会場は満員だった。

 Jr,ボクシング欧州チャンピオンの復帰第一戦であり、
20年前突然リングから姿を消した幻の英雄の復帰戦である。
ザナドゥの率いている者たちのほかに、20年前の親衛隊員。
二度とないであろうこのカードを是非一目見ようと、多くの者たちが集まった。

 年配の者たちは、かつての英雄の姿に狂喜し、
そして同時に、無謀だと冷笑さえする。

 かつての英雄がリングを去った理由は、
かつての親衛隊幹部の間では公然の秘密になっていた。
英雄は、二度とリングに上がれる体ではないということ。

 あの世界戦、日本での剣崎と高嶺の試合を知っている者たちは、
これがどんなに無謀な試合であるかを悟っていた。

 あの世界連合Jr,。あの伝説の英雄たちは皆、二度とリングに上がる事はない。

 それは、死を意味するからだ。

 

 なのに、

 挑戦者として名乗りを上げたのは、スコルピオンの方だった。

 なぜ今?

 観客たちにとっては、憶測でしかない。
己の息子がチャンピオンである事に嫉妬をしているからだとか、
もう一度有名になりたいからだとか。

 リングに上がる理由を、スコルピオンの口から聞くことはなかった。

 スコルピオンに最も近いと言われた、ヒムラー、ゲーリング、ゲッペルスたちでさえ。

 もちろん、ヘルガがそれを語る事もない。

「何を考えているんだ? お嬢ちゃんは」

 ヒムラーは、この話を聞いたときから不機嫌だった。
もともとスコルピオンとの折り合いは悪い。
だが、一目置いているボクサーであった。
昔、スコルピオンが理由も言わずボクシングをやめると宣言した時、
一番憤っていたのも彼だった。

「あいつ、死ぬぞ?」

 20年前、命が惜しくてボクシングをやめるなど、
ボクサーとして最低だとさえ言った。
だが、ヒムラーたちも悟っていた。
スコルピオンがボクシングをやめるのは、命が惜しいからではない。
ヘルガがそれを望んだからだと。

 三人は、スコルピオンにとってヘルガの存在がどれだけ大きいか、知っている。
スコルピオンは、ヘルガが死ねといえば笑って死ねるだろう。
そのヘルガが、「死なないで」と哀願すれば、身を切り裂かれるように辛かろうと、
自分の存在の全てをかけたボクシングでさえ、諦める。

 なのに、今になって、なぜ?

 なぜ、ヘルガはスコルピオンがリングに立つことを許したのか。

「俺たちがどうこう言っても仕方ないだろう」

 ゲッペルスは言った。

「奴らには、奴らの考えがある」

 ヒムラーは、諦めたようにため息をつく。

「サソリが死ねば、お嬢ちゃんを慰める役得が回ってくるな、ゲーリング?」

 ゲーリングは腕を組んだまま口を開かない。
しばらくリングを見つめた後、ゲーリングは頭を横に振った。

「たとえ世界が滅んでも、ヘルガはスコルピオン以外の奴には見向きもしないさ」

 高嶺の花だからこそ、価値があるのだ。

 やがて、会場にアナウンスが入り、観衆はしんと静まり返った。

 

双方ともプロではなく、通常ではありえないほどの年齢差がある。

 更に、公式試合としての手続きも取られておらず、
報道も一部の雑誌など以外は入っていない。
会場を押さえたのも個人だし、試合の資金も個人から出ている。
それら全てを調達したのは、ヘルガだ。

「ど派手な茶番だな」

 ヒムラーは笑って見せるが、それは乾いて悲しげに響いた。

 

 派手な入場曲もない。

 必要以上に盛り上げようとするパフォーマンスもない。

 相手を威嚇するような選手紹介もない。

 左右から選手が入場し、静かにリングに上がる。

 リングサイドに立つジョルジュは、緊張に眉を寄せ、
自分を落ち着かせるように浅い息をしている。
ザナドゥの体調は、完璧だ。病み上がりのブランクなど、感じさせない。
それには絶対的な自信がある。
ジョルジュを緊張させるのは、対面のリングサイドに立つ、対戦相手のセコンドだ。

