20年後。 エドワード・キングは、『パルス』の新鋭デザイナーのパーティーに呼ばれていた。 エドワードは、キング財閥の若き会長である。 茶色がかったその銀色の髪から『シルバーフォックス』の異名も持つ。 業界では、『シルバーフォックスに逆らってはいけない』というのが通説だ。 エドワードはファッションには興味などないし、 パーティーの類も好きではなかったが、 アパレル関係の会社も所有している手前、これも抜けられない仕事である。 仕事にかこつけて遅れて登場し、また仕事にかこつけて早めに退散するつもりであった。 とりあえず、パーティーの主であるミズ・レベッカを探す。 挨拶さえ済んでしまえば、どうにでも逃げられる。 会場の奥に、派手な金色のドレスに身を包んだ主を見つける。 話し掛けてくる輩を適当に(もちろん丁重に)あしらい、主に近づくと、 ミズ・レベッカは誰かと話をしていることに気が付いた。 少女・・・・・いや、少年である。 長い黒髪にチャイナ風のドレス。 腰まで入ったスリットからは、黒いパンツが見えている。 小柄でほっそりとした姿は、エキゾチックで目を奪われる。 「・・・・お父様は?」 「すみません。仕事で海外に。・・・でも、パリコレの成功を喜んでいました」 「うれしいわ。『ヴェルダ』のアクセサリーのおかげよ」 「とんでもない! うちのような無名の店のものを使っていただけて、光栄です!」 「まあ、謙遜ね」 クスクスと笑うレベッカは、エドワードの存在に気が付いた。 「エドワード卿! いらしていただけて光栄です」 ドレスのすそを持ち上げ、頭を下げる。 「コレクションの成功、おめでとうございます」 エドワードは口元に笑みを作った。 実際は、パーティーの数時間前に秘書からその写真を見せてもらっただけなのだが。 「フォークロアを優雅にアレンジしたところが好評だったようですね。 今年の流行はユニセックスだとか。 シャネルやディオールとも肩を並べる評判だったと聞きました」 それも、数時間前の秘書からの受け売りだ。 「ええ、そうですの。今までフォークロアといえば、 大胆な色使いやエキゾチックさを表面に出してきましたけど、 それをヨーロッパ風にアレンジしてみましたの。 同じデザインの服を男女共有できるというのが、 ファッション業界の今の流行ですから」 隣にいる少年に、ちらりと目をやり、レベッカはまた微笑んだ。 「彼のイメージが強かったかしら」 エドワードは、その少年に見入った。 そんなに見つめては失礼だろうと、普段なら判断するのに、目が離せない。 黒髪の少年は、不思議な雰囲気を持っている。 癖のないまっすぐな黒髪と、健康な少年らしい日焼けした肌。 服装からしても、それだけ見ればチャイナ系かと思われる。 だが、どこか違う。瞳は・・・・南国の空のように澄んだ蒼だ。 「宝石店『ヴェルダ』の御曹司、レイ・ブラント君です。 このドレスも私がデザインしましたの。モデルのように上手に着こなしてくれますわ」 社交界慣れしたような曖昧な笑みで、少年はエドワードに片手を差し出した。 「レイ・ブラントです。はじめまして」 「レイ、こちらはキング財閥の会長さんよ」 まるで自分の息子のように、レベッカは少年を呼び捨てた。 エドワードも名乗り、差し出された手を握る。 「奥様にプレゼントをなさる時は、ぜひご相談ください。 わが社は自社生産ですので、ご要望にあったものを作らせていただきます」 「まあまあ、仕事熱心ね!」 たしなめるようなレベッカの言葉にも、レイは悪びれない。エドワードは苦笑した。 「残念だが、独身なので」 ちょっとだけ驚いたようにレイは形のよい眉を上げたが、 それ以上の言葉は慎むように微笑んだだけだった。 「失礼します」 軽く頭を下げ、レイは人ごみに紛れて行った。 「おや、レイ君。中国人かと思ったよ」 「えー? 似合うでしょう?」 「君は、いったいいくつの顔を持っているんだい?」 そんな談笑が聞こえてくる。 モデルらしき男女に囲まれながら、ちらりと振り返ったレイの、 蒼い瞳がエドワードの胸を刺した。 「不思議な・・・・子ですね」 「そうなんです。うちのモデルが、 個人的にひいきにしていた宝石店の息子さんでして。 紹介された時に、私も一目で魅了されてしまいましたわ。 彼のおかげで新しいデザインが思い浮かんだほど」 エドワードの視線の先で、レイはもう人ごみに紛れて見えなくなっていた。 「失礼ですが、あの目の色は・・・・・」 「社長のバド・ブラント氏は、輝くブロンドとレイとまったく同じ目の色をしています」 「ではお母様が・・・・アジア系ですか?」 レベッカは、ちょっとだけ神妙に笑みをこわばらせた。 「ネイティブです。お話だけしか、知りませんが」 壁際に寄りかかり、エドワードはグラスの中のあめ色の液体を揺らしていた。 