いやまったく、どうしてウチのドイツ軍団は手のかかる奴ばかりなのだろう? 疲れた体を引きずって帰宅のジョルジュ君。我が家の玄関を開けるなり 「もうあなたとは一緒に暮らせません! 実家に帰らせていただきます!」 ものすごい剣幕で飛び出してきた父と正面衝突。 「・・・お、お父さん?」 時々、この人を「父」と呼ぶことに抵抗を感じる。 この人の職場とかでは、別にかまわない。 常に凛としていて、周囲から尊敬を集めているし。 しかし、家でのこの人ったら・・・。 ああ、職場の人は、この人のこういう一面を知らないんだな。 「ジョルジュ、行きますよ!」 今帰宅したばかりのひとり息子の腕を引っ掴み、 ヘルガはずんずんと夜の街へ出て行った。 突発性の嵐に巻き込まれたかわいそうな息子たち。 ジョルジュを連れて行かれ、ザナドゥは呆然と立ち尽くした。 天才的ボクサーであるザナドゥ君であるが、 日常生活ではどこかおっとりしたところがある。 状況を掴めるまでに数秒。 夫婦喧嘩に巻き込まれたことに気付くのに、さらに数秒。 怒っていいのか、呆れていいのか、ジョルジュを追うべきか、 留まるべきか、悩むのに一分。 家の中に目をやると、不貞腐れた男がひとり、ソファーの上で腕を組んでいる。 こういう場合、怒りは出て行った奥さんにではなく、 間違いなく原因を作ったであろう旦那の方に向けられる。 ヘルガは悪くない。 ザナドゥの脳内図式は、常にヘルガ味方だった。 なぜなら、 ヘルガがこの家のルールなのだ。 「おい」 ずかずかと不貞腐れたかわいげのない男に歩み寄り、ぎろりと睨む。 「俺はお前と二人暮しなんて、天地がひっくり返っても嫌だからな」 ザナドゥがこの家に住んでいるのは、 ジョルジュがここに住んでいるからであり、 ジョルジュがここに住んでいるのは、父親のヘルガがいるからである。 「私は悪くない」 ぷいとそっぽを向く男の胸倉を、ザナドゥはぎゅっと掴んだ。 「うるさい。さっさと謝って来い」 さて一方。 夜の公園のベンチで、こちらの親子は隣り合って座っていた。 「そういうくだらないことで、喧嘩をするの、やめてください。 もう大人なんだから」 事情を聞いたジョルジュは、ぐったりと疲労度を120パーセント上げていた。 そう、父は大人気ないのだ。あの男に対して。 職場での、あの凛とした姿はどこへやら。 わがままな子供のように怒っている父は、とても「父」と呼べる代物ではない。 もともと童顔だし。 こういう子供っぽいところを見せられると、 むしろ自分の方が保護者のような気がしてくる。 いや、こんな父だからこそ、「おじさん」が溺愛しているのか。 「ヘルガ!!」 夜の公園、小走りで父の恋人登場。やっぱり追いかけてきたんだな。 だったら、最初から喧嘩なんかしなきゃいいのに。 そう思いながら、ジョルジュはベンチから立ち上がった。 スコルピオンの後ろから、ザナドゥがひょこひょこついて来る。 ザナドゥが説得したのか。いや彼の場合、説得ではなく脅迫か。 何とか言いつつも、スコルピオンは息子のザナドゥには甘い。 というか、逆らえない。 「ほら、お父さん、帰りましょう」 せっかく迎えに来たんだから。 そう言ってみるも、ヘルガはそっぽを向くばかり。 「おじさんも謝っちゃいなさいよ! 面倒だから!」 目の前でべたべたいちゃいちゃされるのもイラっとくるが、 喧嘩をされるのはさらにイラつく。結局は、仲良くしていて欲しいのだ。 「私は謝らないぞ」 迎えに来ておきながら、謝らないはないだろう? ザナドゥはジョルジュの隣に来た。 「で、原因はなんだったんだ?」 喧嘩の原因も聞かずに追い込んできたのか。ザナドゥも衝動的だ。 ジョルジュはふう、とため息をついた。 「おじさんが犬を飼いたいって言ったらしいです」 「犬?」 それだけ? ザナドゥの眉間にしわがよる。 呆れるのも仕方ないが、この二人の喧嘩など、 たいていこんなくだらない理由からなのだ。 もっと深刻な問題については・・・・ スコルピオンはヘルガの意見を尊重するし、ヘルガはスコルピオンに逆らわない。 「たしかにね、昔は飼っていましたよ、ドーベルマン。 でもですね、世話をしていたのは、もっぱら親衛隊なんですよ! スコルピオンは散歩もエサもやったことがないんです!」 ドイツJr親衛隊。そうか、使用人扱いだったのか。 「自分で世話なんかできないでしょう? 私もしませんからね!」 プンスカ怒るヘルガ。スコルピオンは反論できずに唇を結んでいる。 「おや、偶然ですね」 突然にこやかに現れたのは、ゲーリング父。 「こんなところで家族会議ですか?」 ああ、面倒な奴が来た。 ジョルジュは顔をしかめるが、スコルピオンはもっとはっきりと嫌な顔をした。 ゲーリング父、ヘルガの隣にすとんと腰掛ける。 「貴様、こんな所で何をしてやがる?」 威嚇する猫のように鼻息荒く、スコルピオンが問いかける。 「夜の散歩ですよ。 かわいい子のいるバーに飲みにでも行こうと思いましてね。 しかし、偶然にも最上の美人に出会ってしまった。 