「つかれた〜〜〜〜」 ただいまの前に愚痴をこぼしながら帰宅したヘルガパパ。 「あ、おかえりなさい」 出迎えたジョルジュは、めいっぱい顔を引きつらせた。 仕事から帰ってきた父上は、顔面蒼白、髪はぼさぼさ、 目の下にクマを10匹くらい飼っている。 「・・・・だいぶ疲れているみたいですね。 コーヒーでも淹れましょうか?」 「ビールください、ビール」 だらだらと足を引きずりながらダイニングに入ってきて、 テーブルの前にどかっと座る。 「ビール・・・って、また中年サラリーマンみたいなことを」 「どうせ私は中年サラリーマンです。 30越すと、体力がガクッと落ちるんですよ。もう、がくっっと! たかが8時間の手術で、疲れ目で頭は痛いし、立ちっぱなしで腰は痛いし。 もうだめです。あとは若い者に任せて、私、引退します。 ジョルジュ、明日の手術よろしくお願いします」 「ナニ言ってるんですか?!」 とりあえず冷蔵庫のビールを持ってきて、 パパの手元に置きながら、ジョルジュはため息をつく。 「今日の手術、失敗、したのか?」 そばで見ていたザナドゥがボソリと訊ねてみる。 その瞬間、ヘルガはキッとザナドゥを睨んだ。 睨んだとは言っても、いつもの眼光鋭い睨み方ではなく、 子供が拗ねたような表情だが。 「失敗なんか、この私がするはずないでしょう!」 なんだ、やっぱり自信家じゃないか。 ザナドゥは「スミマセン」と思わず謝った。 「もう! ザナドゥに八つ当たりなんかしないでくださいよね」 ふん、と大人気なく拗ねているヘルガは、テーブルに突っ伏したまま。 ザナドゥはジョルジュのひじを突付いた。 「どうしたんだ? アレ?」 「あー・・・禁断症状ですね、きっと。 原因は仕事じゃないですよ。 ホラ、今、海外視察とかでイギリス、フランス、 イタリア回っている奴がいるでしょう? 1週間ほど前から」 「姿を見ないと思ったら、ドイツにいなかったんだ、あいつ?」 「もう、ザナドゥってばうっかりさんですね。 いないんですよ、もう1週間も。静かでいいんですけど。 でも、お父さんが生ゴミになっているのは、ちょっと鬱陶しいですよね」 どうせ私は生ゴミです! 明日集積所に運んで置いてください! とかなんとか、ヘルガはブツブツ。 「ああ、もう! 本当に鬱陶しい! 仕方がないので、その場しのぎのビタミン剤でも1本打っておきますか」 そんなものがあるのか? と、とぼけたことを言っているザナドゥの前に回りこんだジョルジュは、 ザナドゥの髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜる。そして、 「お父さん、ホラこれで元気出してください」 ヘルガの前に出されたのは、前髪を真ん中分けにされたザナドゥが。 それを見たヘルガ、ガバッとザナドゥに抱きついた。 「スコルピオン〜〜〜!! 私、寂しいです〜〜〜!! 早く帰ってきてください〜〜〜!!!」 おろおろするザナドゥに、 ジョルジュは「ほら、何か言ってあげて」と急かす。 「・・・・ヘルガ、元気、出せ」 とりあえず頭を撫で撫でしてあげる。 ヘルガはザナドゥに抱きついて、すりすりしている。 「でもお父さん、ザナドゥを貸すのは10分だけですよ」 「ええ〜〜?! 一晩貸してください! 大丈夫、3回はイかせてあげますから」 何が大丈夫なんだ!! 怯えるザナドゥをガシっと取り返す。 「やっぱりだめです!!」 若いスコルピオンを取り上げられ、ヘルガはまたテーブルに突っ伏した。 「ジョルジュの意地悪〜〜〜〜!!!」 あぁぁ!! もうほんっとに鬱陶しい!! ジョルジュは携帯電話を出すと、短縮番号を押した。 「やあ、ヘルガ参謀! ボクを呼び出してくれるとは嬉しいね。 お役に立てることがあれば、なんなりと」 しばらくして、現れたのはツヴァイストくん。 「いや、お前を呼んだわけではないし。お前じゃ役に立たないし」 ジョルジュはプイとそっぽを向く。 で、その先にいるのは・・・・。 「今日はずいぶんナーバスになっているようだ」 我が家然とヘルガの隣に座り、 当たり前のようにテーブルに突っ伏しているヘルガの髪を撫でている男が一人。 