 スーツ姿のヘルガは、両手を後ろに組んで立っている。
あの昔のビデオの中で見た姿そのもの。絶対的な自信からくる余裕の表情。
対戦相手を馬鹿にしたような、見下すような視線。
スコルピオンはリングに上がる直前、ヘルガと視線を合わせた。
瞳だけで会話を交わしているような表情。ヘルガはわずかに微笑む。
その唇は、「いってらっしゃい」と呟くように見えた。

 両者がリングに立つと、ヘルガはジョルジュの方を見た。
ジョルジュは気取られないように唇を結んで睨みつける。
ヘルガは、ほんの少し唇を吊り上げ、鼻で笑ったかのように見えた。
そしてすぐに、視線をスコルピオンに戻した。

 そんなヘルガの態度は、相手の神経を逆なでる。非情で冷徹な参謀。
ジョルジュは、数メートル先にいる男を、父親だとは思わなくなっていた。
あれは、かつての西ドイツボクシング界の亡霊。

 レフリーが決まり文句を一通りしゃべり、試合の開始を合図する。
そして、ゴングが鳴った。

 

 

 

 沸きあがる歓声の中、ジョルジュは拳を交える二人の男に見入った。

 自然と瞳孔が開き、動悸が高鳴る。

 この十年、ザナドゥにずっと付き従ってきた。
数え切れないほどの試合を見てきた。が、こんな試合を見るのは初めてだ。

 ジョルジュは、試合相手を美しいと思ったことなどない。
ギリシャでザナドゥが相手を「美しい」と口にした時でさえ、そうは思わなかった。
だが今、ザナドゥの対戦相手を「美しい」と思う。
表面を磨いたモデルのような美しさではない。
例えるなら・・・走るために生まれてきたサラブレッド。
戦うために生まれてきた英雄。短い金髪、濃い青の瞳、滴る汗の粒。
現役でも十分通じる、計算された無駄のない動き。
かつて西ドイツ中のJr,ボクサーを魅了した英雄の姿。
それは、賞賛に十分値するものだ。現役を遠のいた今であっても。
否、現役を遠のいていた時代があったとは、思えないほど。

 そしてまた、ザナドゥも美しい戦い方をしていた。
ザナドゥのこんな戦い方を見るのも初めてだ。

 二人は、この試合を楽しんでいるように見える。

 それはまるで・・・まるで、父親に遊んでもらっている子供。

 そうか。ザナドゥが、スコルピオンが、望んでいたのは、これだったのだ。

 今まで、ザナドゥは父を憎んでいた。
かつての英雄など、邪魔な存在でしかなかった。
それを上回る事を目的とし、自分はその上にあると自負してきた。

 どんな相手も叩き潰す事を目的とし、勝利だけを目指してきた。

 だが今は違う。

 偉大な父親が目の前にいる。
父は言葉ではなく、拳で息子に全てを伝えようとしている。
そしてザナドゥも、父の動きの全てを学ぼうとしている。

 そうすることで、ザナドゥは父に許しを与えようとしている。

 父の存在を認める事で。自分の存在を認めてもらう事で。

 ジョルジュは、視界の端にヘルガを捕らえた。思わずそちらに目が行く。
先ほどまでの冷たい表情とはまるで違うヘルガがそこにいた。

 ヘルガは、うっとりとスコルピオンを眺めていた。
恍惚とした、絶頂を迎える時のような。

 ヘルガは、戦うスコルピオンを愛していた。
リングの上のスコルピオンに一目惚れし、その姿を見続けるために彼のそばにいた。
リングの上のスコルピオンが、ヘルガの全てなのだ。

 戦う獣の牙を抜いてしまった事を、ヘルガは後悔しているのだろうか。

 ジョルジュは知らない。

 ヘルガがスコルピオンからボクシングを奪ってしまった事。
二人がどんなにもがき苦しんだか。
それでもお互いの愛を確認するのに、どれだけの人を傷つけ、どれだけ傷ついてきたのか。