ヘルガ様、どうです? こんな男は放っておいて、 一緒にしっとりとムードのある店で一杯」 ヘルガはうんざりした顔をゲーリングに向ける。 「何が原因でそんなに怒っているのですか? 怒った顔もそそりますけどね」 「犬の散歩を誰がするかって話です」 「おや、また犬をお飼いになる? いいですよ、散歩くらい私が行って差し上げましょう。 そうですね、お礼は散歩一回につき、口づけを一回」 「こらテメェ! ナニふざけたこと抜かしやがる!!」 怒り心頭に暴れるスコルピオンを、 ザナドゥが後ろから羽交い絞めにして押さえつける。 「・・・このバカオヤジは嫌いだが、 ツヴァイストと一緒に住むつもりはないぞ?」 ああ、ザナドゥ、なんて的外れなことを言っているのですか・・・。 ジョルジュは頭を抱えた。 「もう、ツヴァイストに電話をして、 このどうしようもない父親を迎えに来てもらいましょうね」 ひとり保護者感覚のジョルジュが、携帯電話を取り出す。 「無駄だよ、ハニー。息子は妻と妻の実家に行っているからね。 いとこのお嬢さんの15歳の誕生日なんだ。今頃ミュンヘンの街角だよ」 ほう? 妻子が留守のうちに浮気って事ですかい? ジョルジュは頬を引きつらせて、携帯をぱたりと閉じた。 「さあ行きましょう、ヘルガ様」 ヘルガがちらりとスコルピオンを見る。 スコルピオンは誰かに電話をかけていた。 むっとしたヘルガは、ゲーリング父に改めて向き直った。 「わがままなスコルピオンよりは、 下心ミエミエのあなたの方がマシかもしれませんね。 私に触れないと約束するなら、一杯くらい付き合ってあげてもいいですよ。 トロッケンベーレンアウスレーゼなら」 「アウスレーゼでもアイスヴァインでも、 あなたのお好みのワインを持ってこさせましょう」 ニコニコとヘルガの手を取るゲーリング父。 数歩離れたところで、スコルピオンは携帯を閉じてニヤリと笑った。 「そうはいくか。今、援軍を呼んだからな」 援軍? と頭をひねるゲーリング父。 スコルピオンがどこに電話をしていたのかわからないザナドゥ。 ジョルジュは思い当たるようで、「なるほど」と手を打ち合わせた。 「先に帰りましょう、ザナドゥ」 「いいのか?」 「大丈夫です。ってか、巻き込まれないうちに帰りましょう」 にっこり笑い、ジョルジュはザナドゥの腕を取って家路へと急いだ。 入れ違いにやってきたのは、ベンツのミニバン。 その車に見覚えのあるゲーリングは、盛大に顔を引きつらせた。 「ゲーリングおじさーん! ごはん食べに連れて行ってくれるってー!?」 わらわらと降りてくる子供。その長男はザナドゥの腹心。 しっかり者の長男は、スコルピオンとヘルガにぺこりと頭を下げた。 うんうん、よくできた子だ。 満足げなスコルピオン。 そして、ミニバンの運転席から降りて来たのは、ゲーリングのかつての親友。 「なんだ? 奥さんと息子が里帰りしているから、皆で飯を食いたいって?」 「・・・ゲッペルス・・・・」 ゲーリングの額に、たらりと冷や汗。 「ヘルガ、久しぶりですね」 ヘルガを見つけるなり、ゲッペルスは微笑んで見せる。 ヘルガの表情も商業的な笑みに変わる。 「ウチの息子がお世話になっているみたいですね」 「いや、こちらこそ」 和やかに握手をする二人。 「一緒に食事を?」 「ええ、そのつもりだったんですけど、 明日は早朝から手術が入ってしまいましてね。 今夜はお暇させていただきます」 「それは残念」 「また今度誘ってくださいね。お子さんたちも一緒に」 ゲーリングの誘いからするりと抜け出し、 一瞬、悪魔的な狡猾な表情を見せる。 「残念ですが、ゲーリング、ワインはまた今度」 愛しの姫に逃げられたゲーリング父、であるが、 後を追う前に友人の子供らにもみくちゃにされていた。 ゲッペルス父はスコルピオンに向き合い、はあ、とため息をつく。 「今回はあなたの頼みを聞いてあげますが、 今後夜に呼び出すのはやめてください」 「ああ、これは借りにしておく」 ニコニコのスコルピオン。これでヘルガを連れて帰れる。 が、そうは甘くないのが現実。 「よし、お前たち、好きなものを好きなだけ食べていいぞ! 今夜はスコルピオンおじさんのおごりだそうだ」 すっくと立ち上がったゲーリングは、子供を腕にぶら下げながら、 そう宣言した。 「・・・・ええ?!」 驚いたのはスコルピオン。そういう巻き返しか?! 「私、先に帰りますから。 スコルピオン、あまり遅くならないうちに帰ってきてくださいね」 にっこりのヘルガさん。 「ヘルガ?!」 味方じゃないのか?! まだ怒っているのか??!! ヘルガを怒らせた代償は、かなり高くついたらしい。 帰宅したヘルガは、スコルピオンを困らせて満足らしく、 機嫌を直していた。 「今度飼うんだったら、ミニチュア・シュナウザーがいいですよね。 なんといっても、顔がおじさんくさくて面白いですし」 リビングでワイン片手にご機嫌のヘルガさん。 ジョルジュとザナドゥはがっくりと肩を落した。 「「やっぱり飼うんですか???!!!」」