かくして、次の日曜日。

 あの日の早退を部長にこっぴどく怒られ、事情を知ってる市原にはいびられ、
竜之介は徹夜状態を何日か強いられた。

 土曜の夜遅くマンションに帰ると、誠司が夜食を作って待っていてくれた。
ああ、ありがたいものだ。何日も家を空けても、洗濯物が山になったり、
出しそこなった生ごみが異臭を発していたりしないんだもんな。
静は、よくこんな楽な生活を捨てたものだ。

 満腹になってごろごろしていると、誠司がにやにやしながら覗き込んでくる。

「ダディ、満足した?」

「ダディはよせ。気色悪い」

「ハニーの方がいい?」

 誠司の意図を察して、竜之介はがばっと起き上がると、誠司を押倒した。

「い・・・・いいか?」

「どもるなよ。今更」

 

 ああ、神様。私の欲望を満たしてくれて、ありがとう。

 

 竜之介は、何度も誠司にキスをした。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 目を閉じて愛撫を受けていた誠司は、ふと目を開けた。

「・・・・・・・寝てるし」

 もそもそと起き上がると、疲れきった竜之介は、爆睡していた。    

「ありえねぇ! 竜之介、ばか!」

 

 そんな昨夜の出来事をまったく覚えていない竜之介は、
まぶしすぎる光と冷たい秋風に目を覚ました。

「・・・・あー・・・?」

「おはよう! 竜さん! いい天気だよ!」

 朝日に負けないくらいのとびきりの笑顔。

「あー、おはよう」

 寝ぼけ眼で笑って見せる。

「はい、起きて起きて! シーツ洗うから。布団も干さないと! もう、臭いよ!」

「臭いかー?」

「服着たまま寝たでしょう? 早く着替えて! 洗濯機が回せない」

 ボケている竜之介の、パンツまで剥ぎ取る。

「今日は徹底的に掃除する! もう我慢できない!」

 って、今まで我慢してたのか。一応、居候だから。

 とりあえずよれよれのジーンズをはいて居間に行くと、
誠司は竜之介の仕事部屋(今まで絶対入るなと言ってあった部屋)のふすまを思いっきり開けた。

「・・・・・・うわー、マジ、ありえねぇよ」

 そこは、・・・・・

「ゴミタメ」

 本に書類にカメラの周辺機器が埃にまみれている。

「なんか、育ってそう」

「あー? 部屋の隅にきのこくらい生えているかもな」

「信じられねぇ!」

 シャツの袖をまくって、誠司は戦闘体勢に入る。

「いいよ、放っておいて」

「だめーー! 竜さん、オレの好きなことしていいって言ったじゃないか!」

 言ったっけ? 言ったような・・・・。

「なあ、誠司、お前、いちばんなりたい職業って・・・・・・」

「専業主婦」

 

 ばったり。

 竜之介は力尽きて倒れた。

 人生の選択、間違えたかも。

 

「その前に、朝飯な。しっかり体力つけてよ、オジサン!」

 食卓に並んだ精力メニュー。

「朝から、こんなん食えねえ・・・・」

「モンク言わない! 夜までにばっちり精力つけてもらわないと!」

 にやりと笑う誠司。そう、昨夜のこと、誠司はまだ怒っていた。

 

 

 

