離れるなよ」

 レイが答える間もなく、クラウスは空き地に車を乗り上げ、距離を保って停止させた。

 

 商談がほとんど終わりかけた頃、ホセの私室に一人の男が入ってきた。
駐車場で見張りをしていた男が、意識を取り戻したのだ。

「何事だ?!」

 苛立たしげにホセが立ち上がる。男はエドワードを睨みつけながら、ホセに耳打ちをした。
ホセの表情が青ざめ、冷静なエドワードを見る。

「何か?」

 感づかれたか。エドワードは覚悟を決めながらも冷たい表情を保った。

「・・・・そちらの秘書と思われる人物が、私の護衛を気絶させて逃走しているようです。
エドワード卿・・・これは、どういうことですか?」

 

 車から降りたクラウスとレイを、銃を構えた5人の男たちが取り囲む。

「そのポケットの中の物を渡してもらおう」

 レイはクラウスを見上げ、肩をすくめる。
クラウスは半歩レイの前に立ち、体半分をレイの前面に持ってくる。
レイはペンダントをクラウスに渡し、クラウスはそれを男たちに投げた。

「どこで盗んだ?!」

「盗んだなんて、人聞きの悪い。それ、うちで作ったイミテーションだよ」

 飄々と答えるレイを、たしなめるようにクラウスは自分の後ろに押しやる。

 驚いた男たちは、かわるがわるペンダントを手にとり、
酷似しているが確かに別物であることを確かめた。

 レイはぺろりと舌を出す。

「こういうの、愉快犯、っていうんだよね?」

 怒りに震えた一人の男が、持っていた銃の引き金を引いた。

 

 会場に戻ると、バドはマダムを揺り起こした。

「起きてください。ホテルに着きましたよ」

 何度か目を瞬いて、マダムが目を開ける。

「・・・・私・・・眠って?」

「お疲れだったんでしょう」

 何食わぬ顔で、バドは微笑みかけた。マダムは恥ずかしげに頬を赤らめ、俯いた。

「・・・・ごめんなさい」

「かまいませんよ。私だけドライブを楽しませてもらいましたから。いい思い出ができました。
でも、あまり長い時間会場を空けてはよくないと思いまして」

 マダムははにかむように口元で笑みを作った。

「残念だわ」

「また、アメリカに帰ってきたときに、お付き合いをお願いします」

 小さく頷いて、マダムは車を降り、会場に戻って行った。

 

 この数十分の出来事を、ホセは遅ればせながら報告を受けた。

「ペンダントが?」

 護衛の男はエドワードが逃げられないように、入り口に立っている。

「・・・妻は・・・ジェシカはどこだ?!」

 ホセが叫ぶ。すると、突然ドアが開いて、その本人、マダム・ジェシカが入ってきた。

「まあ、あなた? いったいどうなさったの?」

 わけがわからないというように、マダムは驚いて目を丸くしている。

「ジェシカ! ペンダントは?」

「何を言っているの、あなた? ペンダントならここに」

 自分の胸元を示す。ペンダントに触れ、存在を確認したホセは、
青ざめながらエドワードに振り向いた。立ち上がったエドワードは、憤慨した表情を見せている。

 と、護衛の男は、クラウスを追っていた男たちから電話を受けた。
その男も血の気を失せさえ、ホセに耳打ちをする。

「・・・・・騙されました・・・・」

 ホセは妻をドアの外に押しやり、きっちり閉めてから困惑気に口をパクパクさせる。

「それで?」

 エドワードの声は冷たい。護衛の男は、ホセを守るように銃を抜いた。

「逃亡していた男を撃った」

 

 銃口は、レイに向けられていたものだった。
が、クラウスの反応は早く、その銃弾を己の肩に受けた。

「クラウスさん!」

 片膝をつくクラウスに、レイは悲鳴をあげてしがみつく。

「大丈夫、かすっただけだ」

 ぎりぎりと歯軋りをしたレイは、男たちを睨みつける。
再び銃を構えなおす男に、素早く走りよったレイは、その手を蹴り上げた。

「ガキ・・・!」

「正当防衛だよね!」

 まるで一匹の獣のように、俊敏な動きでレイは男たちに殴りかかる。
傷口を片手で押さえていたクラウスは、首を横に振った。
ヒトには自重しろとか言っておきながら・・・。

「レイ! 左!」

 クラウスが叫ぶと同時に、レイの左肘が左背後の男の顔面を打つ。

「まるでなってない!」

 クラウスは呟いて、武器を抜こうとする男を順に、ほとんど一発づつで伸していった。

 

 逃亡していた男を撃った。

 その一言は、エドワードを怒らせるのには十分な一言であった。
つかつかと護衛の男に歩み寄り、突然足を振り上げたかと思うと、
その肩口に向かって振り下ろした。

 悲鳴をあげて、男が倒れる。

「ミスター・ウェルマン、私を怒らせない方がいい」

 こつこつと靴で床を叩く。ホセはずるずると床に崩れ落ちた。

 

 レイとクラウス以外、立っている者がいなくなると、クラウスはエドワードに携帯をかけた。

 

 クラウスから電話を受けたエドワードは、ホセを横目で睨んだ。

「私の秘書として、疑わしき安易な行動は避けるように」

 携帯を切り、冷たくホセを見下ろす。

「どのような理由があろうと、私に銃口を向けるなど、愚かにもほどがある」

 肩の骨が折れてうめく男を、エドワードは足で蹴ってドアの前から退かした。

「ミスター・ウェルマン。銀狐を甘く見ないことだ」

 出て行くエドワードを、がたがたと震えながらホセは見送った。