 スコルピオンが再び牙を手にし、リングに上がる姿に、
二人の愛情の根源を手にする事に、どれだけの覚悟を決めたのか。

 ジョルジュは戦う二人の男に、視線を戻した。
この試合、一秒たりとも見逃したくはない。

 結果を恐れない。

 拳を交えるこの瞬間瞬間に、意味があるのだから。

 

 お互い決定打を与えられないまま、時間だけが過ぎていく。

 2Rを終え、コーナーに引く。ジョルジュには、これといった助言はない。
ザナドゥはよく戦っている。コーナーに戻った時でさえ、
ザナドゥは対角にいるスコルピオンから目を離さない。
対角では、ヘルガがスコルピオンの腕をマッサージしながら、耳もとで何か囁いている。
スコルピオンは頷きもせず、ザナドゥを見つめている。

 ヘルガは、スコルピオンの体調をよく理解している。

「長引いて体力戦に持ち込まれては不利です。次で勝負をかけましょう」

 ヘルガの言葉に、スコルピオンは目も向けない。
目を合わさなくても、スコルピオン自身、そのことはよく理解している。
ブランクは、あまりに長すぎた。
それに、以前暴漢に刺された傷も、完治するには年を取りすぎた。
そうでなくても、体のあちこちにガタが来ているのだ。

(ヘルガ、愛している)

 スコルピオンの唇が、わずかに動く。

(わかっています)

 言葉には出さず、ヘルガは目を伏せた。

 再びゴングが鳴る。

 両者は中央で向きあった。

 

 激しい殴り合いが続く。
若いザナドゥに比べ、スコルピオンの足元が鈍くなっているのが、
観客席からも見て取れる。

「無茶だ。もうやめさせた方がいい」

 リングから目を離さないまま、ヒムラーが呟く。

 スコルピオンの体力は、もう続かないだろう。

「男が戦うことの意味を、息子たちに見せるチャンスだ」

 ゲッペルスは、低くそう言った。
彼らの息子たちは、向こう側のリングサイドで、息を飲んで試合を見つめている。
若い彼らは、無謀な戦いだと思っているだろう。
彼らは、父親がリングに立つ姿を知らない。
こんなばかげた試合をする意味を、彼らは悟る事ができるだろうか。
命をかけるということの、本当の意味を。

 負けるとわかっている試合に挑む、男の魂を。

 ザナドゥの攻撃に、容赦はない。
ボディを避け切れなかったスコルピオンが、よろけて膝をつく。

 もういい。ドクターストップをかけろ!

 ザナドゥの側から、声が上がる。ザナドゥの側近の者たちだ。

「決着はついた!」

 ジョルジュも、そう叫びたかった。

(お父さん! もうやめさせて! おじさんはもう限界だ!!)

 ジョルジュの、小さな子供の部分がそう叫んでいる。

 スコルピオンは、片手でロープを掴み、もう片方の手は床について絶え絶えの息を吐いた。
切れた額から、鮮血が滴り落ち、マットを染める。

 ヘルガがロープ際に近付く。
その時、誰もがドクターストップがかかるものと思った。
ヘルガは、正真正銘の医者なのだ。

 ヘルガは、ロープで体を支えるスコルピオンに近付くと、その耳もとで囁いた。

「間合いを取って。ストレートを打った瞬間、防御が崩れます。打たせて反撃を」

 ゼイゼイと異音の混じる息を吐きながら、スコルピオンは了承の視線を送った。

「立ってください。立って!」

 冷徹な参謀の言葉に、誰もが耳を疑う。

「あいつ・・・・スコルピオンを殺す気か」

 ツヴァイストは愕然とした声を出した。

 ザナドゥの側の三巨頭は、スコルピオンの参謀の、
死の宣告とも取れる指示に、呆然とした。

 ジョルジュは、こみ上げてくるものを感じた。

(泣いちゃ、ダメだ!)

 自分を叱咤する。

 こうなることは、最初からわかっていたはずだ。
20年も現役を離れていたスコルピオンが、ろくな練習期間も得ず、
ザナドゥに勝てるはずがないのだ。

 それでも、ザナドゥは手を抜かない。

 それは、憎しみからではない。父親に対する、敬意だ。

(泣いちゃだめ。泣いちゃだめ!!)

