しばらくあと、竜之介は新たな仕事を受けた。 「永山児童劇団の取材に同行してくれ」 「またガキの写真っすか」 嫌な顔をする竜之介に、上司が「文句を言うな」と言い放つ。 「仕事を選べる立場か?」 「すみません」 与えられたものを撮るしか能がないのだ。仕方ない。 年配の女性記者と一緒に、雑居ビルに向う。 そのビルの四階五階がその児童劇団のものであるから、それほど小さいところではないらしい。 「団長の永山です」 小柄で初老の男性は、さわやかな笑顔の持主だった。 記者がいろいろ質問している間、記者に求められるままに竜之介は写真を撮った。 「ここでは五歳から十八歳までの子供が、タレントを目指してレッスンを受けています」 取材の最中も、応接室の外を次から次へと子供が駆けて行く。 取材の内容は、竜之介にはどうでもよいことであった。子供アイドルに興味はないし。 「では、レッスンの様子を」 永山と女性記者が席を立つと、竜之介は黙ってあとをついていった。 中にはたくさんの教室があり、それぞれで子供たちが歌ったり踊ったり、 演技指導を受けていたりしている。みんな真剣で、竜之介がカメラを向けると、 一様に満面の笑みを見せた。どんな小さな取材でも、彼らにとっては顔を売るチャンスだ。 「子供たちにインタビューをしてもよろしいですか?」 「もちろんです」 女性記者が子供に質問をしている間、竜之介が所在無さげに周囲を見回す。 「カメラマンさんは、興味がないようですね」 やる気のなさを見透かされて、竜之介は苦笑いをした。 「馬鹿らしいと思っているでしょう?」 「・・・・・いえ、そんなことは・・・・」 「実際、タレントになりたい子供半分、子供をタレントにしたい母親が半分、ですよ」 ガラス張りのレッスン場を永山が指差す。小さな子のクラスだ。 壁際に着飾ったマダムがたくさん並んでいて、子供たちよりも真剣に見ている。 「お名前は?」 「・・・・巽、です」 「巽さん、ですか。こっちを覗いてみますか? オフレコですよ」 ニヤリと笑ってウインクする団長は、実に好印象だ。 「大きい子のクラスです。実際、俳優やタレントになれるのは、ごくひと握り。 本気でその道に進みたい子は、どこかのタレント事務所に拾ってもらおうと必死になります。 親の言いなりでここまで来た子は、ドロップアウトします」 高校生くらいの少年少女たちが、汗だくになって踊っている。 その中に、竜之介は見知った顔を見つけた。 群衆の中にいても見つけられるのだから、やはりそのルックスは抜きん出ているのだろう。 「・・・あの子、目をひきますか? やっぱり」 「ちょっと前、ローティーン雑誌の撮影で、モデル、やっていましたね」 「ええ」 少年を見つめる団長の表情は、父親のようだ。 「・・・・そう、あの子なんか、親を喜ばせたがっている典型ですよ。 ルックスもスタイルも悪くない。歌もダンスもそこそこできる。でもそこ止まりです。 わかりますか、本人に、上を目指す気がないんですよ」 光るものを持っているのに、もったいない。団長はそう呟いた。 「・・・・・でも、あの子の母親、出て行っちゃったでしょう」 「おや、ご存知ですか?」 ハッと竜之介は口に手をあてた。 「誠司を知っているんですか?」 あー・・・また余計な事を言ってしまった・・・。竜之介はぼりぼりと頭を掻いた。 「あのー・・・・あの子の母親と・・・知り合いなもんで」 「では、あの子の今の住所、知っています?」 そう問う団長の表情は、心底心配げだ。 「誠司はね、五歳の時からここにいるんですよ。私の息子みたいなもんです。 お母さんはちょっと変り者ですが、誠司はお母さんが大好きで、自分が稼ぐんだって、 一生懸命でね。お母さんが恋人のところに行ってしまったから、 自分は友人の家にいると言っていましたが」 うーん、そうか。しかし、言ってしまってもいいのかな? 「・・・・俺の、家にいます」 「そうですか!」 大げさなほど団長が笑みを作る。 「よかった。ちゃんとした大人の家にいて」 ちゃんとしているかどうかはわからないが・・・。 