 静が突然現れたのは、それからしばらく経ってからだった。

 秋が深まり、食の進む季節。誠司は栗ご飯だきのこご飯だと、毎日はりきっていた。

「せいちゃんの栗ご飯が恋しくて」

 二ヶ月ぶりの静は、心なしか日焼していた。

 まあ、竜之介にしても、静とはきっちり話はつけなければならない。

「えー、しーちゃん、またフラれちゃったん?」

「ブッブー! いたって順調よ! それよりね、誠ちゃん、メール、ホント?」

「うん、ホント、ホント」

 親子の砕けた会話の最中、竜之介はテーブルの隅で肩を縮めていた。

 この部屋、かなり様変わりした。一言で言えば、きれいに片付いている。
ソファベッドは相変らず鎮座しているが、誠司の寝床は竜之介の寝室に移っていた。

「竜ちゃん、ホントに誠ちゃんを養子にしちゃったの?」

「・・・・ごめん、静。勝手なことをして」

 怒られるのを覚悟して肩をすくめる。

「ええー? なんで? だって、誠ちゃん、竜ちゃんの子じゃないよ?」

・・・・やっぱり嘘だったのか・・・・・・  

「いや、・・・・これには事情が・・・・・・」

 どう説明しようかと両手を広げる竜之介に、誠司は突然抱きついて唇を重ねた。

「?!」

 竜之介の方があわててじたばたする。唇を離した誠司は、静ににっこりと笑って見せた。

「こういうこと。事実上、婚姻?」

 うわ、ぜったい怒られる・・・・。竜之介は頭を抱えた。
静は、一瞬呆然とした後、さすがに驚きに叫んだ。

「ええーーー?? だって、誠ちゃん、竜ちゃんと二十も年離れてるんだよ?!」

 って、そっちかい?! 

 竜之介はテーブルに頭をぶつけた。

「しーちゃんのカレだって、もう五十過ぎのおっさんじゃないか!」

 そ・・・そうだったのか?

「年上趣味は、親子の証拠」

 きゃっきゃと手のひらをあわせるこの馬鹿親子に、竜之介は疲れを感じた。

「でね、そのおっさんにね、プロポーズされたのよ! 
聞いてよ、せいちゃん、すごいでしょう!」

 静は手のひらをあわせて、嬉しそうに言った。

「ホントはね、誠ちゃんのこと迎えに来たんだけどー」

「嫌だよ、英語圏になんか行くの。しーちゃんひとりで行って」

「ホントに?」

「オレ、竜さんと暮すから」

 ニコッと笑う静の表情は、母親のそれだった。

「んじゃあ、ふたりの結婚を祝して! 誠ちゃん、ご飯作って!」

 アレが食べたい、コレが食べたいと注文をつけ、静は誠司を買物に出した。

 誠司を送りだした静の表情から、あのふざけた笑みが消える。

「巽くん、本気?」

「・・・・冗談で戸籍まで移せるか」

 ふと溜息をついて、静は竜之介に向き直った。

「誠司は、あたしの前では無理をするの。がんばってきたつもりだけど、だめよね。
今のカレね、プロポーズされてるって誠司が知ったら、
あの子、学校やめて働くって言い出して。どうしていいかわからなくなっちゃった」

「それで、俺のところに? でも、なんで俺なんだよ?」

「巽くんプロのカメラマンなら、
この世界そんなに甘くないって誠司を説得してくれるかと思って。
それに、巽くん、やさしいから」

 まったく、買被り過ぎだ。

「ありがとう、巽くん」

 はあ、と大きく溜息をついて、竜之介は頭を掻いた。静の、そういうところに、弱い。

 今までのいきさつを話していると、豪快に玄関が開いた。

「誠ちゃん、おかえりー」

 静が笑う。

「何話してたん?」

「ナイショ」

 息子に見せる笑み。役者だな、と竜之介は思った。
まあ、たしかにしっかりした母親ではないけど、静なりの精一杯なのだ。

「そうそう、来週ロスに帰るんだけどね、それまで泊めて」

「・・・・・・・」

「・・・・・・・」

 感心していた竜之介は、意標をつかれて絶句した。

「はあ?」

「いいじゃない! ねえ、竜ちゃん、ほら、あたし、これでもお姑さん」

 姑・・・・・だと?!

「いいでしょう、誠ちゃん?」

「いいよー。ソファベッド空いてるし」

 まて、勝手に承諾とかするな。家の主は俺だぞ?

 竜之介は頭を抱えた。

 

 

 

「で、誠ちゃん、竜ちゃんとHしたの?」

「一回だけねー」

 悪びれない誠司に、竜之介はあわててその口をふさいだ。  

 

 

 

 竜之介の撮った誠司のプライベート写真、うっかり職場で見つかり、
写真集を出すのなんのと大騒ぎされるのは、まだ先の話。