 ジョルジュは呪文のように繰り返し、唇を噛む。

 対面のヘルガは、冷静な面持ちのまま、血まみれのスコルピオンを見つめている。

(ああ、神様!)

 ジョルジュが両手を握り締めた瞬間、二人の男の拳が交差した。

 終った、と、誰もが思った。

 ザナドゥはよろめき、マットに崩れる。
スコルピオンは、一瞬後、体を硬直させるように倒れた。

 沈黙。

 レフリーさえも、カウントを忘れる。

 すぐに、ザナドゥは膝をついて起き上がった。

 ノックダウン。

 ザナドゥは片手を掲げ、歓声に包まれる。

「おじさん!」

 ジョルジュはリングに駆け上がった。

「救急車を・・・」

 倒れて動かないスコルピオンに駆け寄ろうとするジョルジュを、ザナドゥが抱き留める。
ジョルジュは唇を震わせていた。自分を引き止めるザナドゥの腕にすがる。
ザナドゥは静かに首を横に振った。

 駆け寄るべきは、ジョルジュではない。

 歓声は止み、全ての音が消える。

 ヘルガは、ゆっくりとリングに上った。

 ゆっくりと。まるで、雲の上を歩くように。
そして、倒れて動かないスコルピオンに膝なずいた。

 戦場で倒れた戦士をヴァルハラへと導く戦乙女ヴァルキューレ。
見る者全てが、そんな幻想に囚われる。

 ヘルガはスコルピオンの髪に触れ、呟いた。

「私は・・・もう、あなたを引き止めません。
リングでの死を望んだ、ボクサーとしてのあなたを」

 ザナドゥの腕の中で、ジョルジュの頬を涙が伝う。

「あなたを、愛しているから」

 スコルピオンの髪を撫でるヘルガの白い指が、震えている。

「・・・・ヘルガ・・・」

 うつろな瞳のまま、スコルピオンが唇を開く。

「ヘルガ・・・私は・・・今、わかった」

 言葉は、かすかな吐息のように零れる。

「私は・・・生きたい。お前と・・・生きたい。
たとえ、醜く年老いていっても・・・醜い生に・・・すがりたい。
お前と・・・いつまでも、一緒に・・・・」

 ヘルガの唇が、震えながら開く。驚きと、感慨。

「スコルピオン・・・・」

(いつか私が死んでも、きっと生まれ変わってお前を探す。だがそれは、今ではない)

 ヘルガは唇を結び、瞳を閉じて、頷いた。

(一緒に、生きましょう、スコルピオン)

「救急車の要請を! 担架を持ってきてください、早く!」

 顔を上げたヘルガは、背後に向かって叫んだ。

「ジョルジュ! あなたのメディシンバックを持ってきてください!」

 ジョルジュに向かって叫ぶヘルガは、ジョルジュのよく知っている父の顔だった。
急いでジョルジュはリングを降りた。

「ゲーリング、電話!」

 リングサイドに来ていた、かつての側近に片手を出す。
ゲーリングは、自分の携帯電話をヘルガに投げ渡した。
ヘルガは片手で器用に暗唱している番号を押す。
その間、ジョルジュはファーストエイド用の鞄を持ってきて、中を広げる。

「・・・私です。これから急患を運びますので、手術室の用意をお願いします」

 必要な機材や、立ち会うメンバーを指定する。
そんなことを口にしながら、空いている方の手で救急措置を施す。
病院に必要事項を伝え終わると、ヘルガは携帯を閉じて、またゲーリングに投げ返した。

 担架が運ばれてくる。素早い父の措置を手伝いながら、ジョルジュは眉を寄せた。

「・・・お父さん・・・」

「大丈夫ですよ、ジョルジュ。生きようとする人を、私は死なせません」

 上目遣いに、ちょっと笑う。それは、ジョルジュのよく知っている父の表情だ。
ザナドゥがこの人の病院に運ばれてきた時、やはりこの人は、こうやって笑った。

(大丈夫です)

