水無月 静は、天真爛漫な女子高生だった。
巽 竜之介は静にふりまわされっぱなしであったが、それでも恋人関係を楽しんでいた。

 今にして思えば、恋人と言うより、遊び(遊ばれ)友達?

 それでも、いい思い出だ。

 だから、あれから十七年も経って、突然静から電話が来た時には、
懐かしさもあって思わず会うことを約束してしまった。

 

 

 夏の終り。

「竜ちゃん! 全然変ってないね!」

 木曜日、昼休みのファミレス。

「静もな」

 静はもう三十過ぎには見えないほど、若々しく、相変らず天真爛漫に見えた。

 何で突然・・・なんて話題も、静は笑いながら

「懐かしかったから」

 なんて答える。友人つてに噂を聞いて、連絡してみただけだと。

 当り障りのない近況報告をして、翌日居酒屋で飲もうなんて約束をして、竜之介は静と別れた。

 

 

 

 金曜日、夜の居酒屋。

 前日の続きで、ふたりは昔話に花を咲かせた。

 何時間か一緒に飲んで、住所を教え合い、ふたりは別れた。

 

 

 

 そして、日曜日。

 

 

 

 竜之介はいつものように怠惰な休日を楽しんでいた。もともと勤勉な方ではない。
男三十も半ばを過ぎると、ひとりで十分人生を楽しめるものだ。

 レンタルDVDを山積みに、昼真からビールを楽しんでいると、
何の前ぶれもなく玄関ベルが鳴った。

 安賃貸マンションには、管理人もいない。

「はい?」

 インターフォンを取ると、聞き覚えのある女の声。

「あたしよ、あたし! 来ちゃった!」

 静だ。

 確かに昔恋人だったとはいえ、今は友人以上の感情はない。
下心も湧かない。お互いに。そんな話を金曜にしたばかりだ。

 慌てて玄関を開けると、静はにっこり笑って立っていた。

「・・・どうした? 入るか?」

「ううん、ここでいい。ここで待ち合せしてるから」

 待ち合せ?

 竜之介が怪訝な顔をする。と、静は周囲を見回し、廊下の端に向って手を振った。

「誠ちゃん、ここ、ここ!」

 せいちゃん?

 ぱたぱたというゴム底の音がして、誰かが近付いてくる。

「なんだよ、しーちゃん、オレ迷っちゃったよ」

 という声は、まだ若い少年。

 ドアの向うで、静は今来た少年の腕を掴んで引張った。

「竜ちゃん、紹介するね! あたしの息子、誠司ちゃん。そんで、竜ちゃんの子よ〜」

「・・・・・・・・・・・・・」

「誠ちゃん、誠ちゃんのパパ、竜之介ちゃんよ〜」

「・・・・・・・・・・・・・」

 数回まばたきをした後、竜之介はがっくりと顎を落した。

「はあぁ????」

 

 まてまて、落着け!

 そりゃあ、確かに静とはそういう関係だったが・・・・・当時彼女はそんなこと、
妊娠とかなんとか、一言も言わなかったぞ?

 

「竜ちゃんと別れたあと、妊娠がわかったの。ひとりで産んで育てたのよ! 
偉いでしょう?!」

 

 いやいや、ちょっと待て!

 そんなこと、急に言われても・・・・?

 

「そうなん? しーちゃん?」

「そーなんよ! 誠ちゃん!」

 なんなんだ? この親子? いや、一見姉弟でも通るぞ?

「でね、あたし今夜の飛行機でロスに行くのよ。カレ、ロスに転勤になっちゃったでしょう?」

「・・・・・そうなんだ?」

「そうなのよ」

 誠ちゃんと呼ばれる少年は、竜之介ほどショックを受けていないらしい。
静と十何年も一緒に暮していれば、大概のことには慣れてしまうらしい。

「だからね、誠ちゃん、今夜からパパの所で暮してね」

 

「・・・・・・・はあぁぁぁ???」

 

 さすがにそれには少年も口をあけた。

「誠ちゃんがバイトに行ってる間に、アパート、引払って来ちゃった。
誠ちゃんの荷物、あとからここに届くから」

「・・・・・・しーちゃん、本気?」

「本気本気、大本気! そういうわけだから、よろしくね、竜ちゃん! 
誠ちゃんはいい子だから、自分の生活費は自分で稼いでくるから。
じゃ、あたし、飛行機の時間あるから行くね!」

 金のハイヒールで走っていく昔の彼女の後姿を、竜之介は何も言えずに見送った。

 

 これは・・・・・いったい、何の冗談だ?