「巽さん! カメラ!」 女性記者に呼ばれ、巽は団長に頭を下げて、あわててそちらに向った。 「竜さん、今日来てたでしょう? 団長と何話してたんですか?」 「んー、まあ、ちょっと。いい人だな」 にこーっと誠司が笑う。カメラに向わない時の誠司の笑みは、竜之介は好きだ。 「竜さんて、仕事しているときも変らないんですね」 「ああ、ちゃらんぽらんだってよく言われる。真面目なつもりなんだけどな」 いつものソファの上で、誠司は身体を乗りだした。 「竜さんは、何の写真を撮っている時が一番楽しいんですか?」 「・・・・」 いい指摘だ。竜之介にはキツイ。 「・・・・空」 「空?」 「空を撮りたいんだが、うまくいかない」 じっと竜之介を見つめて、誠司が首を傾げる。 「それって、一生懸命ポーズを決めてもオーケイがもらえないのと同じ?」 一生懸命やっても、うまくいかない・・・・。何が足りないのか、自分ではわからない。 「・・・・そうかもな。誠司は、モデルやってて楽しいか?」 質問の切替しに、誠司は笑みを消した。質問に戸惑い視線を漂わせる。 「・・・・仕事、だから」 仕事。子供の言う台詞か? しかし、竜之介が誠司にしてやれることなど限られている。 「あー・・・あのな・・・・・」 竜之介は自分の髪をかき乱しながら、視線を外しながら言った。 「今度の休み、写真撮りに行くつもりなんだが・・・・一緒に来ないか」 「仕事?」 「いや、プライベートで。んー・・・なんつうか、・・・・家事やってもらってる礼に、 メシでもおごるよ」 「泊めてもらってる代償だから、気にしないで下さい」 「いや、その・・・もし、嫌じゃなかったら」 うろたえる竜之介に、誠司はくすりと笑った。 「はい」 それからソファからすっくと立ちあがる。 「夜食、作りますね」 頼んだわけでもないのにキッチンに立つ。 その後姿は、モデル業をやっているときより、生き生きして見える。 竜之介は、自然ににやけている自分に気付いて、あわてて頭を振った。 「巽ー、やっとやる気がでたか」 部長のニヤニヤ笑い。 たしかにいつもぐーたらしているが・・・・仕事を片付けて休みをとろうという目先の目標がある。 「彼女でもできたかな?」 市原は巽の背中にのしかかった。 「・・・・久しぶりに、写真でも撮りに行こうかと思って」 その言葉に、部長も市原も一歩引く。 「やめておけー・・・! 金にならねえ!」 竜之介のプライベートの写真は・・・確かにクズだ。フイルムの無駄だと、自分でも思う。 「悪かったな。とりあえず、近場にしておくよ」 けなされるのも、慣れてしまった。 「それはそうと、市原サン、今日の撮影、見学させてくださいよ」 「ヤダヨ〜! 俺様のハーレムだもんね〜」 「市原ー! 見学させろ!」 竜之介が歯をむき出して見せると、市原は笑いながら両手を挙げた。 「マジ、どうしたんだい? 人間に興味が出た?」 「・・・・この前、児童劇団行って来たから、その延長で努力の成果ってのを見てみたいと思って」 「つまり、ちっとは努力する気になったんだ?」 ざくざく突っ込まれて、竜之介は肩を落す。 「それとも、俺様のいない間に『ティーン』にとりつかれたのかな?」 「やかましいわ!」 同期で実力の差を見せ付けられるのは、確かに気分悪いが ・・・やはりカメラマンとして市原は上だ。 モデルの子と会話をしながら、楽しそうに撮影を進めていく。 褒められて褒められて、モデルもリラックスする。 市原をアシストしながら、竜之介は十代のモデルを眺めた。 「あー、この前のカメラマンさんだ!」 竜之介を覚えている女の子もいた。 「アシスタントだったんですか〜?」 普通言ってはいけないことを、子供は言ってしまったりする。 「ミッキー、このひとはプロだよ」 さすが、市原もプロだ。さりげなくフォローする。 「特別に手伝ってもらってんの。ミッキーもこのひとの写真、見たことあると思うよ」 「『キッチン』の今週の食材、『ドライヴ・マニア』のお土産コーナー、 『ティーン』の懸賞商品・・・・・」 おや、と竜之介は口元がつりあがった。