 と。

「担架に移しますよ。ジョルジュ、足の方を持って。1,2・・・3」

 掛け声と共に、ぐったりと動かない患者を担架に乗せる。
スコルピオンは、ヘルガを信頼しているからか、力尽きたのか、瞳を閉じている。
その表情は、穏やかだ。

「救急車が到着しました」

 背後のスタッフから声がかかる。

「では運びますよ。頭を揺らさないように」

 指示をしながら、ヘルガが立ち上がる。

「お父さん、私も手伝います」

 散乱した器具を鞄に詰め込みながら、ジョルジュが父を呼び止める。
ヘルガはジョルジュを見て、「待て」というように人差し指を立てた。

「・・・後でザナドゥを病院に連れてきてください。各部レントゲンと再検査をします」

「お・・・・」

「スコルピオンのパンチは、効きますよ」

 冗談めかして、ふと笑う。

 それから、控えている自分のかつての側近に指示を出す。

「ヒムラー、会場の後始末をお願いします。
ゲーリング、今回の試合の会計報告はまた後日。
ゲッペルス、子供たちをお願いします」

 子供と呼ぶには年がいっているが、ザナドゥの世代の者たちは、
ヘルガの迅速な行動に右往左往しているばかりだ。

「Ja、ヘルガ参謀」

 三人の側近は、伸ばした指を額に当て、軽い敬礼をして見せた。

 スコルピオンを乗せた担架が、リングから降ろされる。
ヘルガはひょいと身軽にリングを降りた。

 それまで黙って成り行きを見守っていたザナドゥが、突然口を開く。

「親父!」

 ザナドゥの口から、初めて聞く単語だ。誰もが動きを止めて、ザナドゥを見る。

「死ぬなよ。オレはまだ、あんたを超えちゃいない」

 それまで気を失っていたかに見えたスコルピオンが、わずかに片手をあげる。
ヘルガの口元に、微笑が浮かぶ。そして担架は、会場の外に運ばれていった。

 ゲッペルスは己の息子たちのもとに歩み寄る。彼らは心配げに担架の消えた先を見ている。

「心配するな。スコルピオンは何度も死線を彷徨っている。病院送りなど、慣れている」

 日本での戦いでも。ギリシャとの戦いでも。敗北は、常に死と隣り合わせなのだ。
そんな戦いを、繰り返してきた。 

「厄介な仕事を押し付けやがって」

 ゲーリングが悪態をつく。

「資金調達の手伝いをしたのだろう?」

 ヒムラーに言われ、ゲーリングは鼻で笑った。

「俺は参謀殿の下僕だからな」

 そんなことを言って笑うゲーリングを無視し、ヒムラーはザナドゥの肩を叩いた。

「坊や、勝利宣言だ」

 レフリーに視線を送る。慌ててレフリーはザナドゥの腕を取り、高く掲げた。

 湧き上がる歓声。

「世代交代だ。英雄は去り、これからはお前らが歴史を作る」

 ヒムラーの言葉に、ジョルジュはこの試合の意味の大きさをかみ締めた。

 

 偉大な父を、初めて目の当たりにした。

 死と直面しようとも、参謀はすべてを計算して英雄を立たせ、側近たちは忠実に彼に従う。

 力による敗北を、あっさりと認め、引き際をわきまえている。

 日本に負けたドイツ。ずっとそう思っていたが、
自分より強い者を認める勇気、それが彼らにはあったのだ。
それは友情を生み、新たな一歩となる。

 感慨にふけるジョルジュに、ザナドゥは片手を出した。
驚いてその手のひらを見つめ、ジョルジュがそっとザナドゥの手を握る。
握ったジョルジュの手を引き寄せ、ザナドゥはジョルジュを抱擁した。

 力強い、熱い腕。

「親父にできなかったことを、オレはやる。オレは、お前を世界に連れて行く」

 そこにジョルジュが幸福を感じた時、本当に父を超える事ができるのだ。

 ザナドゥの腕の中で、ジョルジュは瞳を閉じて頷いた。