「さて、どうしたものか」

 ベッドの上で、ヘルガはしばらく呆然とした。

 

 

 

 事の起こりは、昨夜。

 否、前兆は数日前からあったのだが。

「お父さん、お疲れのようですね」

 帰宅したヘルガを出迎えたジョルジュは、心配そうに覗き込む。
疲れた顔のヘルガは、なんとか笑って見せた。

「だいぶ無理の利かない年齢になってきたみたいですね」

 そんな冗談を言ってみせる。
そもそも、ヘルガの多忙はぴちぴちした若者だって手に負えない。
たぶん、ジョルジュでさえ途中で音を上げてしまうだろう。

「もう少し、ゆっくり休んだ方がいいですよ」

「そうですね。スコルピオンも出張でいないことですし。
今のうちに夜勤をこなしてしまいましょう」

 いや、そうじゃなくて。

 思わずツッコミを入れたくなる。

 恋人と夜を過ごすために、恋人不在のうちにばっちり仕事をしてしまおうというのだ。

 ただでさえ尋常な勤務ではないのに。

 休む気のまったくない父に、親思いのジョルジュは策を講じる事にした。

 で、その2日後。

 夜勤からそのまま日勤をこなして帰ってきた父を、ジョルジュは出迎えた。

「お父さん、明日も日勤なのでしょう?」

 ため息混じりにヘルガが頷く。
ため息を零したくなるのは、こっちの方だとジョルジュも肩を落す。

「栄養剤を作ったんで、コレを飲んで、今夜は早くに休んでください」

 ジョルジュに手渡された液体に、ヘルガはニコッと笑って見せた。

「ありがとうございます。あなたは本当にいい子ですね」

 いい子とか、子ども扱いはやめて欲しい。

「私はお父さんの看病なんかしたくないだけです」

 そんな風に突っ張ってみる。
が、それさえも子供の虚勢のように、ヘルガは微笑みのオブラートで包んでしまった。

 

 で、ジョルジュの作った怪しい薬を飲んで、
一晩ぐっすり寝たヘルガは、翌朝呆然としたわけである。

「うーん」

 首をひねってみても仕方がない。とりあえず、仕事に行かなければ。

 

「おはようございます」

 寝室からリビングに降りてきたヘルガを見たジョルジュは、
手にしていたティーポットを落した。

 いや正確には、それが床に激突する寸前に、隣にいたザナドゥが受け止めたわけだが。

「お・・・・父さん?」

「はい。おはようございます、ジョルジュ、ザナドゥ」

 いつものように、にっこり。

 あんぐり口を開けるジョルジュの隣で、
ティーポットを持ったザナドゥは、事態を理解できないでいた。

「・・・・あの・・・・・なんで、そんな姿に?」

「さあ?」

 さあ、って・・・・。

 ザナドゥが理解できないのも頷ける。
リビングに下りてきたヘルガは、どう見ても10才かそこいらの子供なのだ。
しかし、ちゃんとスーツを着ている。たぶん、ジョルジュが小さかった時のものだ。

「ジョルジュ、昨日のクスリ、何か入れましたか?」

「何かって・・・えっと、疲れが取れないって言っていたので、
細胞を活性化させるために・・・」

「すごいですね。ちゃんと研究してレポートをまとめれば、学会で発表できますよ。
しかし、私は今日は忙しいので、あなたの研究に付き合っていられませんが」

「忙しい・・・って、まさかお父さん、その姿で病院に行くつもりじゃ?」

 顔を引きつらせるジョルジュに、ヘルガは相変わらず落ち着いた笑みを見せる。

「行きますよ。外せない大事な手術がありますから。
幸運にも、脳は退化していないみたいですし、指先もちゃんと動きます。
身長が足りない分は、台でも持ってこさせましょう」

 そんな平然と・・・・。

 ヘルガはいそいそと出勤の仕度をしている。
ジョルジュにはもうどうしようもない。

 と、玄関が開いて屋敷の主、スコルピオンが出張から早朝帰宅してきた。

「今帰ったぞ・・・・」

 そう言って、少年ヘルガの姿に目を留め、あんぐりと口を開ける。

「あ、お帰りなさい、スコルピオン」

 少年ヘルガ、にっこり。ジョルジュは叱られるか質問の嵐かと肩をすくめる。

 しかしーーーーー。

 すたすたとヘルガに歩み寄ったスコルピオンは、
少年ヘルガをがっしりと抱き上げると寝室への階段を上って行こうとした。

「あーーー!! 待って! 待ってください!! おじさん!!」

 そんなスコルピオンの背中を、ジョルジュががしっと捕まえる。

「それ、犯罪ですから!! 児童淫行罪ですよ!」

 くるりと振り向いたスコルピオンの表情は、至極真面目。

「何を言う? これはヘルガだ。私のヘルガだぞ?」

「いやでも、お父さんのその姿に疑問とかないんですか?!」

「うむ、きっと神様のいたずらに違いない」

「いやいやそうでなくて」

 必死になるジョルジュ。
ヘルガも、スコルピオンの腕の中で身動きをしてなんとか降りた。

「残念ですけどスコルピオン、私はこれから仕事に行かなければなりません。
帰ってきてからゆっくり、ね?」

 ね? って、あんた・・・。

 その体格差、無理があるでしょう?!

 ジョルジュの心配をよそに、ヘルガはスコルピオンの頬にキスをし、
にこやかに出勤していった。

 残されたスコルピオンは、名残惜しそうに玄関を眺めている。

「で、ジョルジュ? 事情を説明してもらおうか?」

 目の前のエサがなくなり、どうやらやっとスコルピオンは冷静になったようだ。

 ジョルジュの額に冷や汗。

「・・・・今のは、ヘルガ、なのか?」

 ザナドゥの呟きに、ジョルジュは脱力感を感じた。

 わかってなかったんだ?