「スコルピオンがいないと、あなたは小さな子供に戻ってしまう」 「情報早いですね」 ザナドゥでも気付いていなかったのに。(いや、ザナドゥは特別) ジョルジュはゲーリング父に声をかけた。 ゲーリング父は、ふふ、と意味ありげに笑う。嫌な親子だ。 「ゲーリング嫌い。あっち行って」 ハエでも追い払うように、ヘルガはゲーリングの手をサッサと払う。 「つれないそぶりも愛らしい。私なら、あなたを決して一人にはしませんよ。 深紅のバラで寝室を満たし、バラの香りであの男の存在を消して差し上げましょう」 「うるさいよ。また刺されたい?」 「刺すなら、今度はどうぞ、この胸を。 生涯あなただけを思い続けていられるように。 目でもいい。あなたの美しさだけを焼き付けていられるように。 口はどうです? あなただけを賛美し続けられる」 頭から砂糖水をかけられたような気色悪さを感じながら、 ザナドゥはゲーリング息子を見る。 「お前の親父、男をナンパしているぞ?」 「総統に言われたくないですねえ」 慣れているのか、ツヴァイスト君はにっこり。 まあたしかに、ザナドゥの父はこんなものじゃないが。 「さあ、顔を上げてください。あなたの涙は砂漠のオアシス。 私の心を潤してくれる」 やばいの呼んじゃったかなぁと、さすがにジョルジュも冷や汗たらり。 不貞腐れたヘルガが顔を上げると、 玄関からむさくるしい男どもがなだれ込んできた。 「ヘルガ様! ご気分がすぐれないとか! 花を持ってまいりました!」 「ヘルガ様! 体調がすぐれないとか! ケーキでも食べてください!」 「ヘルガ様! ワインを持ってまいりました! これで喉を潤してください!」 次々と差し出されるプレゼントの数々。 圧倒されるザナドゥは、ジョルジュに疑問の視線を投げかける。 「旧ドイツ親衛隊・・・もとい、ヘルガ親衛隊の方々ですね。 お父さんの時代は男ばっかりでしたから」 いやあ、モテモテですねぇお父さん。 よかった、親衛隊に女を置いておいて。 ザナドゥの周りがこんなのだったら、私、耐えられませんよ。とジョルジュ。 いや確かに。親衛隊が女でよかった、とザナドゥも思う。 「花もケーキもワインもいりません! 私が欲しいのは、スコルピオンだけです!」 幸せものだなあ、スコルピオン。 誰もがそう思うが、そんなヘルガがみんな大好きらしい。 取り囲んでちやほや。 「ただいま。今帰ったぞ・・・・・・・・・・・って、 なんだ? この騒ぎは?」 そこへ帰宅したのは、当の本人、スコルピオン。 玄関入るなり引きつっている。 「おい、ゲーリング! なぜ貴様がここにいる?!」 「おや、旧総統、お帰りになりましたか。 私はヘルガ殿のベリーのような愛らしい唇をいただきにね」 「旧とか呼ぶな。それに、まだそんなことを言っているのか? あれは私のものだと言ったはずだ!」 ふふん、と笑うゲーリングを押しのけ、人ごみの中にいるヘルガを呼ぶ。 「スコルピオン!!」 ヘルガがパッと立ち上がると、 そこには花道ができ、少女漫画のような花びらが舞い、 きらきらの星がちりばめられる。 「スコルピオン!」 瞳をきらきら潤ませながら駆け寄るヘルガ。 「おいジョルジュ、いつからリンかけは少女漫画になったんだ? それも、一昔前の」 「ザナドゥ知らないんですか? リンかけ1のドイツ限定でこんなんでしたよ? フランス編も笑えますけどね」 それはともかく きらきらしながらスコルピオンに抱きつくヘルガ。 これでハッピーエンド、と思いきや。 「・・・・・・・・」 スコルピオンのスーツの襟についているのは、見まごう事なきピンクの口紅。 「・・・・・・・・スコルピオン、なんですか、これは?」 さっきまでのきらきらが、おどろおどろしい縦線に変わる。 「え? あっ・・・・こ、これは・・・・・イタリアの・・・・」 口ごもるスコルピオンに、渾身のパンチ。 「スコルピオンのばかっ! 浮気者!! 大っ嫌い!!!」 涙の痕跡を残し、二階に走り去るヘルガ。 呆然とするスコルピオンに、そこにいた全員の白い視線が集中する。 「お〜じ〜さ〜ん〜?」 詰め寄るジョルジュ。 「違うんだ! これはだな、イタリアの雑誌が同行取材をしていて、 そこの女性記者だがな・・・・・・」 以下、スコルピオンの説明。 