 

「あー・・・おじさん、立話もなんだから、中に入りましょうか」

 少年に促され、

「はい」

 と、素直に竜之介は部屋に入った。

 

 

 

 2LDKのマンションは、独身には広い方だろう。ダイニングキッチンに、寝室と仕事部屋。

 カーペットを敷いたダイニングの、ローテーブルの前に、ふたりは向き合って座った。

 竜之介は改めて少年の姿を観察する。
今風のちょっと不良っぽい栗色の髪、幼さの残る大きな目。
線は細く、華奢な体つきに、ブランド物のTシャツとジーンズ。
なかなかセンスはいい。確かに、静も服のセンスはよかった。

「災難でしたね、おじさん」

 耳障りのいい声が、苦笑している。

「そう言うわけだから、しばらく世話になります」

 そういうわけとは、どういうわけだ? 

「静はよく家出しちゃうんです。
たいていは数日で帰ってくるんだけど、オレを預けたって事は、
しばらく帰ってこないつもりなんだと思う」

 家出・・・・って? 

「・・・・・・・キミ・・・・・静の息子?」

「そう。自己紹介遅れました。オレ、水無月 誠司。十六。現役高校生。
よろしくお願いします」

「あ、巽 竜之介です」

 つられて頭を下げてから、竜之介はめいっぱい引きつった笑いを見せた。

「キミ・・・・本当に、・・・・その、俺の・・・?」

「さあ。心配なら、鑑定でも受けてみます?」

 なんで、そういうことが平気なんだ? やはり、静の子か。

「まあ、とつぜんこんな大きなのが息子ですとか来られても、おじさんも困りますよね。
でも、しーちゃんってああいう性格だから、許してやってください。
悪いけど、何日か泊めてもらえます? 
オレもガキじゃないから、どこか住むトコ探しますから。
あ、宿泊料は払います。現金がいいですか? それとも身体がいい?」

「からだぁ?」

 さらりと言った少年の言葉に、竜之介は大げさなほど語尾を上げた。

「やだなあ、何か勘違いしてます? 労働ですよ、労働。
炊事洗濯、一通りできますよ。まあ、そっちがいいなら、それでもいいけど」

 そっち? ・・・・って、どっちのことだ?!

「キミ・・・・」

「寝るのは床でかまいませんから」

「キ・・・・・」

「迷惑はかけません。恋人が泊りに来るなら、友達ん家にでも行くし」

「・・・・・・」

「メシもいらないし、洗濯も自分でするし」

「・・・・・・・誠司・・・クン?」

 ニコニコとこともなげな誠司に、竜之介は鼻先をひくつかせるばかり。

「キミは・・・・・平気なのかね?」

「何がです?」

「静は、キミを置いて行ったんだよ?」

「だから?」

 だからって・・・・・。

 竜之介は卒倒しそうになる頭を抱えた。

「・・・・ごめんなさい、おじさん。静が迷惑かけて。
ホント、できるだけ早く出て行きますから」

 子供が・・・・親のことで謝ってる・・・・。

 竜之介は、何度も深呼吸をして、最後に溜息をついた。

 これはきっと、現実だ。お前なんか知るかと追い出すほど、竜之介は非道にはなれない。

 とにかく・・・・とりあえず、とにかく、この現実を受けいれるしかないのだ。

「あー・・・・まあ、とりあえず・・・・その、その辺に寝てくれ」

 

 

 

 子供・・・俺の子供?

 信じられないが、まったく否定することもできない。

 確かに、静とはそういう関係だったのだから。

 もっとも、静は他の男ともつきあっていたから、他の男の子供かもしれない。

 だからといって、未成年を放り出すのはあまりに非人道的だ。

 きっと、そのうち解決策が見つかるかもしれない。

 あっさりと。

 

 

 

 うだうだと思い悩んでいるうちに、夜は更け、居間から寝息が聞えてくる。
そっと覗いて見ると、誠司はクッションをまくらに熟睡していた。
静に似て、大雑把な性格なのかもしれない。

 竜之介は布団に潜り込んで、朝方近くにやっと眠りについた。