 

 

 

 一方、病院。

 踏み台を用意してもらい、ヘルガは手術を成功させていた。

「さすがドクター・ヘルガ。
何があったか知りませんが、そんな体でよくあの手術を成功させましたね」

 他の医者やら看護士やらから賞賛の雨アラレ。

 相手が天才ヘルガだと、どんな緊急事態も許されてしまうらしい。

「ありがとうございます」

 にっこり笑う天才児。
特別仕様の手術着にも違和感がないのは、
やはり人並みはずれた天才ヘルガ様だからか。

「こんな容姿で外来は出来ませんので、今日はこれで帰らせていただきますね」

 10時間を越す手術の後だ。普通、帰って休むって。

 にこやかにヘルガは、家路へと急いだ。

 

 

 

 ヘルガの帰宅を、スコルピオンはキリンより首を長くして待ちわびていた。

「ジョルジュに変なクスリを飲まされたって?」

「そんな変なクスリでもありませんよ。
現に、とても体が軽くて、若い頃に戻ったみたいですから」

 戻りすぎだろう?

 スコルピオンは、怒ってはいない。
いや、非難の口調とは裏腹に嬉しそうだ。

 小さなヘルガを膝の上に抱き、終始髪やら肩やら足やら、もろもろを撫でている。

 問題のジョルジュは、ザナドゥと、
ジムと執務室のあるドイツ軍団本部に行っている。
罪悪感のあるジョルジュは、昨夜のクスリの成分をもう一度研究したかったらしいが、
そこはスコルピオンがナントカ言いくるめて追い出した。

 こんな美味しい状況、味わう前に終らせてたまるか。

「本当に子供に戻ってしまったのか?」

「確かめてみます?」

 意味ありげに唇をすぼめて見せるヘルガ。
ニヤリと笑って、スコルピオンはヘルガの服をすべて剥ぎ取る。

「ああ、本当だ」

 思わずごくりと息を飲む。

「初めてしたときのことを、思い出すな」

「あの時よりも小さいみたいです」

「では、初めてより前を体験できるわけだ」

 唇を重ねると、ヘルガは不安げにちょっと眉を寄せた。

「でもたぶん・・・・無理だと思います。
今のあなたとでは、体格差がありすぎて」

「やってみなければわからない」

 スコルピオンは、ヘルガをベッドに押し倒した。

 

 

 

 不吉な予感に、ジョルジュは一人、屋敷に戻った。

 たしかに父は大人なので、なにがあっても自己責任。
しかし、父をあんな体にしてしまったのには、自分に責任がある。

 リビングは薄暗く、誰もいない。

 ジョルジュは頬を引きつらせて寝室の方に顔を向ける。

 スコルピオンの寝室からは、絶え間ない声が。

(だめ・・・痛い・・・無理です、スコルピオン・・・・)

「もう! ダメだって言ったのに!」

 悪態をつき、寝室へ向かう。その途中、ヘルガのうわずった悲鳴が聞こえた。

(あああ・・・!!)

 思わず駆け出し、ジョルジュは怒りマークを額に引っ付けて寝室のドアを開けた。

「子供とやっちゃだめでしょう!!!」

 が、

 そこにはベッドに座り込むヘルガ←いつもの大人スタイルがいた。

 そして、その隣でやはり座り込んでいるスコルピオン。

「あ、ジョルジュ」

 驚いたヘルガは、眼を丸くしてドアの前に立ち尽くすジョルジュを見た。

「・・・お父さん・・・・もとに・・・戻ったんですか?」

「はい」

 それとなくシーツを引き寄せながら、ヘルガはにっこりと微笑んだ。

「夫婦の寝室を覗くんじゃない」

 隠す気のないスコルピオンは、顔をしかめている。

「・・・ごめんなさい」

「心配してくれたんですね? ありがとう、ジョルジュ。
でも、大丈夫ですよ」

 そう言われると、とたんに気恥ずかしくなる。
ジョルジュは顔を赤らめて後ずさった。

「ザナドゥは一緒じゃないんですか?」

「まだ本部に・・・・あの、お父さんが大丈夫ならそれでいいんです。
私、本部に帰ります」

 そそくさと出て行ったジョルジュに、スコルピオンはため息をついた。

「心配性ですね、ジョルジュは」

「それに、行動は突発的だしな。
だが、あれくらい行動的な方が、ザナドゥにはちょうどいいだろう」

「そうですね」

 親的会話の後、ヘルガはスコルピオンに顔を近づけ、額を付けた。

「戻っちゃいましたね。残念でしょう? 挿入できなくて」

「何を言う。
確かに子供のお前も新鮮だが、私が20年もかけて自分好みに仕込んだ、
今のお前が一番いい」

 

 

 

 深夜帰宅したザナドゥとジョルジュを、
シャワーを浴びて夜食を食べていたスコルピオンとヘルガが出迎えた。

「遅くまで大変ですね」

 いつもと変わらないママ・ヘルガ。ザナドゥは「あれ」と首を傾げる。

「もとに戻ったのか?」

「何がですか?」

「今朝・・・」

「え? 夢でも見たんじゃないですか?」

 平然としているヘルガに、ザナドゥは目をぱちくりさせたあと、

「いや、なんでもない」

 と、応えた。

「何か食べます?」

 何事もなかったかのように、ジョルジュもザナドゥに食事の仕度を始める。

 ザナドゥは、ヘルガの隣でスープを飲んでいるスコルピオンに目を留めた。

「・・・帰ってたのか」

「今朝、帰った。今気付いたのか?」

 ザナドゥは小さく頷き、食卓の席についた。

 

 

 

 そして、何事もなかったかのように、平和な夜は更けていく。