後から現れた男の子モデルは、少女に笑いかける。 自分の写真をあえて見せた事はなかったが、居間に雑誌を投げ出してあったから、見たんだ。 「えーー! そういうの、撮る人、いるんだ?」 どうやらこの子は素直な性格らしい。 「誠ちゃん、よく知ってるね?」 「まあねぇ」 誠司はニコニコと笑った。 その笑い方は、家で見せるものとは違う。 「おしゃべりは終りにして!」 編集の人に叱られて、それぞれ立ち位置に戻る。 あとは、何度も着替えて、ポーズを変えて、お決りのスケジュール。 竜之介が事務的に進めた撮影より、市原の方がじっくり時間をかけるし、枚数も撮る。 言葉のやり取りとモデルの表情の変化を、竜之介は感心して眺めた。 市原がどんな声かけをしても、誠司の表情は変らない。 独特の、作り物の笑顔。端整ではあるが、魅力はそこ止まりだ。 ファインダー越しの誠司は、竜之介を魅了しない。 撮影が済み、スタジオから戻る。その廊下で、いつになく市原は真剣な眼差しを竜之介に向けた。 「モデルの男の子、・・・・お前、あの子が趣味なわけ?」 え? と、竜之介は顔を引きつらせた。 「お前、あの子ばっかり見てたな」 「そんなつもりは・・・・・」 「俺はプロだ。誰がどこを見ているかくらい、わかる」 う・・・・鋭い。竜之介の足が止る。 「やめとけよ、相手は男で未成年だ」 「そういうつもりは・・・・いや、違うんだ。 前の撮影で思ったんだが、あの子、誠司は他のモデルの子と違う。俺の思い違いかな」 腕を組んで竜之介を見つめ、市原は「ふん」と鼻を鳴らした。 「あの子は・・・だめだな。あと二年もすれば、潰れる。キレイだが、それは表面のものだ。 プロのモデルは内側から輝く。まあ、子供のモデルなんか使い捨てだから、 それでもいいんだろうけど」 プロ、か。 やはり、そうなんだな。児童劇団の団長も、プロカメラマンの市原も同じ意見なのだ。 自分が誠司に惹きつけられるのは、カメラマンとしてではないわけだ。 「あー、やっぱ、俺はお前みたいなカメラマンにはなれないな」 珍しく弱気の竜之介を、市原は背中からどついた。 「話し掛けても返事しないものは、俺には撮れないよ。やっぱ、人間がいい」 にやり、と笑ってから時計を見る。 「っと、ガキと遊んでる場合じゃないぞ。水着撮影が俺様を待っている!」 時間を確認して、竜之介も次の仕事を思い出した。 「ああ、俺もパプリカが待ってる」 「パプリカ?」 「巨大なピーマンさ」 そんなことも知らないのか、という顔をしてみせると、市原は興味なさ気に肩をすくめた。 食材を撮る専門のカメラマンもいる。 が、ひととおりなんでも一様に撮れる竜之介は、意外と重宝されていた。 「たかが野菜に、なにも撮影スタッフ呼ばなくてもいいのに。編集がデジカメで撮ればいいだろう」 事務室に急ごしらえのスタジオを作り、ライトをセットする。 文句を言ったのは、料理雑誌のバイトの男の子だった。 他のスタッフは、はらはらしながら竜之介を見る。 「じゃあキミ、やってみる?」 平然と、竜之介はデジカメをそのバイトの子に手渡した。 その子は何枚か写真を撮って、竜之介にデジカメを返した。 ライトや鏡の位置を変え、竜之介も同じデジカメで撮る。 それから、他のスタッフが持っていたノートパソコンを開かせ、ふたりの写真を並べた。 「何が悪いか、わかる? 光りの位置。へんなことろで反射してしまっているだろう? この角度だと、キュウリが曲って見えるし」 家庭教師のように一つ一つ指差してやると、そのバイト君は恥しげにうつむいた。 「すみません、巽さん、あとで注意しておきますから」 編集の人が頭を下げる。 「いいよ、別に。写真なんか、誰でも撮れるって、俺もあのくらいの時は思ってたから。 もっとも、これくらいの技術は五年もやってりゃ身につくけどね」 ははは、と笑って見せる。向うでバイト君は叱られていた。 「巽さんじゃなかったら、キミ、怒鳴られてるぞ!」 「巽さん、やさしいからな」 やさしいか。意気地がないの間違いじゃないか? 竜之介は自嘲した。