最後の視察を終え、やっと帰国した議員一行。 イタリアの雑誌がなぜか同行取材で付きまとっていた。 記者は女性。 で、空港に降り立ったとき、彼女がよろめき、 スコルピオンは(まあ当然)抱きとめてやった。 そのとき付いたのが、ピンクのルージュ。 「まあ、ごめんなさい!」 ハンカチを出して拭こうとするが、 口紅のしみがそんなもので取れるはずもない。 「いや、大丈夫でしたか? 疲れが出たのでしょう」 そんな優しい言葉をかけてやりながらも、スコルピオンは (口紅のシミなんてつけて帰ったら、絶対ヘルガに誤解される。 ジョルジュにも叱られるだろうな、染み抜きが大変だとか) そう思って頬を引きつらせていた。 それが狙いだったのか、女性記者はスコルピオンの手をガシっと握り、 お色気視線を向けてきた。 「スコルピオン議員は独身だと伺いましたが、 口紅のシミなどつけて戻られましたら、 嫉妬する女性がいるのではないでしょうか」 そう来たか? ゴシップ狙いか?! 返答に困っていると、 付き合いの長いスコルピオンの秘書が女性との間にぐいっと入ってきた。 「失礼、彼にそのことは禁句ですよ、ミス・ウイック。ご存じない?」 「存じ上げませんわ」 「では私から説明しましょう。 今から15年ほど前、まだ冷戦時代、 スコルピオンは東に美しいピアニストの恋人がいたんです」 そして、淡々と語ること30分。 「そして、彼女との悲恋を遂げ、 彼は今、彼女の忘れ形見である一人息子と暮らしているのです!」 まるで戯曲を読み上げるような饒舌ぶり。 「まあ! そんな美しくも悲しい話があったなんて!」 すっかりハーレクインな気分に浸っている女性記者を尻目に、 スコルピオンは秘書を隅に引っ張って行った。 「ヒトの過去を誇張して話すの、やめてくれないか」 「へぇ? じゃあ、本当の事を言ってもいいと? あなたは同性愛者で、家にはヤキモチ妬きの男の奥さんがいると? しかも! その人は世界でも有名な天才外科い・・・・・」 ばすっ。 スコルピオンは秘書の口に片手でふたをする。 そして、すたすたと女性記者のもとに戻ると、 「・・・・そうなのです! 私の妻は社会主義に殺された。 しかし! 冷戦は終わり、壁は崩壊した。私は誰を恨むこともない! そしてわが祖国、ドイツのためにすべてを捧げると誓ったのです!」 「と、いうわけで、そのあと国家を10回くらい歌ったら、 シミのことをすっかり忘れて」 「そのまま帰ってきてしまった、というわけですね?」 ぶぁぁぁぁか!!!! 話し途中から、すでにザナドゥは聞いていないし。 「そんな話はいいんですけど、お父さん、放っておいていいんですか?」 「ああああ!!! ヘルガ!! これは違うんだ!! ヘルガぁぁぁ!!!!」 慌てて二階に駆け上っていくスコルピオン。 「で、どうするつもりだ、これ?」 結局、何で集まったのかどうでもよくなった集団は、 いつの間にか三巨頭の父親全員参加して、宴会が開かれている。 「とりあえず」 二階への入り口に「立ち入り禁止」のテープを張るジョルジュ。 「あとは放っておきましょう」 三時間後。 同窓会を終えた一行は、ちゃんと後片付けと掃除をして、帰っていった。 片付けないと、前参謀に叱られてしまうから。 そして翌朝。 「おはようございます!」 にこやかに階段を下りてきたヘルガに、ジョルジュは脱力。 ああ、なんてわかりやすい。 肌はすべすべ、髪はさらさら、瞳はきらきら。 「今日もがんばって切り刻みましょう!」 いや、切るのはいいが刻むのはまずいから。 鼻歌交じりにヘルガは出勤して行った。 ♪ 心臓移植〜心臓移植〜動脈一本命取り〜〜 ♪ ザナドゥは無言で耳をふさいだ。 で、怖いもの見たさで、一応スコルピオンの寝室を覗いてみる。 そこには、吸い尽くされて干物みたいになったスコルピオンが、 ぐったりと伸びていた。 「おじさん〜〜生きてますか〜〜?」 力なく片手を挙げ、スコルピオンはひらひらと振る。 「何か食べます?」 「いや、いい。しばらく余韻に浸ってるから」 そうですか。聞いた私が馬鹿でした。 ジョルジュはため息をついてドアを閉めた。