あの少年のことが、頭から離れない。 セレブ御用達の高級宝石店に、ネイティブは似合わない。 嫌な話だが、そういう世界なのだ。黒人である方が、まだましなくらいだろう。 少年の父親は、変わり者なのか。 よほどの自信家なのか。 「お暇ですか?」 シャンパンの泡の向こうから、蒼い瞳に見つめられ、 エドワードは驚きの声を上げそうになった。 「ミズ・レベッカは、ご理解のある方ですから」 首を傾げて少年が微笑む。 「父は、肌の色で人間をより分けるような人とは、取引をしません」 考えていたことを読まれたようで、エドワードは気恥ずかしさを感じた。 そんなつもりはなかったが・・・。 「けれど、キング財閥の会長さんともなると、 僕のような混血と話をしただけでも軽蔑されかねませんね。失礼します」 くるりと背を向けて歩き出す少年を、エドワードはなぜ呼び止めなかったのか。 自尊心か。 差別意識はもっていない。誤解だ。そう心の中で叫んでみても、届くはずもない。 エドワードは、地下の駐車場で待っている秘書に携帯電話をかけた。 「もう少し会場にいる」 『早めに戻って仕事をなさるのでは?』 この秘書、パーティーに列席することも、ロビーで待つこともできるのに、 自ら望んで車の中にいる。人と会うのがあまり好きではない男だ。 車の中で、ノートパソコンで仕事の続きをしている。 エドワードは、口元を引きつらせた。 「予定変更だ」 電話を切り、またあの少年を探す。 なぜか、あの少年を視界に入れておきたかった。 パーティーは社交の場で、営業の場でもある。 著名人たちとどうでもよい話をしながら、エドワードはそれとなく少年の姿を探す。 少年はモデルたちと仲が良いようで、談笑している姿をちらちらと見かけた。 銀行屋の重役に捕まっている間に、少年の姿を見失う。 恰幅のよい男を適当にあしらって、 エドワードは少年がさっきまで話をしていたモデルに近寄った。 「レイ? さあ・・・そういえば見えませんね」 なんてことないように、背の高い男性モデルは作り笑いをする。 「あの子は神出鬼没だもの」 そばにいた女性モデルが笑う。 「卿はあの子に興味が?」 意味ありげな男性モデルの視線に、エドワードは不快そうに眉を寄せた。 「あの子を欲しがる金持ちは多いんですよ。毛色が違いますからね。 でも、あの子は誰のものにもならないし、強引に手を出したら、 父親のバドに殺されますよ!」 「そのようなつもりは、ない」 鋭いエドワードの視線に、男性モデルは怯まないが、 その腕を隣にいた女性が引っ張った。 「やめなさい。失礼よ」 それからエドワードに向かい、困った風な笑みを見せる。 「すみません。ジーンはあの子の信奉者なの。ナイトを気取りたいのよね」 「余計なことを言うなよ」 ジーンと呼ばれた男は、唇を尖らせるが、怒っているわけでもなさそうだった。 「レイをお探しなら、ご自分の足でこのホテル中を歩き回るしかありませんわ。 何処かの階の絵画に見惚れているかもしれないし、 中庭で星を見ているかもしれませんから。そういう子なんです」 エドワードは小さくため息をつき、簡単に礼を言ってモデルたちに背を向けた。 つかみ所のない少年。 たかが宝石屋の息子ではないか。執着するのは馬鹿らしい。 エドワードは頭を冷やすために、中庭に面したポーチに出た。 こんな都会では、星は見えない。嘯きながら、外を眺める。 と、中庭の先の通りに、あの少年を見つけた。そんなことで心臓が高鳴る。 別に星を眺めているわけではなさそうだ。飄々とした足取りで外に出て行く。 エドワードはそれとなく、それでも足早に会場を出て少年を追った。 自分でも、馬鹿なことをしていると思う。 レイはタクシーを拾い、エドワードも同じようにして少年の後を追う。 自分の家に帰るだけにしては、様子がおかしい。 さりげない足取りだが、周囲に気を配る視線は、鋭かった。 エドワードは、レイに何かを感じていた。そういうカンは、鋭い方だ。 タクシーは郊外に出て、街灯もないような空き地まで走り、 レイはそこで車を降りた。 倒産したまま新たな買い手がつかないような、 壊れたスーパーマーケットの雑草だらけの駐車場。 エドワードも、離れた所で車を降りた。 ここから帰りのタクシーを拾うには、15分は歩かなければならないだろう。 それだけ大きな通りからは離れている。 建物の陰に隠れて、エドワードは様子をうかがった。 真っ暗でだだっ広い駐車場の真ん中で、レイは何かを待っている。 5分としないうちに、遠くから車のヘッドライトが見えてきて、 レイの100メートルほど手前で停まった。 「ご要望は、スピードボールだったかな? それともエクスタシー?」 車から出てきた男は、レイの姿を確認するなりニヤニヤと下品な笑いを見せた。 