帰宅したジョルジュは、リビングに入るなり、卒倒しそうになった。

 そこにあったのは、バラ・薔薇・ばら。

 古風な深紅のものから、かわいらしい淡いピンク色のもの、清純を表す純白のものまで。

 数え切れないほどの薔薇に囲まれ、ソファでふんぞり返っているのは、スコルピオン。

「おう、おかえり」

 自慢げにニヤニヤしている。
ジョルジュの後ろからついてきたヘルガは、大きくため息をついた。

「・・・だから、薔薇なんかいらないって言ったのに」

 顔を引きつらせて、ジョルジュが振り向く。

「お父さん?」

 肩を落したヘルガは、ソファのスコルピオンに歩み寄り、その頬にキスをする。

「ベルリン中の花屋を空っぽにしましたね?」

「薔薇が愛の証なら、ドイツ中、世界中の薔薇を買い占めてもいい」

 はあああ????

 ジョルジュはぐったりと床に座り込んだ。

 この人のやることは、規模が違う。

「花などいりませんよ」

 そうキッパリ言ってしまうヘルガも相当なものだ。

「私の愛が受け取れないと?」

 気分を害するというより、楽しんでいるようにスコルピオンはヘルガを抱き寄せる。

「あなたが受け取って欲しいというのであれば、受け取りましょう。
ですが、私はこのようなモノであなたの愛を計ったりしません。
買ってしまったのであれば、仕方がないので受け取りましょう。この一輪だけ」

 一番手近にあった純白のバラを一輪、ヘルガは手に取り、
またスコルピオンの頬にキスをした。

「残りは、そうですね、病院に寄付しましょう。
全ての患者さんに、あなたの愛を分けてあげてください」

「お前が望むのなら、そうしよう」

 床に座り込んだまま、ジョルジュは甘い砂糖菓子を頭から浴びせられたように、
胸焼けを感じていた。

 いやだいやだ、このバカップル。

 

「百万本の薔薇を買い占めるなんて、下品で短絡的ですね」

 登場したのは、ゲーリング父。

「出たな、余分三兄弟」

 それ、意味わかんないから。ジョルジュがヒラヒラと手を振る。
そんなことは無視し、眉間にしわを寄せるスコルピオンから、ヘルガをさらっと引き寄せる。

「ヘルガ様、あなたには百万本の薔薇の花など必要ない。
そう、一輪で十分なのです。
なぜなら、何万本薔薇の花を飾ろうとも、
あなたの魅力の前には全てかすんでしまうからです」

 うえ〜・・・気色悪い。ジョルジュは頭を抱える。

「これを受け取ってください、ヘルガ様。あなたのために開発させた新種の薔薇です。
名前はもちろん、『フラウ・ヘルガ』。あなたのためだけに作らせました」

 差し出された一輪の白い薔薇。
それを見下ろしたヘルガは、喜ぶどころか不満げに唇を尖らせた。

「ただの白い薔薇など、つまりませんね。
あなたにとって、私の存在はこの程度なのですか」

 薔薇の開発って、いくらかかるんだ? 鼻先をひくつかせるジョルジュ。
無下にされても、ゲーリング父は怯まない。

「では、どのような薔薇がお好みですか?」

「せっかくなら、青い薔薇でも作ってください」

「ああ、ヘルガ様、青い薔薇ならもう開発されています」

「なら、白い薔薇の花芯がうっすらと青い、というのはどうです? 
香りは強い方がいいですね。ハイブリッド・ティー・ローズで。
ひ弱なものは好みません。強健種にしてください」

 おいおい、どんな注文だ?

「いいですね! 純粋な中にも秘密の隠された、芯が強くて存在感のある。
あなたにぴったりです!」

 賛同するなよ!

「そのような薔薇を持ってきましたら、私は喜んで受け取りましょう」

 ヘルガ、にっこり。

「さっそく開発を依頼しましょう!」

「コルデス社かタンタウ社にお願いしてくださいね」

「もちろんですよ、ヘルガ様! 
あなたのための薔薇は、このドイツで生まれなければ意味がありませんから」

 さっそくいそいそと携帯電話を取り出すゲーリング父。

 なんだかもう、脱力を超越したジョルジュは、立ち上がってヘルガの腕を引っ張った。

「お父さん、お父さんって、病院の福利厚生だけではなく、
薔薇開発まで貢献しているのですね・・・」

「どうせお金を出してくれるのでしたら、役に立つ事に引き出しましょう」

 悪びれないヘルガ、にっこり。

 で、ゲーリング父が何をしようと、余裕の笑みのスコルピオン。

「せっかくたくさん買ったのだ。ベッドに花弁を散らそうか」

 そんなことをニヤニヤ口にする。ゲーリング、すっかりスルー。

「だめですよ。掃除をするのが大変ですから。部屋を汚さないでください」

「つまらないな。薔薇の花ごとお前を抱こうと思ったのに」

 人差し指を立てたヘルガは、それをそっとスコルピオンの口元に持っていった。

「まだ、安静にしていなきゃいけませんよ。
お願いですから、私の言う事を聞いてください」

「私は十分元気だ」

「下半身は元気でも、心臓と脳は揺らさない方がいいんです。
我慢しないと、お仕置きですよ」

 ああ、いやだいやだ。

 何で、こんなベタ甘夫婦と一緒に暮らすことにしちゃったんだろう・・・。

 ジョルジュ、後悔先に立たず。

 

 そんなこんなで、ひと悶着終った後に帰宅したザナドゥ。
リビングの薔薇を見て、目をぱちくり。

「・・・・これは・・・なんだ?」

「おじさんが連邦中央病院に花を寄付するって買い込んだんです。
とりあえず、一時保管しているだけです」

「そうか」

 ジョルジュの投げやりな説明に納得するザナドゥ。
それでいいのか? いや、そんな単純なザナドゥがジョルジュは好きなのだ。

「これ」

 解決した薔薇問題は置いといて、ザナドゥは小さな箱をジョルジュに手渡した。
首をひねりながら箱を開けるジョルジュ。

「・・・・うわ、おいしそう・・・」

 フルーツ山盛りのタルト。

「そこの店で見かけて。こういうの、好きだろう?」

 胸の奥底からふわふわの幸せが湧き上がってきて、ジョルジュは満面に笑みを作る。

「大好きです!! ありがとうございます! さっそくお茶を淹れますね!」

 ニコニコとケーキの箱を持ってキッチンへ。

 それを微笑ましく眺めるヘルガ。

「かわいらしいですねえ」

 そんなヘルガをスコルピオンが抱き寄せる。

「ケーキが欲しいか?」

 にっこりと笑みを張り付かせたまま、ヘルガはきっぱりと、力強く言った。

「いりません!!」