「セックスを楽しむなら、官能の錠剤かな」 「支払いは?」 レイは服の中に手を滑り込ませ、布張りの箱を取り出すと、それを開けて見せた。 「スタールビー」 「信用は?」 「お互い様」 男はにやりと笑い、車から小ぶりのバックを持って出てくる。 エドワードは、息を殺してやり取りを見守った。 車の中には、更に二人。エドワード一人でも蹴散らせる人数だ。 ルビーの箱とバックが交換される。 レイはバックを開け、中から青い錠剤を一粒取り出すと、ぺろりと舐めてまた戻した。 「・・・・・・・・」 エドワードは眉をしかめた。レイは、錠剤を戻す時、 さりげなく自分の腕時計をバックの中に滑り込ませた。 「楽しみたいなら、クラブの方に来てくれればいいのに。 うんと楽しませてやるぞ」 男の手がレイの頬を撫でる。レイはにやりと笑い、避けるように一歩後退った。 「輪姦されるのは趣味じゃない」 箱のルビーを確かめ、上着のポケットにしまうと、男も数歩下がった。 「子供の遊びにしては、大量すぎないか? キロ単位の取引など、火遊びにもほどがある」 「僕は強欲なんだ。それに、こんな所で無駄話をしているのも好きじゃない」 レイは癖のようにちょっと首をかしげ、背を向けて男と反対の方向に歩き出す。 フフ・・・と鼻で笑っていた男は、突然銃を取り出した。 「子供の遊びにしちゃ、危険すぎるな」 銃口を少年に向ける。 「バックを地面に落として、そのまま振り返らずに帰れ。脅しじゃないぞ」 足を止めたレイが、ぼとり、とバックを落とす。そして、両手を上に挙げた。 「いい子だ」 走り寄った男がバックを掴み、車に戻る。 男が車に乗り込む前に、レイは振り向いて笑った。 ぞっとするような、冷たい笑みだ。 「痛いよ」 警告するように呟く。 男は何のことかと首を傾げたが、気にすることもなく車に乗り込んだ。 「・・・・・3・・・2・・・1」 車のエンジンがかかる。 「ドカン」 レイの言葉と同時に、車の中が閃光し、窓から煙が上がった。 「!」 様子をうかがっていたエドワードは、息を飲んだ。 あの腕時計、爆発物だったのか。 アレだけ小さいのだ、たいした破壊力はないだろうが。 車の中から男たちが飛び出してくる。 煙にまみれてはいるが、怪我をしているようには見えない。 「ガキが!!」 銃が引き抜かれ、銃弾が飛び交う。 レイは身を伏せてそれを避け、驚くほどの素早さで男たちに駆け寄り、 一人の銃を蹴り上げた。小さい体は瞬発力がある。 蹴り倒した男のポケットから、ルビーの箱を奪い取る。 「だから警告したのに。これは返してね。本物だから」 箱を服の中にしまいこみ、逃げるように走り出す。 エドワードは警察を呼ぼうと携帯電話を出したが、 それより早くパトカーのサイレンが聞こえてくる。 計画的だったのか・・・・・。 携帯を戻し、レイを探す。 飛んでくる銃弾を避けながら、建物に走り込もうとしている。 「・・・・!」 エドワードは思わず声をあげた。 銃弾がレイの足を掠め、レイが地面に転がったのだ。 動きの止まった少年に、男が走り寄ってくる。 レイは反撃の態勢を取っていたが、その前にエドワードが走り出た。 「?!」 エドワードは両手を広げ、武器を持っていないことを示す。 男が怯んだ隙に、広げた手を握り締め、男の顎を殴りつけた。 ギャッと悲鳴をあげ、男が倒れる。 あと二人。 呆然としているレイの視線を背に、二人目を固い革靴の底で蹴り倒し、 裏拳で三人目の鼻を潰す。 とんだ雑魚だ。 ものたりない、というように鼻を鳴らし、レイに走り寄り抱きかかえる。 サイレンの音が近づいてきている。 呆然と口を開けたままのレイを抱きかかえたまま、サイレンとは反対の通りに向かう。 エドワードの腕の中で、レイは後方を見て叫び声をあげ、正面を見て息を飲んだ。 鼻を潰された男が、銃口をこちらに向けて立っている。 だがその男が引き金を引く前に、 突然エドワードの前に現れた黒塗りのリンカーンの窓が開き、 銀色のハンドガンが煌いて背後の男の腕を撃ち抜いた。 「クラウス!」 運転席が開き、長身の男が出てくる。 「何の騒ぎですか」 不機嫌な口調で後部席のドアを開ける。 エドワードはその中にレイを押し込み、自分も乗り込んだ。 後部席のドアが閉められると、更に二発、無表情のクラウスが引き金を引く。 銃声が止んだのを確認して、その長身の男は運転席に戻った。 「勝手に会場を抜け出して。単独での行動はお控えください。 それに、この騒ぎ。警察を黙らせるのは簡単ですが、 そのうち痛くない腹を探られますよ」 小言には慣れているのか、エドワードは肩をすくめた。 「・・・・病院に行きますか?」 バックミラーで、クラウスはレイをちらりと見た。レイは首を横に振った。 「私の家に」 エドワードは答え、そのあとはクラウスは無言で車を走らせた。